DXに関する雑感

DXという言葉を最近よく見かける。いうまでもなくDXとはDigital Transformationの略であり、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するための ガイドライン」によるとDXとは以下と定義されている。


企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジ タル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのも のや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

筆者は「デジタル」テクノロジーに関しては素人であるためにあくまでも印象論に過ぎないが、それでもDXに関してはいくらか思うところがあるのでそれに関する雑感を本エントリでは述べたい。

まずそもそも「デジタル」という表現に関しては個人的にはどうにも違和感を感じる。やや重箱の隅を突っつくようだが、そもそもDigitalとは(基本的には)形容詞であり名詞ではない。つまりデジタルを変革する、というのはそもそも言語としては本来はおかしいのである。ただ少なくとも昨今のビジネスシーンで「デジタル」というのは基本的にはデジタル技術のことであると見られる。つまりDXは「デジタル(技術を用いた)トランスフォーメーション」という文脈で用いられている。

文法的な問題を上記の概念としてDXを捉えてもそれでもまだ違和感を感じる。90年代後半から盛んに用いられ、すっかり定着したIT (Information Technology)とは何が違うのかという問いがあるためである。もちろん20年前に比べてITは進化しており、特に機械学習といった分野では著しい発展があり、これまでできなかったことができるようになったと認識しているが、それでも本来の意味を考えればこういった機械学習などの分野の技術もITに含まれると考えられる。

このデジタルという単語がビジネスシーンで用いられるようになったのは、個人的には商業的な理由からではないかと推測している。ここ10年ほどで機械学習などの分野で著しく技術が発達し、少なくとも理論上はビジネスシーンにおいてもこれまでできなかったことができるようになったために、これらを商業的に推進したい企業が中心として、従来のITと違うということを直感的に伝えるために「デジタル」という単語を用いるようになったと考えている。そのため分類としては昨今呼ばれる「デジタル」はITには定義上は含まれはするものの、上記の理由で別の単語として用いられるようになったというのが実態ではないだろうか。ここでは機械学習の分野の新しい技術が「デジタル」なのかITなのかは本質的には問題ではなく、重要なのは新しい技術が生まれそれによって企業の業績を大きく向上できる可能性が生まれたということだと思っている。

ここまでがDXのDの方の話であったが、X、つまりトランスフォーメーションの方に関してもいくらか思うところがある。アカデミックの分野での企業変革の大家であるジョン・コッターは1995年に発表した論文では以下を変革としている。


厳しさを待ちつつある新しい競争環境に対応するために、ビジネスのやり方を抜本的に改革する

これは先に紹介した経済産業省の定義でも「ビジネスモデルを変革すること」とあり共通する考え方が見られる。ここまで気軽に変革という言葉を使っているが、実際に企業で変革を起こすのはとてつもなく大変なことである。ビジネスモデルを変えることはたやすいことではない。そして一歩間違えると失敗しやらなかった方が良かったと思うことだってあるくらいリスクを伴うことであり、少なくとも気軽に変革をするというものではないのである。そしてこれにはいうまでもなく現場だけでなく経営のコミットメントが必要なのである。以前からも本ブログで繰り返し述べている通り、企業は基本的に「昨日やったことを今日もやり明日もやる」ことを前提として設計されておりこれをオペレーションと呼ぶならば、経営の仕事の大きな部分には、オペレーションを企業環境に応じて変えることが求められるのである。そしてオペレーションを変えるというのは簡単ではなく、ましてやビジネスモデルを変えるとなると複数の部門にまたがってオペレーションを変える必要が生じ、そこには経営がリーダーシップを発揮しなければならないのである。そこには経営資源の分配を劇的に変えることも求められるのである。経営資源が大きく減ったり増えたりすれば当然の帰結としてオペレーションも大幅に変えることが求められる。

そしてDXではIT(「デジタル」テクノロジー)を用いて変革を起こすことだと考えるならば、他の変革同様に経営者のコミットメントが必要なのである。ただ印象としてDXを推進することを掲げる企業であってもCDO (Chief Digital Officer)を新設して任せるかCIO (Chief Information Officer)に任せるかをして、後は「丸投げ」をしていることも多いように見える。もちろん経営者には他の仕事をがあるためにDXを全て一人で推進するわけにはいかない。また新しい技術を用いるためにその技術を理解している人に任せることは自然ではある。ただこれはあくまでも変革という極めてリスキーかつエネルギーを要する活動である以上、細かい技術のことは分からなくても相当に社長を中心とした経営者も時間を掛けなくては上手くいくはずがないのである。

筆者はDXを否定したい訳ではない。むしろこと日本企業に関しては大きな機会があると思っている。正確な統計は手元にはないが、日本企業のITに掛けている投資額は欧米企業よりも大きく低かったと記憶している。つまりITを十分に活用し切れていないために、そこには大きな機会があると考えられるのである。これは経営コンサルタントとして多くの企業に関わっている人間の現場の感覚とも一致する。

DXを推進するにあたってはまずは経営者がIT(「デジタル」テクノロジー)を使って何ができるかを認識するべきだと考えている。DXを掲げる企業でもそもそも何を目指しているのかが(対外的に発表していないだけかもしれないが)多い印象を受けるためにこれは特に大事だと思っている。大きく業務を効率化しコストを下げるのか、あるいはビジネスモデルなどを変えることでこれまでにできなかったことをやることで新しい製品やサービスを提供するのか、あるいはそのどちらもやるのかを経営者として決める必要がある。そしてこれらは技術的なことではなくあくまでもビジネスの視点で把握するべきであり、それは経営者にもできるはずなのである。また経営者の代理人としての経営企画機能も同様のことを考えるべきである。

多くの企業では伝統的にIT部門は必ずしも企業内で強い権限を有していないためDXを推進するならばIT部門だけに任せずに経営者が相応のコミットメントを示し、全社を巻き込んで推進しなければDXは上手くいかないと見られる。昨今のDXの議論を見ているとそのようなことを思えるのである。

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