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「囀る鳥は羽ばたかない」 第51話 感想

第51話

 
 半分は予想通り、半分は予想外だった。
 毎回想像を越えたハードな展開に圧倒され、1話1話が心に突き刺さる。
 こんな漫画は他にない。

 百目鬼に腕を掴まれそのまま車に乗せられた矢代は、案外落ち着いた表情で後部座席に座っている。

 百目鬼が運転する車が向かった先は、第50話の考察で予想した通り、百目鬼の新しい部屋だった。

 以前よりは広くなっているものの、私の想像よりずっと簡素な室内だった。

 29歳になった百目鬼には桜一家の組員としてそれなりの収入もあるだろうから、シンプルでも少しいい家具を置いていると思った。
 しかし、今の部屋もフローリングにベッド、小さめのローテーブルがあるだけで、椅子もない。

 5巻で畳に敷いた布団の上で二人が抱き合うシーンは、外の雨と相まって部屋の中が質素であればあるほど情緒を感じた。

 百目鬼の新しい部屋で、二人はどうなっていくのだろう。
 

矢代「昔と同じで何もねぇな」

 4年前にたった1回行っただけなのに、矢代は百目鬼の部屋を憶えている。

 あの時のことを矢代が回想する場面は一度も描かれていないけれど、矢代にとって忘れることのできない記憶であることは間違いない。

百目鬼「寝に帰るだけですから」

 4巻第22話と同じような会話をする二人。
 でも、あの頃と違って、今の二人は怖い顔で睨み合っている。

矢代「手袋なんて取って何のマネだ?」

 百目鬼がこれからどうするつもりなのか、矢代にはわかっているはずだ。

 無言のまま矢代のネクタイを緩める百目鬼の左手の小指が欠けているのが、はっきりと描かれている。

 その手を払った矢代の両手首を強く掴んで、百目鬼が矢代を床に押し倒す。

百目鬼「今更、形だけ拒むんですか」

 本当は俺(男)に犯されたいくせに…とでも続くのだろうか。
 百目鬼の顔には怒りが満ち溢れている。

「ち…が」と矢代は言いかけるが、百目鬼に乳首を強く噛まれて呻き、抗えなくなってしまう。

 矢代はたとえ内心百目鬼が好きで抱かれたいと思っているとしても、こんな形ではセックスしたくないに違いない。

 構わず矢代のシャツを引きはがす百目鬼。

怒っていた。俺の知る限りで一番

 矢代にレクサス内で罵倒されて顔を蹴られた時(6巻第32話)にも、右脚を銃で撃たれて置いて行かれた時(6巻第35話)にも、忘れたと嘘をつかれて捨てられた時(6巻第36話)にも怒らなかった百目鬼が、怒りを露わにしている。 

 矢代は百目鬼の愛撫に(おそらく乳首を舐められて)感じてしまう。

 快感と、やはり本心では百目鬼とセックスしたいからなのか、矢代は私の予想よりずっと早く抵抗するのを止めて、百目鬼の髪に触れ、広い背中に手を回す。

 どうやら、嫌がる矢代を百目鬼が無理やり犯すような展開にはならなさそうだ。

 矢代の指先が背中のシャツを捲りかけた時、百目鬼はピクっと体をこわばらせる。
 理由がわからない矢代は不思議に思う。

矢代「? なんだよ」

「別に…」と百目鬼は答えるけれど、次の瞬間、矢代の左手が捲り上げた黒いシャツの下に現れた百目鬼の背中には、以前にはなかった刺青がびっしり入っていたのだった…!!

 矢代は呆然と目を見開いて驚いている。
 私も息を飲んだ。

 諦めたような、悲しそうな百目鬼の横顔は、矢代に刺青のことを知られたくなかったように見える。

 この刺青は綱川が入れさせたのか、それとも極道の世界で生きていくと覚悟を決めた百目鬼が自らの意思で入れたのか。

 百目鬼の表情からは、自分の意志で入れたようには見えないのだが…。

 矢代は何も言わず、いきなり百目鬼を蹴る。その瞳は怒りで燃えている。襟元を掴んで容赦なく何度も殴る。

 百目鬼は黙って矢代の拳を受けている。矢代の気が済むまで。

 なぜ矢代が怒っているのか、百目鬼にはわかるからなのだろう。

 矢代は百目鬼にヤクザの世界から足を洗って、カタギに戻ってほしかった。

 6巻第35話で百目鬼のことを「忘れた」と嘘までついて別れたのは、百目鬼への愛を自覚してしまった以上、このまま百目鬼と一緒にいると自分が変わってしまうのが怖かったからなのだろうが、百目鬼を自分から離して家族のもとに帰してあげたかった、極道に染まらないで綺麗なままでいてほしかったという気持ちもあったと思う。

 矢代は百目鬼を殴りながら、「こんな取り返しのつかないことしやがって。これじゃ、まるきりヤクザじゃねーか!」と怒っているように見える。

 もしも矢代が、百目鬼なんてどうでもいいと思っているなら、刺青を入れたって気にしないはずだ。
 愛情があるから怒っているのだと、百目鬼に伝わっただろうか。

 矢代にひとしきり殴らせた後、百目鬼は矢代の手首を掴み、頬に触れる。
 感情を爆発させた矢代は少し落ち着いて、しかし苦しそうな顔をしている。

 百目鬼は体を起こし、座っている矢代の膝に跨り、頭を抱えて口づける。

 5巻でセックスした時以来の、二人のキス…。
 あの時も、百目鬼が矢代の頭をそっと抱えてキスした場面から始まったことを思い出す。

 二人は抱き合って舌を絡め合う。熱く荒い息を交わしながら。
 今度は矢代が百目鬼の上に跨る。
 矢代が縋りつくように握りしめた百目鬼の背中のシャツの隙間からは刺青が覗いている…。

たかがセックス…?

 
 矢代が百目鬼の刺青を見てから濃厚な口づけを交わすシーンまで、二人は一言もしゃべらない。

 このところ、二人とも口を開けば傷つけ合って、本音を隠すためにしか言葉を使わないから、もう何も言わず、激情に任せて抱き合った方がいいのではないかとすら思う。

「たかがセックスだろ? 穴に入れて出すだけだって」とかつて矢代は言ったし(5巻第23話)、確かに愛がなくてもセックスはできる。

 それでも、想い合う二人にとって、セックスには何かしら意味があるはずだと私は思う。

 これほど他者との肉体的距離が縮まる行為は他にないのだから。

 言葉にできない想いを、肌と粘膜を触れ合わせ、互いに快感を与え合うことで少しでも伝えられないだろうか。
 
 喧嘩したカップルがセックスによって仲直りすることを短絡的だと思っていたが、これは生物学的には正しくて、セックスして抱き合うことでオキシトシンが分泌され関係の修復を助けてくれるという。

 今、二人はどちらも相手のために怒っている。
 相手が自分自身を大切にしないことに対して、憤りを感じている。

 矢代は百目鬼にヤクザの世界から抜けて、カタギに戻ってほしかった。できるだけ綺麗なままでいてほしかった。
 それなのに百目鬼は知らない間に刺青を入れて、どっぷり極道に浸かって後戻りができない体になってしまった。

 一方、百目鬼は、不特定多数のくだらない男達に軽々しく身を任せる矢代が許せない。
 矢代を誰にも触れさせたくない、自分だけのものにしたいという独占欲もある。
 
 抱き合って、もつれあうように体を絡めることで、二人が怒りを鎮め、口には出せない想いのひとかけらでも伝え合うことができるといいのに。

 これから、おそらく第24、25話のように長いセックスシーンが続く。
 もうあまりしゃべらない方がいいような気さえするが、二人は本音をぶつけ合えるだろうか。
 コトの最中でも矢代を気遣って枕を取りに行ったような優しさを百目鬼が見せてくれれば、あるいは…。

 本当の気持ちを隠したままセフレを続けるなら、二人とも胸に秘めた愛情を伝えられないもどかしさに苦しむだろう。
 (私はそういう展開が好きなので、実は期待している)

 その中で、矢代が自分以外の男には勃たないことを百目鬼が知った時(たぶん井波から聞かされるだろう)に、二人の関係は転換点を迎えるはずだ。
 ≪好きな相手が自分にしか勃たない≫なんて、私が百目鬼の立場だったらこんなに嬉しいことはない。
 「もう、一生そのままでいいのでは?」と考えてしまうくらいだ。(矢代が可哀想?)

 そして、いつか百目鬼の部屋で矢代が影山のコンタクトケースを見つけたり、バーのママと百目鬼には肉体関係がないことがわかったり、奥山組との抗争で百目鬼が矢代を庇ったりなどして、少しずつ二人の距離が縮まっていくのではないかと予想している。

百目鬼の刺青


 今回、百目鬼の背中の刺青を見た時に、私は矢代とともに激しいショックを受けた。

 刺青の上1/3くらいはシャツで隠れたままだが、龍の尾と蓮の花、そして中央に天女のような人物が描かれている。
 
 以前、美術手帖(2014.12)に掲載されたカラーイラストの刺青とは明らかに模様が違う。(この時は架空の刺青だった)

 美術手帖では、背中に迫力ある龍の刺青を背負った百目鬼が煙草を片手に、瞑目した矢代の頭と体を膝で支えながら、前屈みに座った姿勢のまま振り返ってこちらを見ている。

 二人とも上半身は裸で、下半身を覆う黒い服が背後の闇に溶け込み、肌の色とのコントラストが鮮やかで美しい。

 この絵があまりにも色っぽくて素敵なので、これを見た時私は、百目鬼は背中に刺青があってもカッコいいかも…と思ったのだが、実際そうなってみるととてもショックだった。

 顔の傷、指詰め、背中の刺青…と、百目鬼の外見は完全にヤクザになってしまった。

 指を詰めていたり、刺青があったりしたらヤクザを辞められないわけではないだろうが、カタギに戻った時にかなり面倒だろうなと心配になってしまう。

 百目鬼の刺青の中央に立つ天女らしき人物の顔は見えなかったけれど、おそらく矢代に似ているのではないかと思った。

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