toi
日々の小さなかけら 私の日常
あたりまえの毎日は 決してあたりまえではない毎日 そんな1週間
自分を癒すちいさな心がけ
印象深かったこと強く惹かれたこと 心が動いたとき
みなさまはじめまして toiと申します このnoteでは更年期世代のわたくしが 様々な出来事がふりかかる日々を なんとか乗り越え 自分と少しでもうまく付き合う術を身に付けるべく、奮闘する日々を綴ります かんたんに自己紹介を 家族構成は 夫・中学生娘・小学生息子の4人家族 めんどうくさがりのさぼりたがり 10年間子育てに専念していたけれど 4年前から少しづつ働き始めた アラフィフ主婦でございます この先 「主婦」や「母」や「妻」という 役割だけの自分のままだとして、
noteを開いたら「750回スキされました!」の通知。驚いて慌てて画面を開いてしまい、またスクショに納めるのを失念してしまった。いつも私の拙い文章にもスキしてくださる皆さまへ、本当にありがとうございます!!
五月最終日は雨の朝。季節が変わる、繋ぎ目に立っている。身体もいよいよ始まる夏に向かって適応するのに、四苦八苦しているように感じる。
生真面目さは時に自分だけでなく、まわりにも息苦しさを与える。頑張っているのに成果が出ない時には何か理由があるのかも。気楽に、周りを楽にしてあげられるように肩の力を抜くのだ。
息子から遊びに行った帰り道にヤモリを捕まえたと写真が送られてきた。飼育するんだと張り切っている。帰宅すると彼なりに一生懸命整えた飼育箱に入った小さなヤモリを大切そうに見せてくれた。庭に放す、その時まで、少しの間一緒にいてもらおう。
子供の反応を責める前に、過去の自分と話をしよう。私は、彼らにどんな接し方をしてきたのか、彼らにどんな言葉を差し出してきているのか。今の彼らは私の鏡でもあるのだ。良くも悪くも。
ミスや抜け漏れを防ぐためには、やることの手順を決めておくと良い。肝心なのは、いかにポイントを押さえた確実な手順を考えるか、そして忘れずに実行できる仕組みを整えること。言葉にすると、とてもシンプルであまりに当たり前のことに思えるが、これがなかなか奥が深くて四苦八苦。
このところ、いろいろなところから玉ねぎをいただく。なかなか消費が追い付かず、少しづつ増えていく。保管場所の確保に勤しむ。
このところ土日といえば子供たちの部活に試合や練習の付き添いの予定がある。必然的に朝寝坊したり、のんびり出掛けてたりすることもなくなる。消化しきれないテレビの録画だけがひたすら溜まっていく。
息子から娘へ、誕生日プレゼントが渡された。 よほど気に入ったのか、プレゼントを胸に抱いて小躍りしながらウキウキしている娘を見て、この姉弟はまだまだ仲良しだとしみじみした。 息子の優しさが思春期の娘の棘を溶かした瞬間を見た。
十四年前の夜八時、私は初めて娘と顔をあわせた。およそ十か月の間、身体の中で大切に抱えてきた、待ち望んできた存在とようやく対面することができた日。それは予定とされていたより四日、早い出会いだった。毎年毎年、何度でも繰り返す。私たちのもとに産まれてきてくれてありがとう。
今私が対峙している問題は、少なからず自分の先入観によって歪められて複雑に見えている。決め付けや思い込みのフィルターを外した世界に目が慣れるのには、この年齢になったからこそとても難しく思う。けれどその視界が開けた時には、きっととても軽やかで自由な景色が待っている。
運動会の代休に息子と買い物に出かける。彼のお目当てはポケモンカードと姉への誕生日プレゼント。心ゆくまでカード選びを堪能した後、一生懸命に姉への贈り物を探した。財布と睨めっこしながら、ああでもないこうでもないとしている彼を見て、改めてその優しさに心を打たれる。
以前読了した本を、オーディオブックで聴き直 している。静寂の中から聴こえる声にぐっと本の世界に引き込まれる。最初こそ違和感を感じたが、すぐに耳からの読書の便利さに夢中になる。なるほど、これは具合が良い。
小学校の運動会が終わった。六年生の息子たちは最終学年として、運営に応援にと全員が役割を受け持ち全うしていた。白熱のリレー戦を繰り広げ、表現種目では一致団結した素晴らしい演技を披露してくれた。彼ら全員の成長にただただ見開いた眼から涙が溢れた。
どんなにいい考えを思いついても、それはまるで泡のよう。浮かんだ言葉たちを、書き留めておこうと思ってもペンを持ったそばから消えていく。つかもうとした手は虚しく空を切るばかり。