なんだろう。このネット社会の生き苦しさは。

この日本社会はどんどん「許されない」社会になってきている気がする。現代のネット社会はやらかしやすいタイプの人にとってはなかなか難しい社会である。例えば某寿司チェーン店のペロペロ事件で18才の少年が炎上した件も、正味の話あの手の迷惑行為は昔からいっぱいあっただろう。しかしいい意味でも悪い意味でもたいてい”許されてきた”。だが今は違う。今回の件はSNSでの拡散によって迷惑行為の実態は瞬く間に日本中を駆け抜けた。SNSなんて拡散しやすいに決まってんじゃん!そんな迷惑行為をSNSにアップするなんてどーしようもねえバカじゃん!といいたくなる人もいるだろう。だがやってしまった犯人は高校生だ。高校生は若気の至りというか目立ちたいという本能のままに生きている。あんまり理性的に後先考えないことが多い。そういう季節みたいなもんだ。僕もスマホを持っていれば似たようなことをやらかしていたかもしれない。だが今回の件の高校生はこの件の1発でもう人生終了だ。流石に無慈悲すぎやしないかと思った。あと今回の件がかなり炎上したのにはもう一つやっかいな事情がある。人は悪いことをするときには多少なりとも必ず「罪悪感」を感じる。だがこれには例外があり「正義」を掲げたときについては罪悪感を全く感じず人はどこまででも残酷になれる。今回の件でいえば、「この高校生のようなバカが許される社会は危険だ。犯罪抑止力のためにもこの高校生を徹底的にバッシングしなければ!」という正義を掲げて多くの人はバッシングしている。彼らは「正義」を掲げているので高校生の個人情報を晒したり、陰湿な批判をすることに一切の罪悪感を感じない。今回の件で徹底的な正義は時に人を狂気に変えてしまうんだなあと改めて実感した。すごいこわいなと思った。なんかネットなんてない時代に生まれたかったなと思う。本当に。今の社会はちゃんとネットリテラシーがないと誰でも1発で人生終了になる可能性がある。昔は許されていたことも。一度ネットで炎上するとその後ちゃんと更生したとしてもその炎上した件はネットに残り続ける。デジタルタトゥーとはまさに言い得て妙だ。何か一つでもやらかしたらもうネット上にそのことがタトゥーのように残り続ける。何か一つでもやらかしたら1発KOの現代社会。本当に息苦しさを感じる。海外でもいこうかな。まあ僕がめちゃくちゃやらかしやすいタイプというのはあるが。江戸時代とかなら極論殺人をしても場所を変えれば全然普通に生活できたと思う。情報を日本中に広めることが難しかったから。まあこれは極端な例だが江戸時代のような割となんでも許される社会の方がなんか気楽でいいなあと思う。僕は。
20年、30年後の日本ってどんな社会になっているんだろう。今よりももっと「許されない」社会になっているのかな。インターネットの力で今よりもっと人の人生を簡単に潰すことができる社会になっているのかな。勘弁してくれよお。

「許される社会」と「許されない社会」どっちがいい社会なんだろう。どちらもいいところと悪いところがある。今の日本は「許されない社会」の方を選択しているけどそんな簡単に決めていいものなのか?そもそも答えなんてあんのかよ。

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