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「未完の西郷隆盛」を読んで

最近YouTubeで東浩紀さんや成田悠輔さんと対談している動画を見て、先崎彰容さんが面白い方だと知りました。
舌鋒鋭く、日本近代史を引用した言説にとても魅力を感じています。

ウェブ検索すると沢山本を出されていたので、何か読みたいなと思っていたところ、なんと西郷隆盛に関する書籍が見つかり、即座にKindle版を購入しました。

未完の西郷隆盛: 日本人はなぜ論じ続けるのか (新潮選書)

今回は2017年12月に刊行された先崎彰容さんの著書「未完の西郷隆盛」を読んだ述懐をまとめます。

本の内容について


「未完の西郷隆盛」は私がこれまで読んできた西郷隆盛に関する本の中で、最も素晴らしい内容だと感じました。

私が今まで読んできた西郷本は、個人的な主観、特にただただ西郷さんを礼賛する、敢えて西郷さんの暗部をフューチャーする、といった内容が目立つ傾向がありました。

これも西郷隆盛という人物が偉人として世間に認知され、かつ謎の多いミステリアスな存在であるが故に、良い意味でも悪い意味でも人々を熱狂させていることが原因だと思います。
どんな形であれ、人気者は好かれたり嫌われたりするものです。

「未完の西郷隆盛」帯

先崎さんが「未完の西郷隆盛」で試みたことは、"西郷隆盛が日本の歴史にどのような影響を与えてきたか"を、著名人の文献や活動から読み解いていこう、というものであります。
(これほど客観的に西郷さんを理解する手段があるでしょうか!)
今回は個人的に印象に残った箇所をピックアップします。

福沢諭吉の章

「未完の西郷隆盛」では、はじめに福沢諭吉が登場します。
彼の記した「丁丑公論」では、一見相容れないように見える西郷隆盛を実は擁護していた、その理由はなんであったかが解説されています。

「丁丑公論」の表紙

福沢の章を読んでわかることは、今もまったく同じ現象が起きているということです。

西南戦争は当時のマスコミが大きく関わりをもつ、情報戦でもありました。情報に翻弄される民衆に福沢は警鐘を鳴らしています。この点から、現代にも通じる部分が見えてきます。
SNSでの陰謀論、エコーチェンバーをはじめ我々は相変わらず、自己のバイアスから抜け出せずにいます。

また、福沢は明治政府のおごりと、民衆の抵抗精神の欠如を嘆きました。これは、長い物に巻かれることを良しとする風潮を生み、新しい産業を作れなくなったバブル以降の日本の景気後退を連想させます。

福沢諭吉

学問のすゝめ」に書かれているように、福沢は国民一人一人が学び、知識や感性を磨くことこそ、国を豊かにすると考えていました。
自分で考え、行動に移す、それを日本人が出来なくなった最初のきっかけとして、西南戦争が影響していたのかもしれないのです。

中江兆民の章

続いて、中江兆民が登場します。
昨年、ふと気になって征韓論のことを調べていると西郷と同じく下野した板垣退助⇒板垣と同じ土佐出の中江兆民⇒兆民の弟子の幸徳秋水、の流れでいくつか高知県出身の人物に関連する本を読みました。

中江兆民

中江兆民の「一年有半」と「三酔人経綸問答」なども読んだわけですが、「未完の西郷隆盛」には兆民が西郷さんの復帰に尽力していたことが記されています。
欧米から帰国した兆民は、国家を樹立させるためには自分が制度設計し西郷に補佐してもらいたい、と話し西郷を中央に呼び戻そうと、薩摩藩主の島津久光に嘆願していたのです。
もし、これが叶っていたら、西郷さんは戦争せず死ぬこともなく、現代の日本が全く別の姿になっていたかもしれません。
明治政府の腐敗を改善する意味でも、兆民と西郷のタッグは是非見てみたかった。

兆民はフランス留学を大久保利通に直談判したそうですが、西郷を呼び戻そうとするあたり、大久保とは国家観のイメージが随分異なっていたのではないかと思います。

個人的に読んでいた中江兆民が、西郷さんに深く関わっていたと知ってとても感動しました。
土佐といえば坂本龍馬ですが、龍馬が薩摩藩と強く関わっていたことは有名です。そして明治以降も薩摩と土佐には何か繋がりを感じさせる、そんな印象を受けました。

三島由紀夫の章

中江兆民の本を読んでいた時期に、並行して三島由紀夫の「葉隠入門」も読みました。
「未完の西郷隆盛」には三島由紀夫も登場します。

三島由紀夫

よく考えてみると西郷と三島には近い部分があるなと思います。"朱子学と尊王攘夷は結びつくのか?"この辺の微妙な思想が二人には共通している気がします。
繊細な感性を持ち、多くの人を惹きつけ、皇室を敬い、最後は法を犯してまでこの国に訴えかけ、自刃して果てたわけです。
「葉隠入門」で三島由紀夫は、自由と生だけではなく、服従と死へ向かう心もまた人間の根本的欲求にあることを説明しています。
平時であれば、平和と自由と生きることが尊ばれ、有事であれば争いと服従と死が大義となる。西郷さんは間違いなく有事に活躍する人物であったと思います。
ですが、三島は平時であることに耐えられなかった人なのではないかと個人的に思っています。彼の美学は小説だけでなく人生そのものに直結しています。

いずれにしても、日本人が長らく影響を受けてきた武士道、そして儒教的精神が、西郷と三島を突き動かしていたのは間違いなさそうです。

薩摩琵琶関係者

「未完の西郷隆盛」には私が演奏する薩摩琵琶に関連する人物も取り上げられています。

玄洋社を組織して、国家主義を主張した右翼の大物として知られる頭山満が登場します。
彼は薩摩琵琶の影響を受けて誕生した福岡発祥の筑前琵琶を庇護していました。
大正11年出版の「現代琵琶名人録」に、琵琶界の恩人として、海軍将校の伊東祐亨などと一緒に掲載されており、彼が琵琶の発展に貢献したことがわかります。

右上に頭山満氏とある

恐らく近代琵琶楽全般に関わっていたのでしょう。
当時の琵琶の音楽性と玄洋社の思考に一致する点も多々あります。

そして、我々にとって大変重要な人物である江藤淳も「未完の西郷隆盛」に登場します。
江藤さんは我が会(士弦会)の宗家である普門義則先生の「城山」を聴き、その感想を「南州残影」に著しています。
「城山」は勝海舟が書いた琵琶歌で西郷隆盛を弔う歌として草稿され、四年の歳月をかけて完成したまさにレクイエムです。
※「城山」については別のノートで書きたいと思います。

勝海舟

「未完の西郷隆盛」を読めば江藤淳もまた、西郷さんの狂気に魅了されたことがよくわかります。
「南州残影」には個人的な思い出があります。鹿児島にいた頃、薩摩琵琶に対する興味が湧き、とにかく郷土の歴史を知ろうと、県内で出版されているローカルな本や著名人が書いた鹿児島に関連する本を読み漁っていた時期がありました。今から20年以上前になります。

私はたまたま地元の図書館で「南州残影」を読むことができました。恐らく、初めて読んだ西郷隆盛に関する本でした。
そして、偶然にもそこには私が関心を持っていた薩摩琵琶に関する記述もあったわけです。作家が薩摩琵琶を言語化すると、こんなに素晴らしい文章が出来上がるんだと感動したのを覚えています。

江藤淳

当時、私は普門先生の録音を聴いたことがありませんでした。まさか、自分が士弦会に所属するとは考えてもいませんでしたが、その後普門先生の録音を聴いて江藤さんの表現した文章に違わぬ、美しい弾奏に心揺さぶられたことを覚えています。
※残念ながら私は、普門先生に直接お会いすることはできませんでした。

おわりに

感想はここまでとしますがその他、丸山眞男司馬遼太郎などの著名人がいかに西郷さんを論じ、またどのように時代に影響を与えてきたのかが語られています。
この本の最大の魅力は、西郷隆盛を定義付けないところにあります。タイトルのとおり、西郷さんは未完の存在なのです。

(私のように)本を読むのが不得意な人間にもわかりやすく読める本でした。
西郷隆盛に関心を持っている方、日本の歴史を読み解きたいと思っている方に、是非とも読んでいただきたい本です。

先崎さんのご活躍をこれからも楽しみにしています。

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