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[暮らしっ句]新 緑[俳句鑑賞]

スナップショット編

 新緑の木蔭や憩ふ 乳母車  吉田きみえ
 新緑や補助輪はづす 父と子と  有松洋子
 新緑にひらく詩集の うすみどり  平野伸子
 新緑や 触れあふ音の ひとり占め  松沢久子

 コメントは不要ですね。「うわ、きれい!」という時機を過ぎて、毎日が新緑という中での何気ない光景。でもこれ以上、何を望むのかと。
 小さな幸せと大きな幸せ、選べるとしたら、どちらを選びますか?
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 新緑や 子のゐぬ部屋の鳩時計  木下慈子

 さて、少しずつ見えない世界に入って行きましょうか。
 このお子さん、この春から親元を離れて巣立って行かれたのでしょう。
 ひと月が過ぎて感情の起伏がおさまると、何だか不思議な感じがする。
 部屋はそのままなのに、あの子だけがいない……。
 あの子がいた日々は何だったの? わたしは変わらずに動き続けている「鳩時計」のようなもの?
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 新緑の陰に入口 ありさうな  大東由美子

 気づいてる人は気づいている。「新緑の影」……鬼が出るか蛇が出るか、それともその向こうに何かがあるのか。勇気を出して探検してみましょう~
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 新緑のなかに佇む 無言館  広瀬済
 新緑や 鳥語溢るる雨後の森  橋場美篶

 二つを並べると、こんなメッセージが……。

華やかな新緑の中、ひっそりたたずむ無言館
新緑をかき消すかの如き鳥の声
夭折したが学生たちは沈黙しているのだろうか
鳥の声は、どうして鳥の声と言い切れる?
雨後の森
鳥語を使って語りしは……
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 新緑の底から 無言電話 湧く  能城檀

 新緑の一際、爽やかな日に無言電話がかかってきた…… 表面的にはただそれだけのことですが、上記の流れで見ると深読みせずにはいられません。上の句では死者が鳥の口を借りて語りかけてきたわけですが、ここでは「電話」を使った。しかし、死者の言葉は電話では伝わらなかったようです……
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 新緑や 頭に影と母の声  星野早苗

 母の声が聞こえた気がして立ち止まったら、目の前に何かがドサッと落ちてきた! 間一髪、助かった~ といえばマンガですが、いくらバカなわたしでもそんな読み方はしません。ここは、

「こんないい季節なのに、何を思い悩んでいるの?」

 そう語りかけられたと深読みしたい。
 思えば、そんなふうに声をかけてくれる人って貴重。
 町行く人たちが皆、明るい顔をしているかというと、決してそんなことはないわけで、無表情の人、冴えない顔の人の方が多い。だからいちいちそんなことは気にも止めない。逆に言えば、自分がどんなに思い悩んでいても、道行く人は気づいてもくれない。
……かつての母はうるさい存在だった。もう少し放っておいて欲しかった。しかし今となっては…… あ、この新緑は「母の日」にもかかってるんだ。母親の優しさを詠みつつ、それに気づいた娘さんの万感の思い。
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 新緑や 籠り勝なる妻とゐて  保坂加津夫
 新緑に 妻の病が薫りけり  岩田ひろあき

 妻の調子が悪いという意味では同じ状況なわけですが、印象はかなり違います。「籠り勝」は病気の手前のようです。軽いうつ病かなという程度。ところが、光がない。新緑がかえって家の中の暗さを際立たせています。
 一方、「病の妻」を詠んだ下の句は「薫り」ですから、新緑と響き合って美しく瑞々しい。
 つまり、病気が必ずしも不幸だとは限らないということですね。上の句の作者をディスってるわけではなくて、得てして病気の始まりの方が陰気になりがちなのでしょう。ある程度病状が進行したほうが、心の持ち方が変わるんじゃないでしょうか。希望を見出そうというふうに。

トンネルが一番暗く感じられるのは入った直後

「新緑の陰の入口」、いかがでしたでしょうか?

希望って、もしかしたら、トンネルの中で見る
彼方の明かりのことかも
だとしたら、幸せはそれに向かって歩く日々

トンネルに入らないと何も始まらない?


出典 俳誌のサロン 歳時記 新緑
歳時記 新緑
ttp://www.haisi.com/saijiki/sinryoku1.htm

見出し画像は、ふうちゃんさんの作品です。
ありがとうございました。

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