[暮らしっ句]寒 雀[俳句鑑賞]

 風を踏み 日ざしを踏みて 寒雀  村山秀雄

 寒い時期、誰だって日向がいい。でも、建物のあるところでは日向はごくわずか。それに餌を探すのが第一ですから陰を避けてなどいられません。ともかく必死で餌を探し歩くしかない。わずかな餌をついばみながら歩き回るしかない。
 つまり、時々、飛んでるように見えるけれども、それは飛んでるんじゃなくて「風を踏んで歩いている」!

 自分の身に重ねれば…… 底辺の人間って、トンビなんかを見上げて、自分には無理だと思考停止しているのかも。参考にすべきは雀だったのかも。雀は地べたの少し上を「踏む」ことを覚えたんだ。飛べるようになったんじゃなくてね。それが本当のステップアップ!?
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 寒雀 次に移る木 決めてゐる  紅谷芙美江

 作者は人生の岐路に立っておられるようです。移るところを決めずに、これまでのところを辞めてしまったのでしょうか。普通に読めば「わたしのほうがバカだ」ということになりそう。
 でも、注目の生成AIのことを引き合いに出すと、AIは瞬時に次の言葉を決めることが出来ます。そう設計されている。時に「おてつき」もありますが、その正解率は平均的な人間よりもずっと高い。しかし、人間の場合、目標自体を変更することがある。
 その「心変わり」は、おそらくAIには「禁止」されている。
「心変わり」が人間の値打ちだ! とは云えませんが、そこに「人間らしさ」の一端は垣間見えます。
 であれば、作者は次を考えずに衝動的に道を変えたのかも知れませんが、人間として一段、深みが増したのではないでしょうか。たとえキャリアが台無しになったとしても「計算を度外視した行動」には別の価値がある。
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 寒雀 二羽寄り添ひて 動かざる  杉江茂義

 強い愛情に結ばれたウォームな場面でしょうか?
 それとも、生活力の無い二羽が進退窮まった場面でしょうか?
「寒雀」ですから後者と見るのが普通だと思いますが、よく考えてみると、そもそも前者と後者の違いは紙一重。たまたま餌にありつくことが出来れば、その日一日生き抜くことが出来ます。食べて元気が出れば、翌日は餌を探しに行けるでしょう。その連続で春まで辿り着けるかもしれません。
 ポイントはどうやら二羽でいることにあるようです。
「二羽寄り添ひて」の一語が「寒雀」の悲惨さに勝っている!
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 馬小屋の庇をねぐら 寒雀  阿部悦子

 庇(ひさし)を借りての生活。普通に考えれば吹けば飛ぶような心細い境遇ですが、この句から感じられるのは安心感。そこは別世界のような気さえします。
 むろん大きな地震が来ればとても持ちこたえられないでしょう。火災も脅威。いや、災害がなくても家主が馬小屋を廃するかも知れません。考えれば、不安だらけ。
 つまり、この光景に感じられる安らぎは、心理的な安心感。悪く云えば、錯覚です。そこに「寒雀」が重ねられている。

「そうだよ。その日暮らしさ。でも、仕方ないじゃん」

 しかし、この「仕方がない」は、言葉としてはあきらめのようですが、それでも生きるんだという開き直り。ものすごくあわれな実情とそれを気にしないたくましさ…… この句にただよう安心感はその強さに裏付けされたものなんですよ。もちろんそれは錯覚なんかじゃありません!
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 裁判所裏の好きなる 寒雀  杉浦典子

 資本主義の世の中では裁判もお金と無関係ではありません。お金で優秀な弁護士を集められるし、綿密な準備も出来る。仮に法廷でのやりとりがまったく公正だとしても、そこにいたるまでは全然、公平ではない。

 ですから、貧しい者たちが「裁判なんてアテにできるか!」と考えても致し方ないところはある。「裁判所裏」という言葉から、そんな下層の人たちのことが連想されました。今の日本、一億層中流は遠い昔。過半数は先進国基準で言えば下層ですし。
 ただ「好きなる」という言葉にたくましさが感じられるんですよね。
「どうしようもない」という現実が「好き」の一語で「やれることをやりましょう」に切り替わっていく感じ。

 思えば、わたしの今生も、そこに気づくことにあったのかも。半世紀かけてようやくなんとなく……。
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 寒雀ほどの倖 わかちあふ  熊倉だい

「雀の涙ほど」という慣用句がありますが、微妙に違います。
「雀の涙」は少なすぎることに哀しさが重ねられていますが、こちらの句の向きは「倖」。少な過ぎるものでも「わかちあふ」と増える! 

 嘆いてるうちはまだどん底ではないのかもしれません。生き延びるために自分のモノに固執している間は、まだまだ。極限状態で「どうせこのパンを独り占めしても生き延びられない」……そこに気づき、皆で分かち合うことにした時に「奇跡」が起こるのかも。「奇跡」って心のブレークスルー?


出典 俳誌のサロン 歳時記 寒雀 
寒雀

ttp://www.haisi.com/saijiki/kansuzume.htm


見出し画像は、june06_catさんのご作品。
ありがとうございます。
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