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私が43歳で海外渡航した理由

(見出し画像は、2018年1月パリ・グランパレで開催されていた Irving Penn展で撮影したものです)

突然だが、人生で何某なにがしかの印象的な経験をしたのに、詳細を思い出せない、ということはないだろうか。

私は、ある。

30代後半で、大きなことではなかったものの自己実現のために目標を定め日々努力していたことがあり、苦労の末私はそれを達成した。そしてその当時はそれらが自分にとっては決して安易なものではなかったので、その内容を忘れるはずはないと思っていた。

2018年1月 フランス・パリ グランパレにて
2018年元旦に訪れたパリ、グランパレ。冴えないお天気だったが、底冷えするパリの冬にしては雨のためか暖かい日だった

しかし、それらを乗り越えて達成感を味わったことは強く覚えているのに…今、肝心のその詳細が思い出せない。

43歳での約7ヶ月の海外渡航も、気が付けばすでに当時から4年も経過しつつある。こちらはまだ記憶に新しいものの、上述の反省から純粋に自分のために、なぜそうしたかを書き留めておきたいと思ったことがまず一点めの投稿理由。

グランパレ Irving Penn展での一枚

加えて、私はこの渡航で撮りためた写真を振り返りとしてインスタグラムで投稿していたのだが、その過程で、渡航理由の一つが自分の中で言語化されていなかったことに気が付いた。実際、これが私には - 最も - 重要な理由だったのかもしれないとも思えたのだが、言語化されないまま私の脳裏に残っていたそれは、写真を見返したことでふわりとよみがえった。そんな経緯だったので、ともすれば蝋燭ろうそくの火のように消えてしまいかねない。ゆえ、やはり残しておこう、そう思ったのがもう一つの理由である。

パリ、ストラヴィンスキー広場。夕暮れ時、空がほんのり美しいピンク色に

タイトルも、“語学留学” “英語留学” “海外留学” など、英語を絡めた方が明らかにアクセス数は伸びると思われた(実際、英語コンテンツが伸びることを私はこのnoteの投稿で学んだ)。しかし、そうしてしまうと本稿の意図からは外れてしまう。確かに語学は目的の一つではあった。けれど渡航の本質は、この言語化できていなかった部分にこそあったのでないか、と自分自身で感じているからだ。

ポンピドゥーセンターに向かう途中。フランスの元旦は日本ほどの盛り上がりはなく、静かな街中

今回は、この場をお借りして私的な記録を自分のために残すということを目的としており(その上で本稿がどなたかのお役に立てば、これ以上ない幸せではあるけれど)、それ故タイトルも - “語学” “留学” ではなく “渡航” と - 内容に沿って忠実に表現することにした。

前置きがかなり長くなってしまったけれど…改めて2019年、私が43歳で海外渡航した、その理由についてつづりたいと思う。


私が4年前ヨーロッパを長期で訪れた理由はいくつかあるのだが、その一つは、初めて長期滞在した国であるフランスを日本以外の視点から “客観的に” 見たかった、ということだった。

ファッションとアートへの知的好奇心から2004〜2005年、私はフランス・パリに滞在した。

この投稿でもしたためた通り、その当時好きだったものや事を調べたり追っていくうちに、それらの多くがフランスに起因していることに気が付き、それまで興味を持ったことのなかったフランス行きを考え始めたのが渡仏のきっかけだった。その文化が私に合っていたこともあるのだろう、この経験はその後の私の自己形成に大きく影響したものの、同時に懸念も生まれた。

この時点で私の海外での長期滞在経験はフランスのみ。“審美眼” という点においても私がこの経験に影響されているのは間違いなかった。けれどそれが、その経験に “依存” しているのではないかと、いつからか感じ始めていた。

サントノレ通りのルイ・ヴィトン、目を引くファザード

具体的にはその物事によるものの、実際のところ、私はフランス寄りのものや事を選ぶことが多かったように思う。これは果たして純粋に私の好みに起因するものなのか、それともただ単純に、経験に影響されているものなのか、私は次第に疑いを持つようになった。初めての体験だったからインパクトも大きくそれ故自動的に影響され結果好みになっている、という話ではないか、と私は感じ始めていたのである。

より俯瞰したくくりでも、自分自身がフランスを含めたヨーロッパが好きなことはそれ以後の経験でも明らかになった。けれど - 他のヨーロッパも見て、その上でフランスやパリを見てみたらどうだろうか。私はどう感じるだろう。そう思ったのが、渡欧したきっかけでもあり理由でもあった。経験に影響され好みがそこに依存しているのなら、イギリスにいたらイギリス寄りの審美眼を持つようになっていただろうし、イタリアならイタリア寄りになっただろう。私は自分自身の審美眼の本質を確かめたかったのだと思う。

カンボン通りのシャネルは当時(2018年1月)改装中だった

ではそのヨーロッパの中で、近いけれどかなり違う、そんな視点からフランスを見れば、実際私の審美眼が、初めての経験に影響、もっと強く言えば依存したものなのか、はたまた本質的に私の好みから生まれたものなのか - 判断できるのでは?と考えた。

そして、細々と英語の勉強も続けていたものの英語圏で長期滞在した経験もなかったため、一度はしたいと思っていたこと、日本をしばらく離れて息抜きをしたかったこと、旅もしたかったこと - これらがその他の主だった理由だった。 

最初の1ヶ月はマルタ、その後6ヶ月のイギリス滞在を経て、最後にパリを訪れた私はこの時、自分や、パリやフランスの “審美眼” を改めて客観視し、そして俯瞰することができたように思う。

2019年10月、何度か目に再訪した夜のルーブル美術館
ルーブル美術館のピラミッド内部。エレベーターとそれを囲む螺旋らせん階段

ヨーロッパには多くの国と文化が混在していて、イギリスとフランスも海をまたいでいるとは言え隣国である。そして、7ヶ月をフランス以外の地域で過ごしてきた、そんな目で見たルーブルは美しかった。あの時、ああこれだ、という直感だけれど、しかし確信めいた何かが私の内に湧き上がった。ここは変わらず美しくて、彼らの、私の中での立ち位置は寸分も変わらなかった - 私は、自分の審美眼の基準をこの時確認し - 経験に影響された好みではなく、内側から生まれる本質的なものとして - 確信することができたのである。

2019年の旅には、私の中でそんな意味があった。

※ 挿入されている写真はすべて筆者の撮影によるものです。

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