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見えない位置にある目的地

ある時、東京ライトハウスの「見えにくさの相談会」に50代の方がガイドへルパーと一緒に来られました。その方は、ガイドに頼ることなく一人でスタスタと真っ直ぐに私の相談テーブルに近づいてきました。その方の様子に視覚障害をうかがわせるものはありませんでした。席についたその方に「どのようなご相談ですか?」と尋ねると、「家から徒歩10分ほどのところにあるバス停に一人で行けないのです」とのことでした。そのため、外出する際には、視覚障害はないけれども、ガイドヘルプを使っているのだそうです。家からバス停までの道順は、「家の前の道を左へ行き、次の角を右へ曲がり、そこから数十メートルのところにバス停がある」のだそうです。家を出たところからバス停は見えないそうです。

そこで、相談会場となっていた建物内の廊下を道路に見立てて、本人がいう状況を確認してみました。まず、一緒に部屋のドアを出て廊下を左へ歩き、最初の角を右へ曲がり右側にあるトイレまで行きました。途中に湯沸室、事務所があり、角を曲がった後、最初のドアがトイレでした。その後、再度一緒に歩いて廊下沿いの部屋の名前を聞くと、正しく答えました。でも、一人でトイレまで行こうとすると行けませんでした。見えている部屋のドアには行けるけれども、角に隠れて見えないトイレには行けませんでした。

それは、以前、本で読んだ道順障害の症状に似ていました。道順障害とは、目の前の街並み、建物などはわかるけれども、「出発点から見えない位置にある目的地の方角が定位できない」障害です。この相談者の障害の原因が何かはわかりませんでしたが、道順障害がある人の経路たどりに有効との報告がある言語的手段を試してみました。それは、目的地点までの経路上にあるランドマーク(目じるし)と方向の変換点と変換方向を記したメモを作り、それを見ながら歩くという方法です。すると、難なく目的地であるトイレにたどり着くことができました。その方も自分のパフォーマンスに満足した様子で帰っていきました。

そして後日、問題となっていたバス停に同じ方法でたどり着けたとの連絡がありました。その方とはその後会ったことはありませんが、バス停以外の目的地にもガイドヘルパーを頼らずに行くことができているでしょうか。時々気になって、その方のことを思い出します。

視覚障害がある人たちの歩行指導をしている私達にとって、視覚障害がない人たちの街歩きに関する指導をするのはとても珍しいことです。でも、実際には、視覚障害以外の理由で街歩きに難しさを感じている人が少なからずいるのかもしれません。

文:清水美知子

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