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令和5年7月秋田県豪雨から考える流域治水:馬場目川と共に人々の安心・安全を守るために

 前回のnoteの記事では、令和5年7月豪雨による五城目町の被害状況と、災害レジリエンスについて記載しました。今回の災害は、気候変動により活発化した線状降水帯の停滞による豪雨による被害ですが、これに対して近年注目されている「流域治水」という考え方に基づき、馬場目川水系の現状と今後について展望していきたいと思います。

1)流域治水について
 従来は、河川の氾濫に対する治水については、防災・減災対策である堤防整備・ダム建設・貯水池などの対策を行い治水するという考え方が主流でした。しかし、気候変動により降雨量の大幅な増加や集中豪雨等の影響で、河川氾濫を原因とする水害が頻発・激甚化しています。こうした中で、昨今は「水害に強い地域づくり」が注目されており、国土交通省の「水災害対策とまちづくりの連携のあり方」検討会(2020)や、土木学会(2020)、日本建築学会(2020)、日本学術会議(2020)等の学術団体から次々に関連した提言が発表されてきました(中野2021)。
 この水害に強い地域づくりに欠かせないのが「流域治水」という考え方です。流域治水は、河川改修等の加速化に加え、流域のあらゆる既存施設を活用し、リスクの低いエリアへの居住誘導や住宅建築の工夫も含め、流域のあらゆる関係者との協働により、流域全体で総合的かつ多層的な対策を実施することと定義されています(国交省2023a)。そして、2021年の「流域治水関連法案」の成立をはじめ、水害対策に係る法制度の整備が近年急速に進んでいます(中野2023)。

流域治水に対する基本の考え方 (国土交通省 2023b)

2)馬場目川水系の整備の変遷と策定されている流域治水プロジェクト
 今回氾濫した馬場目川に対しては、2007年4月に秋田県より二級河川馬場目川水系 馬場目川圏域河川整備計画が策定され(秋田県2007)、その後2015年2月に秋田県より二級河川馬場目川水系馬場目圏域河川整備計画変更(秋田県2015)が策定されています。国交省が推進する流域治水の基本方針に伴い(国交省2023c)、馬場目川水系についても流域治水プロジェクトが以下の通り公表されています。

馬場目川水系の流域治水プロジェクト (国土交通省 東北地方整備局 2021)
馬場目川水系の流域治水スケジュール (国土交通省 東北地方整備局 2021)

 全国の一級河川すべてと400の二級河川に流域治水プロジェクトがつくられていることに国交省の流域治水に対する思いの強さを感じたと共に、この馬場目川水系の流域治水プロジェクト内で「氾濫を防ぐ・減らす施策」としては以下の5つがあげられていました。

① 堤防整備
 河川が蛇行し狭隘で流下能力が低い区間については、豪雨の際には床上浸水等が発生しやすいことから堤防を整備することが推奨されます。

② 河道掘削 伐木
 河道掘削と浚渫とは、水中にある土砂をすくい取り必要水深を確保する工事です。浚渫は、河道において底に堆積した土砂をすくい取り水深を確保する作業のことです。河道掘削は、水中以外の川岸を含む範囲の土砂や砂州を撤去することで河道断面を拡幅させ、河川の流下能力を増加させる工事です。場合によってはあわせて伐木を行いますが、河道内は生物の多様な生息環境であることから、河道断面は、十分に自然環境を考慮することを基本として、施工性、経済性を考慮して設定していきます(国土交通省 中部地方整備局 2016)。河道掘削と浚渫は、河川の流下能力を短期間で向上させ、洪水を安全に流す取組みとして効果が高い施策です。

③ 砂防関係施設の整備
 土石流や流木から人家等を守るため、砂防堰堤を整備します。新設に加えて、既存の砂防施設がある場合は、砂防堰堤にたまった土砂を撤去し、その機能を回復させることも重要です。

④ 雨水貯留施設(田んぼダム、ため池等)の整備
 大雨時に一時的に水田へ雨水を貯留させる効果を高める取り組みで、流出の時間を遅らせることにより、ピーク時の流出量を軽減することができます。

⑤ 森林整備・治山対策
 適切な森林整備を行うことにより、森林の水源かん養機能と土砂流出防止機能が向上し、河川の治水を促進します。また、森林整備を促進するための基盤となる路網整備も重要です。治山については、渓間工、山腹工、地すべり防止工等を実施し、崩壊地の復旧や流出土砂を抑制します。

3)既存の馬場目川水系の流域治水プロジェクトについて考えること
 提示されている東北地方整備局の流域治水の資料をみると、これまで豪雨水害が少ない地域だったせいか、他県の流域治水プロジェクトの公開資料に比べて、氾濫を防ぐ各々の手法の有効性・予算制約がある中での重点項目の設定・大規模な被害が予想される重点地域の選定の難しさを抱え提案しているのではないかと感じられました。
 馬場目川水系は都市部の豪雨とは異なり、ゲリラ豪雨は想定しにくく、台風も温帯低気圧に変化した後で襲来することが多く、線状降水帯が最も対策の必要性ある豪雨のパターンかと思います。それをふまえると、例えば、数日間沢山の雨量が降り続ける線状降水帯の場合、田んぼダムの治水の特性から効果は限定的な可能性もある一方で、馬場目川水系には広く広く水田が広がるため、その効果を定量的に把握することで、導入する技術が容易な田んぼダムに対し、農家の皆さんの合意を広くとることで効果が期待できるかもしれません。また、短期的に最も効果が高いと思われる河道掘削や浚渫は、では、どれくらいの規模で行うと今回のような3日間で400ミリ近く振り続ける雨に耐えうる河川となるのでしょうか。馬場目川は多様な生物が多く生息し、子供たちも親しみをもつ川で、河川の生物の多様性も守りながら人々の暮らしの安心・安全を守り、同時に経済コストの観点からも効果的な河道掘削や浚渫を実施するには、どの地点から、どれほどの掘削・浚渫が必要か見極める必要があるかと思います。そして、長期的には、五城目町を守り続けている森林に対して、今一度再生のアクションを起こす必要もあるかと思います。では、実際の馬場目川流水域を守る現在の森林は、過去にどれほどの保水力があり、現在の治水に対する森林の課題はどんなことがあり、現在は豪雨に対してどれくらいの保水効果があり、今後、私たちが森を再生することにより、どれだけの治水効果があるのでしょうか。これも改めて分かりやすく提示できたら、森を守る機運を盛り上げながら、森を守る視点から長期的に流域治水に貢献することができるかと思います。そして、現在の東北地方整備局が提示している流域治水プロジェクトにおける氾濫を防ぐ・減らすための方策の他にも、きっと他にも様々な方策があるはずです。では、馬場目川流域の風土に照らし合わせて、一体どういう方策が考えられるのでしょうか。きっと、これまでの人々の暮らしと照らし合わせながら検証することで、更に色々な方策が考えられるはずです。

4)さいごに
 このような検討をしたい時、これまでは河川は秋田県の管轄だから、と言って、市区町村や地域の人々が声が届かないことがあります。また、あちこちから断片的な情報が提供される中で、どれが治水に対して取り入れるべき効果的な施策なのか判断できないことが多くあるかと思います。更に、複数の市区町村にまたがる河川の場合は、一定程度の共通の流域治水に対する方向性のもとで横断的な連携が必要です。
 科学に限界があることは認識しつつも、馬場目川と相互に影響し合う流域全体を見据えた治水の方向性を提示することができないか。流域の人々でワンチームとなり今後の水害を防ぐことができる歩みをつくることはできないか。きっと、未来の暮らしを守るために拓ける道はあるはず。そんな期待を込めて、この記事を終えたいと思います。

5)参考資料
秋田県(2007)二級河川馬場目川水系 馬場目川圏域河川整備計画、平成19年10月
http://sabo.pref.akita.jp/downloads/seibi_babame.pdf

秋田県(2015)二級河川馬場目川水系 馬場目圏域河川整備計画変更、平成27年2月, 美の国あきたネット

国土交通省(2023a)「流域治水」の基本的な考え方~気候変動を踏まえ、あらゆる関係者が協働して流域全体で行う総合的かつ多層的な水災害対策
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/pdf/01_kangaekata.pdf

国土交通省(2023b)流域治水施策集 水害対策編
https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/kasen/gaiyou/panf/sesaku/pdf/r503_sesaku_01.pdf

国交省(2023c)流域治水の推進
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/index.html

国土交通省 東北地方整備局(2021)馬場目川水系流域治水プロジェクト 令和3年8月
https://www.thr.mlit.go.jp/yuzawa/01_kawa/ryuuikichisui/6th/06_06_02.pdf

国土交通省 中部地方整備局(2016)
https://www.cbr.mlit.go.jp/kawatomizu/kouzou/pdf/13_05kadoukussaku.pdf

中野卓(2021)書評:Edward Barsley, Retrofitting for Flood Resilience: A Guide to Building & Community Design, RIBA Publishing,2019年
https://tarb.yamanami.tokyo/2021/05/0018-edward-barsley-retrofitting-for-flood-resilience.html?m=1

中野卓、木内望、竹内修一(2023)市街地における水害対策推進上のボトルネックは何か,日本都市計画学会, 都市計画報告集, No.22, 2023年5月

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