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未来を考える(ことが許されている)

ここ数日、生活のいろんな時間の合間、合間で投票先を考えていた。
全ての候補者、政党のことを満遍なく見る…と、結局どうしたらいいかわからなくなるので、自分が気になるポイントについて、各候補者・政党の意見を見比べ、近い意見の人をさらに見比べて…という感じで検討している。
がっつり調べる人からすれば生ぬるいんだろうと思うけど…自分でできる範囲ではチェックしているつもり。

選挙の時期になるといつも、何年か前に友人が言っていた「政治のことなんて考える余裕ないよ」という言葉を思い出す。

切羽詰まった、日々の不安についてたくさん話した後の発言だった。冷静だったら「そんな不安があるからこそ考えないと」って返したかもしれない。でも、今どうしよう、明日どうしよう、明日、自分は安全なんだろうか?と、俯きながら自嘲気味に話す友達に「だからこそ政治を!」と伝える気持ちには全くなれなかった。
むしろ、私と「バイバイ」って言って別れた後、この人個人の時間が少しでも安全で平穏でいられるならもう何でも良い、くらいの気持ちだった。

「(自分が社会にとって不要なら)早く殺してくれればいいのに」みたいな事を、おそらくは本気で思っているであろうリアルな知り合いが、何人かいる。それがすごくつらい。それにある程度共感出来てしまうというのが、また。

投票率の低さは毎度言われていることだけど、投票に行かない人の中には、行かないのではなくて行けないとか、(今がつらすぎて)それどころじゃないとかいう人も多分いっぱいいて、自分が持つ一票は、そういう人たちの分の票でもある…という気持ちをどこかでいつも、持っている。
実際、自分もかつてはそうだった。今よりずっとメンタルが悪かった時、入退院をくり返していた時、何度も選挙を棄権した。潰れないように生きるのが精一杯で、何年も先のことまで考える余裕がなかったのである。また、深く考えるに足るほどの希望が、自分にあるとも思えなかった。

だからわかる。今の私は、何年か先の未来について考える程度には余裕があり、またその権利を使う体力もあるんだということ。そして、それを全く持たない立場の人がいるということも。

いろんな背景があるけど、最低限「自分は生きてない方がいいんじゃないか」なんて思う人が減ってほしい。
生きてて大丈夫、だから前を向こう、って、思えるなら思いたいよね。当たり前だよ。


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