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「囀る鳥は羽ばたかない」 第51話で明らかになったあのことについて

 ネタバレを含みますので、閲覧にご注意ください。


 第51話で百目鬼の背中を見て、言葉を失い、呆然とする矢代の顔が頭から離れない。

 何とかしてカタギに戻したいと思っていた百目鬼の身体に、極道の象徴とも言うべき刺青を見て、矢代はどれほどショックを受けたことだろう。

 激怒して百目鬼を殴りながら、矢代は悲しんでいる。

 誰よりも綺麗なままでいてほしかった百目鬼が、自分の知らない間に「身も心も立派な極道になった」(7巻第42話)ことを。

「こんな取り返しのつかないことをしやがって!」という矢代の心の声が聞こえるようだ。

 百目鬼が刺青を入れていることを全く予想していなかった私は、矢代とともに心底驚いた。

 7巻第38話で、百目鬼が神谷に

「俺に出世は期待しない方がいい」

と言った時、私は、百目鬼はヤクザの世界に長く留まる気はないのだと思ったからだ。(少なくとも桜一家には)

 もしも、百目鬼が本気で極道の世界で生きていくつもりなら、ある程度は出世して、地位や権力があった方がいいのではないだろうか。

 極道だけでなく、どんな分野でも、自分が生涯(ではないにしても長期間)そこで生活や仕事をしていくと決めたのならば、一定の自由を得て自分の意見を通すためにも、それなりの身分や裁量権があった方が楽だと私は思う。
 (地位ゆえの責任や不自由さを天秤にかけても、メリットの方が大きい気がする)

 反面、地位や権力への欲望というのは怖いもので、あまりポジションに固執し過ぎると、足を掬われるようなこともある。
(平田が真に欲しかったのは地位ではなく、三角の愛情なのだろうけど)

 百目鬼はもともと上昇志向の強いタイプではないし、そもそもヤクザの世界に留まるのは「この世界にいなければ、頭との関わりがなくなってしまう」(6巻 飛ぶ鳥は言葉を持たない)と考えているからで、自分が組を持って一大勢力を築きたいなどとは思わないだろうが、ヤクザとして何らかの形で矢代の役に立つためなら、むしろ出世しておいた方が人も金も動かせていいのではないか。

 だから、私は百目鬼が≪出世を望んでいない≫と口にした時に、矢代が極道から抜けたら(百目鬼が矢代を極道から抜けさせたら、かもしれない)、百目鬼も一緒にヤクザを辞めるつもりなのだと思っていた。

 矢代が再び組を持ったら、桜一家を抜けて矢代の部下になることを百目鬼が望んでいるようには見えないし(そうなったら、二人の関係性は大枠では元通りになってしまう)、そんなことを綱川が許すとも思えない。
 
 しかし、あの背中の刺青は、極道で生きていく固い意志の表れのように見える。
 
 私は、刺青を入れたのは百目鬼の本意ではなかったのではないか、綱川の命令あるいは圧力によって仕方なく入れたのではないかと考えている。
(バーのママの部屋で刺青を入れたのでは…?)

 綱川にとって、百目鬼は初め、≪天羽から押しつけられた指詰めたボロボロのガキ≫だった。

 仁姫の誘拐事件での活躍を見て、百目鬼を昇格させた綱川だったが、「気に入ったものほど用心」(第7巻40話)していて、今も神谷に百目鬼を監視させ続けている。

 百目鬼も綱川の考えに気づいていて、矢代のために極道の世界にいるとはいえ、当面は桜一家しか身を寄せる居場所がないから、綱川の信頼を得るために刺青を入れざるを得なかったのではないだろうか。

 矢代と同じ世界で生きる覚悟とケジメのために、百目鬼が自ら刺青を入れたという考えもあると思う。

 もしも矢代に、この先もヤクザの世界で生きていく意志や野心があるのならば、きっと私もそう考えただろう。

 矢代とともに生きる証として、消えることのない印を体に刻んだのだろうと。

 しかし、矢代は1巻から7巻まで一貫して三角の誘いを断り続けていて、ヤクザである自分を肯定していない。

もう一度この人のものになったら、俺はもう二度と戻ってこれないだろう

1巻第1話

 極道で生きていこうと決めた人間なら、自分を引っ張り上げてくれる三角に対して、こうは思わないだろう。

 三角は今のところ矢代を無理やり引き戻すつもりはなく、矢代の方から自分の元に戻って来るのを待っているように見える。

 かつて、影山のために三角と親子の盃を交わしたように、矢代は、例えば百目鬼を助けるためになら三角の後を継ぐ覚悟を決めるに違いない。

 果たして「抜けるにはひと踏ん張りいる」(1巻第2話)ヤクザの世界から、矢代と百目鬼は足を洗うことができるのだろうか。

 それからもう一つ、第51話で百目鬼は、矢代が背中のシャツに手をかけた時、ぴくっと体を強張らせ、口では「別に…」と言いながらも、矢代の右手首を掴んで背中を見られたくなさそうにしている。

 刺青を見て驚く矢代の前で、百目鬼は哀しげな表情で俯く。

 もしも、矢代と同じ世界で生きる証として自らの意志で刺青を入れたのなら、矢代に見られても、もっと堂々としていられると思う。

 まっすぐ矢代の瞳を見つめ返して、これは貴方への愛の印、少しも後ろ暗いことはないのだと毅然としていてもいいのではないか。(私ならそうする)

 
 刺青の模様が美術手帖(2014年12月)に掲載されたカラーイラストと異なっていることも気になる。

 美術手帖の龍の刺青は十分カッコよくて百目鬼に似合っていたのに、わざわざヨネダ先生が模様を変えたことには何か意味があると思う。

 矢代に似た天女が彫られているのではと直感したが、どうだろうか。


 それにしても、百目鬼は、矢代自身に「本当は男とセックスしたくない」ことを気づかせるためにわざと冷たくし続けているだろうか。

 第46話を読んだ時には、矢代は自分に好意を持った男を捨ててしまうから、矢代に惚れることなく、ただヤるだけの完璧なセフレを演じようとしているのかと思ったのだが、それだけなら、わざと矢代を傷つけ蔑むようなことを言う必要はないはずだ。

 第52話ではどこまで二人が本音をぶつけ合えるだろう。
 このまま何も言わず、ただ体を重ねるだけの方がいいのかもしれないと思いつつ、次号を楽しみに待っている。

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