Shinichi

障害児保育を長くする中で、保育とは生活とは人と人との関係とは・・・ 経験と学びの中で気…

Shinichi

障害児保育を長くする中で、保育とは生活とは人と人との関係とは・・・ 経験と学びの中で気づいたことがたくさんあります 少しでもみなさんと共有できればと思います

マガジン

  • noteのクリエイターさんたちみんなでマガジン

    • 14,349本

    【ルール】 1日にマガジン登録は最大で3回までで、宜しくお願い致します。 【コンセプト】 『楽しく生きる』『みんなで学びながら成長する』『人と人との絆を大切に』という3つの柱をコンセプトにしています。 参加したい方は、参加したいとメッセージで頂ければこちらから招待メッセージ送らせて頂きます♪♪ ※画像は変更しないようにお願い致します。

  • 共育LIBRARY×共同運営マガジン

    • 12,521本

    noteで成長したい。もっとたくさんの人に記事を見てほしい。仲間とつながりたい。少しでもよりよい未来の為にできることを発信したい。 そんな共通の「思い」をもつ方ならば、誰しも歓迎します。 共に手を取り合い、共に成長していきましょう!

  • 【共同運営マガジン】頑張る隊🫡

    • 9,453本

    【共同運営マガジン】頑張る隊へようこそ!「読んで励まされ、読まれて励まされる」そんなマガジンになると嬉しいです(*´ω`*)

  • デコとボコの共同運営マガジン

    • 1,817本

    発達系の記事を発達系に興味がある人に届けるための共同運営マガジンです。ご自身が発達障がいの方、お子さんが発達障がいの方、発達を支援する団体の方など、発達障がいに少しでも関連があれば誰でも参加することができます。診断ついていなくても大丈夫です。参加希望の方はその旨のコメントをお願いします。

最近の記事

  • 固定された記事

自分「軸」と相手「軸」で見える世界が違うという認識が保育療育の世界を変える

今から話す内容は、当たり前の内容ですがついつい忘れちゃいがちな内容です 私たちは、自分主観視点で物事見て考え働きかけて生活をしています その他の人たちも同じように主観視点で物事を考え働きかけて生活をしています 一つひとつの行動は、その人自身がその場面で一番適当な選択をして行動をしているはずである が、しかし、違う人が見ると「え?どうしてそうなるの?」それは主観が違うからである では、なぜ主観が人によって違っていくかというと、環境や歴史、生活習慣などが大きく関わりその

    • 人が人を生かす。そして、自分自身が生かされている。

      昨晩夕食を食べた後、寝落ちをしてしまい早朝のシャワー・・・ いつもより早めの朝なので、初の平日朝記事を書いてみたい。 そして、今日は木曜日の朝。 木曜日の朝って一番だるくないですか? 一週間の中だるみというか、一番踏ん張りがきかない曜日というか。 水曜日派と木曜日派がいるかもしれませんが、私は木曜日派です。 そんな、木曜日の朝note朝活をしていて感じたことがあるので、つらつらと書きなぐります。 やっぱり、私たちの世界ってどこまでいっても”人と人との関係で成り立っている”

      • 切り替えに時間がかかる子どもを理解するための視点と考え方

        以前発達障害児に対しての切り替えについて、書き記しました。 大人切り替えさせるのではなく、自分で切り替える力を養わなと本当の気持ちの切り替えるにならないってことを書きました。 読んでいない方は読んでいただければと思います。 発達障害のような特徴があり、私たち保育・療育者がアイテムを使えばその特性上切り替えが出来ちゃうって子ども以外場合は?ってことを考えたいと思います。 今からの話の前提として自分軸、子ども軸の理解をして頂いた前提で話を勧めます。 切り替えのタイミングの

        • 保育・療育の正解とは?そして、私たちがプロであり続けるためには?

          私たち保育・療育者は答えのない世界で日々答えを探しながら子どもたちと関わっている。 人が人を成長するために何かを伝えていくのだが、答えは本当にないのだろうか? そして、私たちがプロであるという事はどういうことか? そして、プロでありあり続けると言うことはどういうことか? 保育・療育者には生活という視点が求められる。 生活とは『総合力』であり『生きる力』である。 『総合力』であり『生きる力』というのは、定義が曖昧で文化や主観、歴史にも左右されてしまうので、答えがないといわれ

        • 固定された記事

        自分「軸」と相手「軸」で見える世界が違うという認識が保育療育の世界を変える

        • 人が人を生かす。そして、自分自身が生かされている。

        • 切り替えに時間がかかる子どもを理解するための視点と考え方

        • 保育・療育の正解とは?そして、私たちがプロであり続けるためには?

        マガジン

        • noteのクリエイターさんたちみんなでマガジン
          14,349本
        • 共育LIBRARY×共同運営マガジン
          12,521本
        • 【共同運営マガジン】頑張る隊🫡
          9,453本
        • デコとボコの共同運営マガジン
          1,817本

        記事

          人に迷惑をかけるという事の意味を考えさせられました。

          アドラー心理学の出会いを作ってくれた、岸見一郎先生のnote記事を読ませて頂いた。 私は障害児の通園施設で働いているので人を助ける側の仕事をしている。 子どもたちへの支援は勿論のこと、保護者等へも助言する機会も少なくないし、ありがたいことに感謝の言葉を頂くことも少なくない。 つい最近では、卒園した二十歳になった青年からもお礼を言われたりもした。 単純にそれはうれしいことであるし、満たされる感じも当然ある。 特に、仕事としてライフワークをしている身となると自分の行いの結果と

          人に迷惑をかけるという事の意味を考えさせられました。

          衝撃を受けたアドラーの言葉シーリズ②

          私たち人間は、経験をしたことしか本当の理解としては繋がらない。 って思っている。 自分から生まれる新しいと思える発想もイメージも全て、今までの経験やその時の感じ方(過去の意味付け)が、意味付けをしている。 経験をしたことがないものは、イメージできない。 ってことは、失敗と呼ばれる現象も大切な経験の一つであり、その現象を失敗と意味づけるのも自分自身である。 昔から、失敗は成功の基と言われているが分かってはいるが、失敗はしたくないものである。 何故したくないのか? 周

          衝撃を受けたアドラーの言葉シーリズ②

          居心地がよかったとある公園で・・・何気ない時間の愛しさ

          ゴールデンウィーク真っ只中ですね。 そして、今年のゴールデンウィークは天気がよくそして、気温も暑いが風が心地よく、正しい行楽日和なゴールデンウィーク( ´艸`) そんな日にピクニックに出かけない手はないと、妻と二人で大きめの公園へ出かけまた。(田舎なので都会の方だとメチャデカかもです。) ゆっくり歩いて、20分程度。 近所はマンション建設ラッシュで、空き地の殆どがマンションが建ち始めています。 建てばすぐに満員御礼の旗が出ているので、ここの周辺がにぎわってくるのかなぁ

          居心地がよかったとある公園で・・・何気ない時間の愛しさ

          ゴールデンウィークの早朝 息子は吹奏楽のイベントに出るために早起き✨そして妻はベントウと朝ご飯を用意するため早起き🌞 居間で何となく楽しそうな会話が、自分がゴロゴロしている寝室に聞こえてくる。 何となく感じた幸せ✨✨✨

          ゴールデンウィークの早朝 息子は吹奏楽のイベントに出るために早起き✨そして妻はベントウと朝ご飯を用意するため早起き🌞 居間で何となく楽しそうな会話が、自分がゴロゴロしている寝室に聞こえてくる。 何となく感じた幸せ✨✨✨

          障害の基準って誰が決めるの?そして、普通は誰が決める?

          ワーキングホリデーでオランダに住んでいた娘がつい先日帰国してきた。 娘のとのたわいもない会話の中で、ちょっと質問をしてみた。 オランダの町で「障害者」とか「ハンディキャップを持った人」って普通に見たりした?と イギリスでは精神病棟をなくしたりと、何となく福祉がすすでいるイメージがあるので聞いてみた。 すると、面白い答えが返ってきた。 車いすとか目が見えない、耳が聞こえないはいたけど、それ以上は分からないなぁ~ まぁもしかしたら、知的障害の人もいたのかもしれないけど、気

          障害の基準って誰が決めるの?そして、普通は誰が決める?

          何故話すと心がホッとするのか?

          話しを聞いてもらうだけで安心するってあるじゃないですか? 聞く側としては、傾聴というスキルも必要なのでただ聞くこと難しさは理解できるが、発散側は、正直何も問題が解決した訳では無いが、謎の安心感が得られる? これってなんだろう🤔 人は繋がりたい動物だから、自分の事を聞いてくれた=分かってもらえている っていうことなのか? でも面白いのが、話を聞いてほしいけど意見は求めてないという特殊なやりとも存在する。 不思議だぁ 何なんだろうね、ココから湧いてくる安心という感情は

          何故話すと心がホッとするのか?

          日本人が凄くてちょっと面白いと思った駐車券ナンバー事件

          ちょっと面白いことがあったので、みんなに知って欲しい! 娘がオランダから帰国するという言うことで、国際線に迎えに行ったときの出来事です。 車で行ったので、駐車券をとって駐車場へ。 その駐車場は事前支払いシステムなので、駐車券をカバンに入れてお迎えに。 飛行機は若干遅延していて4-50分松状況に。 国際線というだけあって、様々な人種のるつぼで、ちょっぴり面白かった。 日本人が少数派なので、海外に行ったような感覚だった。 そんなこんなで、娘と無事会うことが出来ハグ!

          日本人が凄くてちょっと面白いと思った駐車券ナンバー事件

          連続投稿失敗しました。今からが本番⁉再スタートよろしくお願いします。

          note連続投稿記録が65回で切れてしまいました。 週末に熱を出しながらも、ネタを思いつきつぶやきで乗り切ろうと思っていたのだが、爆睡・・・ 翌日の朝、目が覚めて即「あっ」って声が出た。 自分の中で勝手に100回まで頑張ろうと思っていたので声出た( ´艸`) まぁ誰が期待しているわけではないのだが、自分に対して縛りっていたものが無くなり、ちょっぴりほっとした部分もある。 正直書きたいってはずの「子どもネタ」が浮かばないときやそこまでのパワーがない時に、その他の記事を挙げ

          連続投稿失敗しました。今からが本番⁉再スタートよろしくお願いします。

          shinichi的レトロアーケードゲーム史

          今日はゲームの話をしをします。 それも、アーケードゲーム! アーケードゲームって何?っていう若人諸君の為に教えると、昭和の時代デパートの屋上にあった、お金を入れてするゲームのこと。 それも、私はビデオゲームの歴史をたどって生きてきたといっても過言ではないので、関心のある方やノスタルジックに浸りたい方は読んでください。 曖昧な思い出の話もしますので、突っ込み大歓迎です。 私が幼稚園~小学校のころにばーちゃんやかーちゃんから小銭をもらってゲームをたくさんした思い出がある

          shinichi的レトロアーケードゲーム史

          衝撃を受けたアドラーの言葉シーリズ①

          ※個人的な解釈は入ります(*ノωノ) アドラーさんに言わせれば、トラウマなんていうものは存在しないといっています。 そもそも私たちは、「今」を生きている。 いや、今しか生きることが出来ない。 だから、過去なんてものは、私たちの都合の良い意味付けされたものなんだと言い切っています。 例えば、過去に何か辛い経験があったとします。 同じ経験であっても ネガティブシンキング的な発想ならば・・・ 今私がこうなのは、過去の〇〇のせいだぁ~! あの時、あんなことがなければ、今

          衝撃を受けたアドラーの言葉シーリズ①

          発達障害などの子どもは切り替えが苦手です。始めと終わりが分かれば、自分の夢も見えてきます!

          私は保育の時に始めと終わりを考える。 その子にとっての始めと終わりである。 始めと終わりとは何ぞや?ってことですが・・・ 分かりやすく言うと、学校のチャイムである。 キンコンカンコン鳴ったら「始まり」で 再度キンコンカンコン鳴ったら「終わり」である。 当たり前のことだと思るかもしれないが、これが幼児期の生活の中では結構難しい。 生活というのはグラデーションである。 テレビを見ていて何となく、ご飯が出来てテレビを見ながらご飯を食べてある程度満足したらそのままおもち

          発達障害などの子どもは切り替えが苦手です。始めと終わりが分かれば、自分の夢も見えてきます!

          児童発達支援に通っていた、20歳を超えた卒園児が教えてくれたこと。

          あるきっかけがありまして、卒園児が15年~20年ぶりに会いに来てくれました。 色々な想いが、本当に頭の中を巡っているのできちんと整理をして再投稿をしたいのですが、ちょっと我慢できないので、先走り投稿をしちゃいます。 15年ぶり以上の卒園児なので、基本20歳以上の方たち。 立派な男性と女性になっている方たちばかりです。 まずは、平日にも関わらず再度訪れようと思ってくれたことへの感謝です。 保護者も含めてよい思い出があるからこそ帰ってきてくれたんだと思いますし、卒園児だっ

          児童発達支援に通っていた、20歳を超えた卒園児が教えてくれたこと。