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[暮らしっ句]鱧(はも)[俳句鑑賞]

 京の露地 ふかぶかもぐり 鱧をくふ  沼田巴字
 谷崎に 縁の店や 鱧料理  水原春郎
 打水の ゆきとどきたる 鱧料理  鬼頭桐葉

 露地をもぐる…… 京都では名の知れた店が路地にあることがめずらしくありません。でも、作者の訪れたところはそれだけじゃなくて、路地からさらに露地を入ったところに店がある。露地とは茶室に通じる飛び石がおいてあるような小道ですね。
 もぐる……というのは、潜り戸とか躙り口に重ねられているのでしょう。日常から離れた世界ということが暗示されている。作者が食らったのはただの鱧じゃないということですが、お店の力が半分、あとはそれを豊かに受け止める作者の感性。

 若いころ、ぶらぶらしてて、文豪の墓地を尋ねられたことがあります。ドラマに出てきそうな立派な身なりの年配者のグループ。たまたま墓地の場所を知っていたので、しばしご一緒しました。
 血縁者なら墓地を知らないことはないし、文学ファンなら身なりのいい人が揃ったりしませんから、なんなんだろう…… 作品に登場した旧家の子孫とか? などと思いつつ。
 それがどうした?
 意識できる人生って、何幕もある舞台の一つだけ。大きな物語の一章。でも他の章とリンクしていて、他の章の登場人物がちらりと顔をのぞかせることがある。あれはそんなことだったのかなと。
 逆だったかもしれませんけどね。自分が他の章に足を踏み入れたのかもしれません。その場合、自分はあくまで通りすがりですけど、一瞬?となる。気づかなければそれまで。人生にはそんな隠し味もあるんじゃないでしょうか。幸不幸、成功不成功とは別の「味わい」~
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 水鱧や うつはは魯山人好み  能村登四郎
 藍の濃き 呉須手の皿に 祭鱧  和田清
 竹箸の さみどりがよき 鱧料理  中島知恵子
 箸置きの 小枝の緑 鱧茶漬け  小幡喜世子
 先付は 切子小鉢の 湯引き鱧  藤見佳楠子
 鱧づくし 蒔絵の椀の 糝薯かな  谷岡尚美

※糝薯(しんじょ)
すり身にした魚や鳥肉に、卵白やだし汁で味をつけてすりまぜ、固めて蒸したもの。わさび醤油でそのまま食べたり、吸いものの実にする……

糝薯(しんじょ)とは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp)

 年を取ったらこういう世界で遊ぶ予定だったんですけど、今生では縁がなかったなあ。前世でさんざん遊んで身代でも潰したのか~
 時々、夢を見るんですよ。花街の路地にいる夢。子供目線なんですが、そんなところにいた事実はありません。親が若いころ、花街の近くで働いていたので、もしかしたらその時の記憶を受け継いだのかと思ってみたり。それは京都に限ったことではなく、小さな地方都市でもそういう店が数軒かたまってるところがありますよね。妙に懐かしい。

 蒔絵の椀…… 何年か前にいただいたものがあります。これはいいものをいただいたと思ったのですが、実際にはほとんど使ってませんでした。使わない理由があったわけではなく、使うイメージがわかなかった。今回、鱧づくし蒔絵の椀……の一節を見かけて、足りなかったのは蒔絵の椀にふさわしい料理だったのかと。今年は鰻を見送って鱧にするか。
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 西陣の古き料亭 鱧の膳  坂上香菜
 鱧椀の出され 得心する料理  黒川悦子
 吸物の早松茸添ふ 牡丹鱧  藤田誉子
 酢味噌よし 梅肉もまた 湯引鱧  玉置かよ子

 京都住まいの人から聞いた話だと、旧家では自分の家の座敷代わりの料理屋さんがあるのだとか。縁談の話でも自宅は使わずそういう店を使う…… その人は「嫁さんの実家の敷居を跨いだことがない」と苦笑してられました。ちなみにその人も当時は上場企業のエリートでしたし、お父さんは当時、著名大会社の副社長。それなのに嫁さんの家からは見下されていたと。
よく京都人は本音を云わないとかいいますが、そんなことよりも差別意識のほうが問題かもしれませんね。

 おっと、今回は贅沢な気分を愉しむつもりでしたが、ついリアルを引きずってしまいました。氣分を害された方、ごめんなさい。場所を変えましょう。奥座敷に~
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 持てなしの 鱧鮨香る 奥座敷  和田照子
 前うしろ川の流るる 鱧料理  大山文子

 京都なら貴船とか鞍馬とかかな。大阪なら箕面とか?
 貴船ー鞍馬のハイキングに出かけたとき、高級車が、パラパラと上がってくるのを見かけて、そういう世界が本当にあるんだぁ と感心しました。
 こっちも気分だけでもと思って安い店を探して入りましたが、川床という点は同じでしたが、内容は海の家レベルでした~ そりゃあそうですよね。侘び寂びは、貧乏人がやると貧しさばかりが目に付く……
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 鱧そうめん いけずやなあと艶な声  竹腰千恵子

 花街なんでしょう。声の主は若い芸者さんか舞妓さん。
 この過不足のない表現が絶妙ですね。ドストエフスキーの収容所の描写みたい。男だと余計なことを考え、いらんことを云う~
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 梅肉の 紅美しき 鱧落し  阪口美枝子
 鱧の皮 二番煎じの恋語り  桑名さつき

 上の句には「恋」も「男女」も出てきませんが、さっぱりした色がありますね。さわやかなのに艶がある。美人美男子とはそういうものか。いや、それだけじゃないな。若い頃を過ぎても、さわやかなのが特別なんだ。
 せめて、さわやかな魅力を愛でられる感性を失わないようにしたいものです。

「二番煎じの恋語り」…… 何が二番なんでしょう? 二番目の恋ということ? それとも誰かに一度話したことのある恋話を、もう一度、別の人に話したということ?
 おそらく後者ですね。このカラッとした調子から想像するに、人に話すのは二度目でも、思い返すことは数えきれないくらいあった様子。だから、二度目はスマイルエンドに語ることができた。上の句のさわやかさとはまた違う、五月晴れのような魅力。雨雲を押しのけたのは作者のチカラ。
 それが「鱧の皮」に掛けられている。その意味?
 元カレが回想の中で切り刻まれたということですよ!
 「鱧」のように皮はそのままにね~
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尻尾

 梅干の恋や 湯引の鱧おとし  中島陽華

 曲解もいいところなんですが、老人の恋が彷彿としました。梅は漬けて干して、鱧は湯引きと包丁で食べられるようになる。若いころは食えなかった二人も人生の荒波にもまれて毒気が抜ければ乙な関係になれるハモ~

 出典 俳誌のサロン 歳時記 鱧


ttp://www.haisi.com/saijiki/hamo.htm

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