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#1353 何でも世の中は、官人の思い通りに行くのが不思議です

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

第十回は、亢龍と唐狛が話しているところから始まります。唐「旦那さまは何を考えていらっしゃいます」。亢「貴様のような奴にも俺は俗物と違ってみえるか」。唐「ある老人が恬淡無欲の當世の太上老君、大聖人、大神仙だと評を致しました」。亢「してみれば天下皆めくらでもないが、それにしてもあの卜翁の言い草」。唐「無名翁が何か申しましたか」。亢「米国第一の美人に家事をやらせ、二億の財産を得て、天下の俗物にその高きを仰がせる……はは妙だな」。唐「新聞に出ていた求婚のことでござりましょう」。ここで唐狛は、亢龍が求婚するにあたって、ほかの男より不利な点を七つ挙げます。それを聞いて亢龍「だまれ、だまれ!」。唐「しかし不利ではござりませんか。ここにひとつ妙知恵があるので……」。そこで唐狛は、亢龍にささやきます。それを聞いて亢龍、「しからば奴を……」。亢龍の家には、食客として吟蜩子という日本人がいます。富貴も名誉もあえて求めず、ただ何となく世を送っています。ある日、興に乗じて故郷を出て、髪も衣も中国人風に変えて暮らしていたが、去年の暮、ある関帝廟で一夜の露霜を凌いでいたが、その暁に火事で焼けてしまいます。これは廟守の過失であるが、おのれの罪を逃れようと吟蜩子の仕業とし、牢獄に籠められますが、亢龍がこのことをどこかから聞き出し、人物風雅で談論軽妙な吟蜩子を面白がり、父に頼んで引き取ることにします。亢龍は吟蜩子に様々な事を聞き、その答えを自分の説として友人に説き誇ります。そんな吟蜩子のもとへ行き、亢龍は言います。「君にひとつ頼みたいことがある。君も知っているだろうが、ぶんせいむという男が婿を求める奇異の広告をしている。おれはるびなというのを得たい。その試験に僕の名をかぶって出てもらいたいのだ。君なら必ず及第する」。吟「いけませんよ。婿の代理人なんて、そんな馬鹿げた事があるものですか」。亢「ぶんせいむの広告を虚誕と思うか」。吟「虚誕とは思いませんが、衣食住や財産が十分になると、なお長生を願ったり、無常を悟ったとかいう向きも、欲の限りなき愚かな考えが起こしたもの。ぶんせいむもその通りで、これに応じて及第する人はありはしません」。亢「あってもなくてもよい。是非頼む」。「そんな馬鹿なことが」「馬鹿でもよい」「驚きますね」「驚いても構わぬ」「これは無法」「無法でもよい」。吟蜩子が承諾を拒んでいると、亢龍は「恩を忘れる犬め、畜生め!関帝廟に放火したお前だと公人に訴えるぞ。風俗を偽った日本人だと父に報告するぞ」と脅し罵ると、吟蜩子「まず待ち給え」。亢「承諾したか。ここにある酒を呑む間だけ待ってやろう」。さてもバカバカしき話かな……人の代理でするくらいなら自分でするのに……といって断れば亢龍はただではおくまい。

又もや牢獄の苦を受けるのは、……殊さら支那人[シナジン]の服装言語をした丈[ダケ]が、此方[コチラ]のあやまり。悪く疑はれて如何[イカ]なる冤枉[ムジツ]に逢はむもしれず。文明國[ブンメイコク]でないから尚たまらない。人世[ジンセイ]に道理といふ者は、半分より多[オオク]は通らないといふのも今おもひ當[アタ]つた、……然[シカ]し詐偽[サギ]をして亢龍の名を被[コウム]るも快くない。謝絶されゝば一生の履歴に大愚[タイグ]の證據[ショウコ]を残し、成就すれば讐[アダ]もない婦人に気の毒。何にしろ迂闊から起つた身の罪と悔[クヤ]み悩むなるべしとは、傍目[ワキメ]の判断當[アタ]つた事なく、忽ち低[タ]れたる頭[カシラ]をふり仰むけて、半面に怪しき笑[ワライ]をふくみながら、
吟「承諾致しました。」
といへば、亢龍はいやみの眼にて、睨みながら、
亢「よし、……然し途中で迯[ニ]げる事なぞは出来ぬぞ。唐狛、……貴様も知つて居るあの怜悧蟲[レイリチュウ]を付けてやるぞ。」
と云ふ折しも、坐に来る唐狛、吟蜩子を尻目にかけて、
唐「あはゝゝ。へい/\。いやもう何でも世の中は、官人の思ひ通りに行くのが不思議です。」
といへば、
亢「不思議といへば無名翁の占[ウラナイ]だ。えゝ欲遡銀河訪織女、順僦風流閑篙人か。あゝ妙だ。」
と云ひかけて此方[コナタ]をむき、
亢「吟蜩子、是でも天命で御座るまいか。」

というところで、「第十回」が終了します。

さっそく「第十一回」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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