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104.第5章「映画とテレビでトップをめざせ!不良性感度と勧善懲悪」

第5節「東映ゼネラルプロデューサー岡田茂・映画企画の歩み⑥東映ポルノ映画」

6.岡田茂・天尾完次による東映ポルノ映画:鈴木則文(のりぶみ)と池玲子&杉本美樹

 1971年8月大川博逝去岡田茂社長就任、名実ともに東映のゼネラルプロデューサーとなった岡田は、京撮(京都撮影所)プロデューサー天尾完次が命名した「ポルノ」映画に積極的に取り組みます。
 岡田からの命を受けた天尾は、『温泉みみず芸者』を担当した鈴木則文監督、新人ポルノ女優池玲子杉本美樹を主演に起用して、より多くの直接的ラブシーンや裸体を売り物にした東映ポルノ映画を次々と企画して行きました。

① 東映ポルノ映画:池玲子『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』

 まずは、大信田礼子が去りシリーズが終了した東撮(東京撮影所)の『ずべ公番長』を、京撮を主役に置き、より過激な女番長映画として企画。天尾は、杉本に加え『ずべ公シリーズ』のレギュラーだった賀川雪絵を入れた『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』を10月に公開します。

1971年10月『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』岡田茂、天尾完次企画・皆川隆之、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・池玲子主演、賀川雪絵、杉本美樹助演

 この池玲子主演第2作では、日活で人気の和田アキ子主演『女番長おんなばんちょう 野良猫ロック』などで使われた『女番長」という言葉に「すけばん」という読み方を初めて付けました。実は天尾完次が「ポルノ」と言う言葉と「すけばん」という言葉の名付け親だったのでした。
 天尾は、作品の話題作りとして、8月に日本ヘラルド配給のフランス映画『色情日記』のプロモーションで来日していたポルノ女優サンドラ・ジュリアンに出演を依頼します。しかし、サンドラの体調不良によってこの作品への出演はかないませんでした。
 とはいえ、杉本、二人の新人若手女優の活躍でこの映画もヒットし、『女番長(すけばん)』のシリーズ化が決まります。 

②『日活ロマンポルノ』誕生

 東映のこの動きに対し、11月から日活が、後に東映ビデオの子会社セントラル・アーツで活躍する映画本部長黒澤満が中心となってポルノ映画に進出、「日活ロマンポルノ」を旗揚げしました。
 第1作の西村昭五郎監督白川和子主演『昼下がりの情事』と林功監督小川節子主演『色暦大奥秘話』の2本立て興行から始まり、大きな反響を呼びます。

③ 東映ポルノ映画:池玲子&サンドラ・ジュリアン『現代ポルノ伝 先天性淫婦』

 日活に負けじと天尾は、国際部を通じて再度サンドラに出演交渉を行い彼女の了解を得ると、池対サンドラ日仏二大ポルノ女優の共演」をキャッチコピーにした『現代ポルノ伝 先天性淫婦』を企画、12月に公開しました。

1971年12月『現代ポルノ伝 先天性淫婦』天尾完次企画・掛札昌裕、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・池玲子、サンドラ・ジュリアン主演

 この直接的な過激タイトルも、この年公開されていたMGM配給のアルゼンチン映画『先天性欲情魔』からインスパイアされた岡田命名した『現代ポルノ伝 先天性毒婦』を少しだけ改題したものでした。
 脚本石井輝男監督異常性愛シリーズを支えた掛札昌裕を起用した池玲子主演第3作東映ポルノ映画は、大きな話題を集め大ヒットしました。

『現代ポルノ伝 先天性淫婦』宮内洋とサンドラ・ジュリアン

 1972年2月には『女番長シリーズ第2作池玲子主演第4作女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の挑戦』を公開します。

1972年2月『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の挑戦』天尾完次企画・皆川隆之、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・池玲子主演、杉本美樹助演

 この作品には、東撮不良番長』シリーズで人気の梅宮辰夫不良番長神坂弘役で出演しました。
 逆に東撮梅宮主演3月公開『夜のならず者』、4月公開『不良番長 のら犬機動隊』にが出演します。

④ サンドラ・ジュリアン&杉本美樹『徳川セックス禁止令 色情大名』

 天尾は、京撮での前作の撮影時、時代劇に興味を持ったサンドラ・ジュリアンを再び招聘、鈴木監督『徳川セックス禁止令 色情大名』に主演させました。

着物姿のサンドラ・ジュリアン

 この時、池玲子が突然ヌードを拒否し歌手転向宣言を行ったため、サンドラとのW主演杉本美樹を起用します。

1972年4月『徳川セックス禁止令 色情大名』天尾完次企画・掛札昌裕、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・杉本美樹、サンドラ・ジュリアン主演

 撮影時、時代劇初体験の杉本のため、京撮のベテラン女優牧淳子が横について艶技に至るまで所作指導を行いました。は「殺陣(タテ)師」に対して「ヨコ師」と呼ばれ、その後の鈴木のポルノ作品で活躍します。
 4月に公開されたこの成人映画はまずまずの評価と成果を残しました。

『徳川セックス禁止令 色情大名』杉本美樹とサンドラ・ジュリアン

 岡田がこの年5月設立した洋画部は、日本での知名度が高まったサンドラ・ジュリアンのフランス映画『私は多淫な女』と『色情狂の女』を輸入公開します。
 サンドラは東映洋画部の立ち上がりにも貢献しました。

サンドラ・ジュリアン・名和宏

 『温泉みみず芸者』から『徳川セックス禁止令 色情大名』まで東映ポルノ映画を成功させた天尾鈴木は、京撮企画部長渡辺達人から知る人ぞ知る大津のすっぽん料理店で労われます。
 この時、杉本主演第2作温泉芸者シリーズ第5作温泉スッポン芸者』のアイデアが生まれました。

⑤ 杉本美樹主演『女番長(スケバン)ゲリラ』と『恐怖女子高校』

 この後『女番長シリーズ』は杉本美樹主演となり、すぐにヌード拒否を撤回し復帰したが助演の第3作女番長(スケバン)ゲリラ』が8月に公開されます。
 今作のタイトルテロップには『女番長』にすけばんとひらがなのルビが付けられていますが、ポスターではスケバンと片仮名のルビがふられています。

1972年8月『女番長(スケバン)ゲリラ』天尾完次企画・皆川隆之、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・杉本美樹主演、池玲子助演 (東映ビデオ発売DVDジャケット)

 この映画の主役杉本の役名は幸子、相手役のボクサーを演じる成瀬正孝の役名は一郎で、当時ヒットしていた「赤色エレジー」の歌詞を踏まえており、劇中にあがた森魚が出演し歌っています。
 主題歌『女番長流れ者』は主演の杉本美樹が唄いました。

杉本美樹、成瀬正孝とあがた森魚

 前作まで主役を張っていた池玲子とのスケバン対決でも引けを取らずに主役を演じた杉本美樹の人気が上がります。

 続いて杉本主演でが助演する新たな作品『恐怖女子高校 女暴力教室』が9月に公開されました。

1972年9月『恐怖女子高校 女暴力教室』天尾完次企画・掛札昌裕、関本郁夫、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・杉本美樹主演、池玲子助演

 女子高校を舞台にした暴力エロス映画は、安藤昇主演佐藤純彌監督『やくざと抗争』に併映されヒットし、シリーズ化します。
 この作品でも主演杉本の評価は高く、人気の高いと共に東映ポルノの女王の座は池玲子杉本美樹ツートップで担って行くことになりました。

 監督の鈴木則文は、東映時代劇では片岡千恵蔵市川右太衛門、そして中村錦之助大川橋蔵東映任侠映画では鶴田浩二高倉健・・・東映ポルノでは池玲子杉本美樹ライバルスターによるツートップ体制スターシステムを標榜する東映京都撮影所の伝統だと語っています。

⑥ 池玲子主演復帰作『エロ将軍と二十一人の愛妾』

 続いて池玲子の主演復帰作を企画するにあたり、天尾鈴木は、ライバルとなった杉本が初主演して評価を高めた時代劇を考え、ゼネラルプロデューサー岡田に話をしました。
 了解を得て、岡田から与えられたのが『エロ将軍と二十一人の愛妾』という岡田自信作のタイトルで、12月上旬に公開することまで即座に決定します。
 すぐさま天尾鈴木は『徳川セックス禁止令 色情大名』と同じく脚本家の掛札昌裕を交え、マーク・トウェインの『王子と乞食』をもとにした脚本作りに取り掛かりました。

1972年12月『エロ将軍と二十一人の愛妾』天尾完次企画・掛札昌裕、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・池玲子主演

 脚本が完成後、時代劇の京撮初挑戦にタテもヨコも指導して、日本ポルノ映画史上これまでもそしてこれからもないであろう豪華絢爛たる京撮ポルノオールスター時代劇が完成します。そして予定通り12月2日に公開されました。

池玲子の殺陣(タテ)アクション

 この作品には、主演のの他、杉本鈴木組の女神三原葉子松井康子女屋実和子渡辺やよいといった女優陣、由利徹大泉滉岡八郎汐路章と先代将軍家治役で作家の田中小実昌、そして準主役の家斉役林真一郎名和宏天尾作品おなじみのメンバーが出演しています。ヨコ師牧淳子も出演参加しました。

⑦ 杉本美樹主演『〈スケバン〉女番長』大ヒット

 も主演復帰し、名実ともに杉本美樹ツ-トップとなった京撮ポルノ班は、休む暇もなく杉本主演にて『女番長シリーズ』第4作〈スケバン〉女番長』にとりかかり、1973年1月に公開します。

1973年1月『女番長』天尾完次企画・大原清秀、皆川隆之、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・杉本美樹主演 (東映ビデオ発売DVDジャケット)

 この作品からタイトル『女番長』のルビもスケバンと記され、女番長=スケバンという呼び方が定着しました。

『〈スケバン〉女番長』左から元スケバン太田美鈴、杉本美樹、歌手西来路博美、丘ナオミ

 この作品は、関東小政役の杉本美樹率いるジプシー団、ゴロメン燎子役衣麻(きぬま)遼子率いる黒菊団、学ラン摩耶役池玲子率いる学ラン会と3つの女番長グループが登場し、小政と摩耶が対立しながらも最期に天津敏の巨大ヤクザ組織と戦う集団対決物の定番ストーリーで展開します。

『女番長』杉本美樹・衣麻遼子・池玲子

 『〈スケバン〉女番長』は1973年1月公開の深作欣二監督『仁義なき戦い』に併映され、大ヒットしました。

⑧ スウェーデン女優クリスチーナ・リンドバーグ参戦

 映画での「目玉」を常に探す天尾は、フランスから招聘した女優サンドラ・ジュリアンに続き、国際部の薦めるスウェーデン映画『露出』の主演女優クリスチーナ・リンドバーグを招聘します。

クリスチーナ・リンドバーグと池玲子

 クリスチーナは日本滞在中に 京撮にて時代の異なる2作の映画に出演しました。
 第1作目の池玲子主演鈴木則文監督『不良姐御伝 猪の鹿お蝶』は、2月菅原文太主演山下耕作監督『まむしの兄弟 刑務所(ムショ)暮し四年半』と2本立てで公開されます。

1973年2月『不良姐御伝 猪の鹿お蝶』天尾完次企画・掛札昌裕、鈴木則文脚本・鈴木則文監督・池玲子主演、クリスチーナ・リンドバーグ助演 (東映ビデオ発売DVDジャケット)

 この映画は、明治期を舞台にした任俠映画で、スケバンアクションで鍛えたの、入浴時に襲われ全裸で相手と斬りあうアクションやラストの血まみれになりながらの身体を張った殺陣シーンが圧巻でした。藤純子の『緋牡丹博徒』の様式美とは違ったリアルなアクションの魅力があります。

猪の鹿お蝶・池玲子

 クリスチーナも、短期間の間に覚えた片言の日本語でセリフをがんばりました。

 もう1作は、中島貞夫が監督し荒木一郎が共演、岡田命名の『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』で、3月に公開されます。

1973年3月『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』天尾完次、三村敬三企画・金子武郎、中島信昭脚本・中島貞夫監督・クリスチーナ・リンドバーグ主演

 しかし、クリスチーナ・リンドバーグ作品はサンドラ・ジュリアン作品ほど話題になることもなく終わりました。

クリスチーナ・リンドバーグ

⑨ 1973年『恐怖女子高校』シリーズ化

 この後、岡田は『恐怖女子高校』をシリーズ化し、3月第2作天尾企画、杉本主演、助演、鈴木が監督した『恐怖女子高校 暴行リンチ教室』を公開します。この作品から脚本に日活で『ハレンチ学園』を担当した鴨井達比古が参加しました。また、当時人気テレビ番組だった『11PM』で「ミス・スケバン」に選ばれた、叶優子佐分利聖子が映画初出演しています。

1973年3月『恐怖女子高校 暴行リンチ教室』天尾完次企画・鴨井達比古脚本・鈴木則文監督・杉本美樹主演・池玲子助演

 この作品の後、鈴木則文は東映ポルノから離れ、ヤクザ映画『まむしの兄弟 恐喝三億円』を監督しました。

 そのため、『恐怖女子高校シリーズ第3作は、これまで助監督だった志村正浩が昇進、池玲子主演の『恐怖女子高校 不良悶絶グループ』を監督し、9月に公開されました。

1973年9月『恐怖女子高校 不良悶絶グループ』天尾完次企画・関本郁夫、志村正浩、鈴木則文脚本・志村正浩監督・池玲子主演・衣麻遼子(左)助演

 そして9月東撮に異動した天尾に代わって三村敬三杉本直幸が企画を担当し、前作と同じく主演、志村監督の第4作、『恐怖女子高校 アニマル同級生』が12月に公開されます。

1973年12月『恐怖女子高校 アニマル同級生』三村敬三、杉本直幸企画・掛札昌裕、中島信昭脚本・志村正浩監督・池玲子主演、衣麻遼子(左)助演

 この第4作杉本2作2作主演した『恐怖女子高校シリーズ』は終了しました。

『恐怖女子高校シリーズ』全4作

1)1972年9月『恐怖女子高校 女暴力教室』鈴木則文監督・杉本美樹主演、池玲子助演
2)1973年3月『恐怖女子高校 暴行リンチ教室』鈴木則文監督・杉本美樹主演・池玲子助演
3)1973年9月『恐怖女子高校 不良悶絶グループ』志村正浩監督・池玲子主演・衣麻遼子助演
4)1973年12月『恐怖女子高校 アニマル同級生』志村正浩監督・池玲子主演、衣麻遼子助演

⑩ その後の『女番長シリーズ』 

 これまで鈴木則文が監督してきた『女番長シリーズ』は、鈴木本人の希望でポルノ映画離れることになったため、中島貞夫第5作杉本主演『女番長(スケバン) 感化院脱走』を監督、この作品が1973年5月に公開されます。

1973年5月『女番長(スケバン) 感化院脱走』天尾完次企画・鴨井達比古、中島貞夫脚本・中島貞夫監督・杉本美樹主演、叶優子助演

 9月には天尾の異動もあり、第6作の企画は杉本直幸奈村協にかわり、助監督の関本郁夫が監督に昇進し、池玲子主演、衣麻遼子助演で『女番長〈スケバン〉 タイマン勝負』というタイトルにて1974年1月に公開されました。

1974年1月『女番長〈スケバン〉 タイマン勝負』杉本直幸、奈村協企画・ 志村正浩、鴨井達比古脚本、関本郁夫監督・池玲子主演、衣麻遼子助演

 第7作関本監督『女番長(スケバン) 玉突き遊び』は、企画が三村敬三、脚本松本功、主演も叶優子に代わり、1974年10月に公開されます。

1974年10月『女番長(スケバン) 玉突き遊び』三村敬三企画・松本功脚本・関本郁夫監督・叶優子主演、衣麻遼子s助演

 そして、この第7作で『女番長(スケバン)シリーズ』は終了しました。

『女番長(スケバン)シリーズ』全7作

1)1971年10月 『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』鈴木則文監督・池玲子主演・賀川雪絵、杉本美樹助演
2)1972年  2月 
女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の挑戦鈴木則文監督・池玲子主演・杉本美樹助演
3)1972年  8月 『女番長(スケバン)ゲリラ』鈴木則文監督・杉本美樹主演・池玲子助演
4)1973年  1月 
〈スケバン〉女番長鈴木則文監督・杉本美樹主演・池玲子、衣麻遼子助演
5)1973年  5月 
女番長(スケバン) 感化院脱走中島貞夫監督・杉本美樹主演・叶優子助演
6)1974年  1月 『女番長〈スケバン〉 タイマン勝負関本郁夫監督・池玲子主演・衣麻遼子助演
7)1974年10月 
女番長 (スケバン)玉突き遊び関本郁夫監督・叶優子主演・衣麻遼子助演

 『女番長 感化院脱走』の後、杉本美樹東撮に移り、1973年5月公開三堀篤監督『前科おんな 殺し節』、1974年5月公開野田幸男監督『0課の女 赤い手錠』に主演します。

1974年5月『0(ゼロ)課の女 赤い手錠』篠原とおる原作・吉峰甲子夫企画・神波史男、松田寛夫脚本・野田幸男監督・杉本美樹主演

 『0(ゼロ)課の女 赤い手錠』は、杉本の寡黙で抑揚のない演技がクールに決まっており、彼女の魅力が十分に発揮された作品でした。

 この作品を終えた杉本美樹は東映を一旦離れ、ATG作品などに出演。1976年京撮渡瀬恒彦主演深作欣二監督『暴走パニック 大激突』に相手役で出演した後、1978年に結婚、芸能界を引退しました。

⑪ 天尾、鈴木の異動

 1973年9月天尾東撮企画部長として異動します。
 天尾は、徳間書店の成人向け劇画雑誌『コミック&コミック』で鈴木則文が原作した『聖獣学園』の原作権を鈴木から預かり、東撮多岐川裕美を主演に企画すると早速京都から鈴木を招聘、監督を依頼しました。

1974年2月『聖獣学園』高村賢治企画・掛札昌裕脚本・鈴木則文監督・多岐川裕美主演

 この作品は興行的に振るわず、鈴木岡田からの指示でヒット作が出るまでそのまま東撮で監督を続けることになります。
 その後、天尾とこの作品の担当プロデューサー高村賢治は、鈴木監督で志穂美悦子の主演の空手映画シリーズを作り、1975年からは大ヒットシリーズ菅原文太主演『トラック野郎』を立ち上げました。

⑫ 中島貞夫と風俗ドキュメンタリー映画シリーズ

 1968年2月公開藤純子主演『尼寺㊙物語』を監督した後、岡田茂に呼ばれた中島貞夫はルポライターの竹中労が企画した風俗ドキュメンタリー映画の監督を命じられます。
 およそ1年間かけて竹中中島が取材、撮影したノースターのドキュメンタリー映画『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』は、翌1969年1月に公開されました。

1969年1月『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』岡田茂、佐藤雅夫企画・中島貞夫、竹中労構成・中島貞夫監督

 1968年の新宿花園神社境内での唐十郎状況劇場や返還前の沖縄の様子、性的な場所だけでなく当時の風俗などの貴重な風景が数多く撮影されています。ちなみに、タイトルデザインは横尾忠則が担当しました。

 この映画の大ヒットで風俗ドキュメンタリー映画がシリーズ化されます。
 第2作京撮 1971年  1月 驚異のドキュメント 日本浴場物語中島貞夫監督
 第3作京撮 1971年10月 セックスドキュメント 性倒錯の世界中島貞夫監督
 第4作東撮 1972年11月 『セックスドキュメント トルコの女王鷹森立一監督
 第5作京撮 1973年2月セックスドキュメント エロスの女王中島貞夫監督
 第6作東撮 1973年5月セックスドキュメント モーテルの女王高桑信監督
 第7作東撮1973年9月セックスドキュメント 金髪コールガール野田幸男監督
 
以上京撮4作東撮3作7作1973年まで作られました。

⑬ その後の東映ポルノ映画

 刺激の強いポルノ映画が飽きられ、低迷し始めた1974年
 2月京撮小沢茂弘監督『激突!殺人拳』が公開され、千葉真一とその一門ジャパンアクションクラブ(JAC)による空手アクション映画ブームが興ります。
 8月には東撮にて石井輝男監督『直撃!地獄拳』、鈴木則文脚本山口和彦監督でJAC志穂美悦子主演『女必殺拳』が大ヒットし、ヤクザ映画の併映作ポルノ映画から空手映画へと代わって行きました。
 その中で、石井輝男鈴木則文が築いてきた東映ポルノ映画を引き継いだのが、京撮関本郁夫牧口雄二東撮内藤誠山口和彦小平裕ゆたか)など若手監督たちです。

 京撮関本郁夫は『女番長シリーズ2作の後、京撮にて1975年5月公開芹明香主演『札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多 トルコ渡り鳥』、10月公開ひし美ゆり子主演『好色元禄㊙物語』、1977年2月公開松田英子主演『大奥浮世風呂』などを監督しました。

1975年10月『好色元禄㊙物語』本田達男、上阪久和企画・田中陽造脚本・関本郁夫監督・ひし美ゆり子主演 

 牧口雄二は、1975年5月公開潤ますみ主演『玉割り人ゆき』、11月公開五月みどり主演『五月みどりのかまきり夫人の告白』、1976年6月公開泉ピン子主演『戦後猟奇犯罪史 』、9月公開『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑,』、1977年1月公開東てる美主演『毒婦お伝と首切り浅』、9月公開田島はるか主演『女獄門帖 引き裂かれた尼僧 』など1977年まで京撮ポルノ映画を引き継ぎました。

1975年5月『玉割り人ゆき』三村敬三、奈村協企画・田中陽造脚本・牧口雄二監督・潤ますみ主演

 東撮内藤誠は、『不良番長シリーズ』や『帝王シリーズ』など梅宮辰夫主演作品の監督を手がけた後、1973年6月公開山内えみ子主演デビュー作『ネオンくらげ』、9月公開山内主演『番格ロック』と監督し、高い評価を得ます。

1973年9月『番格ロック』寺西国光企画・山本英明、大和屋竺(あつし)脚本・内藤誠監督・山内えみ子主演

 『ずべ公番長シリーズ』の山口和彦は、1973年12月公開山内えみ子主演『ネオンくらげ 新宿花電車』の後、梅宮辰夫が主演し、アメリカの有名ポルノ女優シャロン・ケリーが出演して話題を呼んだ1974年6月公開『色情トルコ日記』を監督します。そして、1975年1月に公開された、新人大原美佐が主演し谷ナオミが助演する『怪猫トルコ風呂』という怪作も監督しました。

1974年6月『色情トルコ日記』吉田達、坂上順企画・掛札昌裕、中島信昭脚本・山口和彦監督・梅宮辰夫主演、シャロン・ケリー出演

 小平裕の監督デビュー作、三東ルシア主演の『青い性』も話題を集めました。

1975年6月『青い性』太田浩児企画・小平裕脚本・小平裕監督・三東ルシア主演

 東映好色映画は多くの非難を浴びながらも、映画界が危機的状況にあった1960年代半ばから70年代前半にかけて、ヤクザ映画と共に東映の経営を支えました
 そのなかでも異常性愛シリーズそれに続く東映ポルノ映画は、そこに時代のニーズを感じた岡田茂がアイデアを出してネーミングし、天尾完次が具体的な企画を練って作り出したもので、石井輝男橘ますみを主演に生み出し、鈴木則文池玲子杉本美樹を見出し育てた毒々しくも華麗な花々でした。

⑫ 国会図書館で閲覧できる映像資料

石井輝男監督 40作(異常性愛シリーズ全9作など)
鈴木則文監督 48作(女番長4作、恐怖女子高校3作、温泉芸者2作、『エロ将軍と二十一人の愛妾』、『日本ポルノ伝 先天性淫婦』、『徳川セックス禁止令 色情大名』『不良姐御伝 猪の鹿お蝶』など)

石井輝男監督とカルーセル麻紀
鈴木則文
石井輝男と鈴木則文作品の女神・三原葉子

トップ写真:クリスチーナ・リンドバーグと岡田茂