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「囀る鳥は羽ばたかない」 第52話 感想

第52話


 待ちに待った25話以来の二人のセックス。
 しかし、あの時とは全く違って、私の心は虚しさに包まれたのだった。


 濃厚なキスを交わしながら、百目鬼は矢代のシャツを脱がす。
 そのまま遠慮なく局部に触れ、矢代の首筋を噛む。

 矢代は百目鬼にしゃぶられている最中でさえも、百目鬼とママができていることを思い出してしまう。
 それほど、「百目鬼の女」を気にしている。

 上半身裸になった百目鬼の背中には、宝珠を持った天女の刺青が彫られている。
 おそらく吉祥天女だろう。矢代にはそんなに似ていないような気もする。
(「吉祥天女」というと、どうしても吉田秋生先生の漫画を思い出してしまう。あれも名作)
 追記: あれ、この天女様の両手首、布が巻きついて縛られている? やっぱり矢代? と翌日気づいた。

 矢代のアナルに指を差し入れて中を抉る百目鬼に、矢代は

「いっ…、抜い」「もっ、指やめ…」

と泣きを入れる。

 百目鬼は冷たい表情のまま、

「…俺の指に吸いついています。やめていいんですか?」

と返す。


 たまらず「…ど め き…っ」と矢代が色っぽい顔で振り向くと、煽られた百目鬼は表情を変えて矢代の身体をひっくり返し、膝を掴んで深々と自らのモノを突き立てる。

 挿入されただけでイッてしまう矢代に、百目鬼が

「早いですね。まだ動いてもないのに。本当にセックスが好きですね」

と言うから、矢代も私も傷つく。

 矢代が男とセックスするのが好きじゃないって知っているくせに、またこんな蔑むようなことを言って…。

 矢代が自覚するのを促しているのだろうか?

 でも、たとえどんな理由があっても、百目鬼には好きな人を侮蔑するようなことを言わないでほしかった。

 百目鬼は矢代にどうして欲しいとも聞かず、少しの遠慮もなく何度も犯す。
 矢代が意識を飛ばすまで…

 ベッドで一人目覚めた矢代の前に、シャワーを終えた百目鬼が現れる。

百目鬼「山川が見つかったそうです」
   「七原さんから何度も着信があったので出ました」

 これで七原には、二人の関係が完全にバレたことになる。

 シャワーを浴びようと起き上がった矢代がふらつくと(ここは視力のせいではなく、セックスの疲労からだろう)、百目鬼はたくましい左腕1本で矢代の体を支える。
 先ほどまでのセックスよりも、こういう触れ合いの方がずっと純粋に胸に響く。

矢代「触んな。シャワー借りる」
百目鬼「満足しましたか?」

 百目鬼は「俺が犯せば、満足ですか?」(第50話)の答えを聞こうとしている。

「あー、したした。大満足、大満足」と茶化して返す矢代は、≪満足≫などしていない。
 たとえ、何度百目鬼にイかされたとしても。

 シャワーを浴びながら、矢代は百目鬼が放った精液をかき出す。
 矢代は百目鬼が「俺の性欲処理」のためにセックスしたのだと認識している。
 底なしに自分を突き上げた百目鬼に対して

≪あんなんじゃ、女も体もたねえだろ≫

 と思いながらも、すぐに考え直して

「さすがに女には優しいか」

 矢代は自分に言い聞かせるように呟く。
 俺には優しくしてくれなくても…と自嘲しているかのようだ。

 かつて「お前は、優しそうな普通のセックスしそうだから、嫌だ」と拒んだくせに。(1巻第3話)


 矢代がシャワーを浴びている間に、百目鬼はスーツをハンガーにかけておいてくれた。(24話の時のように)

矢代「スミ入れてもこういうところはマメだよな」
百目鬼「イヤミですか?」
矢代「よくわかったなあ! 昔のお前なら…」

 ≪嫌みだって気づかなかったよな≫
 朴訥として、純粋で、洒落の通じない昔の百目鬼が、矢代も懐かしいんだろうか。
「何でもねえ」と誤魔化すから余計に、自分の部下だった頃の百目鬼を思い出しているのだとわかる。

 スーツに着替えた矢代は、ネクタイをダンボールの上に落としたことに気づく。
 ネクタイを拾い上げた時、蓋の開いたダンボールに収められたままの百目鬼の持ち物が矢代の視界に入る。

 一番上には、コンタクトケースが乗っている。

 私はこの時、これが影山のコンタクトケースであることに矢代が気づいたと確信したのだが、発売日当日、ヨネダ先生がツイッターで「ちなみに矢代は気づいてませんラスト」とおっしゃっていた…。

 影山のコンタクトケースは、矢代がどれほど一途に人を愛するかの象徴であり、いつか必ず百目鬼の部屋で矢代が再び見つけるはず、そして、「なんで百目鬼がこれを…」となるに違いないと、私はずっと考えていた。

 しかし、まだその時ではないようだ。

 矢代は百目鬼の部屋から出る。
 次回は、山川が絡むヤクザの抗争がメインになるだろう。


 待ちに待っていた、25話以来の二人のセックスなのに…どうしてこんなにも虚しいのだろう。
 この虚無と寂しさは作品のせいではなく、私自身の心の問題なのかと一瞬思ったが、25話を読み返すとやはりあまりにも違う。

 興奮して口づけを交わし、熱い肌に触れ合う今の矢代と百目鬼の間には、相手を想う会話もなければ、うっかり漏れてしまう本音も、切ないモノローグも何もない。

 第46話で予感した通り、二人は体だけのセフレ関係になった。
 しかし、昔と違って矢代が求めているのは体だけではないから、これから矢代は百目鬼の心を求める自分自身と向き合わざるをえなくなるだろう。

 それにしても、百目鬼の鉄仮面ぶりには驚いた。
 好きな人とセックスして、よくここまで感情を露わにしないでいられるものだ。
 快楽に悶えるエロい矢代を見ても、私の心は乾いたままだった。
 二人のこれじゃないセックスが見たい。
 
 いつの日か二人が、セックスを通じて互いの愛情を確かめ合える瞬間を夢見ている。


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