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突然ショートショート「こどもの日の7番レジ」

 子供たちを職場に招くことになった。こどもの日の特別企画らしい。

 やってきたのは10人ほどの子供達。スーパーの仕事に興味を持って来てくれたらしい。

 店長の先導のもと、子供達が連なって店を探検しだす。
 店内に賑わいがやってくるその様子を、私は楽しく思いながらレジを打っていた。

 スーパーには、嫌な客がやってくることがある。いわゆるクレーマーとか、カスハラとか。
 そしてこの日も、私はそれと遭遇してしまった。
 
「レジ袋はお付けになりますか?」
「は?なめてんの」
「え」
 来た。訳のわからないタイミングで難癖をつけるパターンだ。

「見たらわかるでしょ。この格好」
 客の格好は主婦風で、リュックサックを背負っていた。
「え…いえ…」
 リュックサックぐらいでは判断材料にはならない。もしかしたら使い勝手のいいレジ袋を欲しがっているのかもしれないし、リュックサックに詰め込んで対応するだけなのかもしれないからだ。
「ふざけんじゃねぇぞ。こっちは急いでんの」
「あの…」
 じゃあ早くセルフレジで金を払って立ち去れ、と思っていたその時だった。

「笑顔になろ?」
 なんと、見学に来ていた男の子がその客に声をかけ、変顔を始めたのだ。
 周りには他の子と店長の姿もいた。見学がレジのところまできていたのだ。

 戸惑う私と客。7番レジが、一瞬だけ凍りついた。
 男の子は必死に変顔をしていて、茶化そうしているのではないことがわかってしまうだけに余計辛い。
 客の表情は一切変わってないし、場の雰囲気は最悪なことになっていた。

「ねぇ。ねぇ!」

 その時、店長がポン、と男の子の肩を叩いた。

「こういう状況をですね、0点のテストと解きます。そしてその心は、『実に残念』!」
 全員が店長に注目する。
「こんな可愛い子供を泣かせて、『実に残念』!」

 客が男の子の顔をどこか申し訳なさそうに見つめ、セルフレジへ移動する。

「…すいません」
「謝るのは私じゃなくて…?」
「……ぼく、ごめんね」
「うん!」

 店長の機転で、その場が無事に明るく収まった。
 そういえば店長、昔は落語研究会に所属していたと言っていたな…というのを今思い出した。

(完)(863文字)


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