見出し画像

つまり、人が"いい"んだなぁ…というシュプレヒコールだけがこだまする

つまり、人が"いい"んだなぁ…。


結論から書くとそうなる。

地下鉄と比較するとJRだって空鉄になるなぁってジム帰りの少し熱ったあたまで思い付きながら、手触りの良いプラスチックの手すりに触れる。エスカレーターに身体を運んでもらうために。

こんなアホみたいなことを考えているうちに、空鉄もといJRの駅前に到着。
背を預けられそうな柱を探し、そこで放置ゲーの更新をする。
放置ゲーを放置できず、ことあるごとに見に行ってしまうのはなぜなのか。変な親心のようなものをスマホに刺激されているのだろうか。 

不意に声がかかる。

「すいませーん、いまお時間よろしいですか??」

放置しなかったからいけないんだよな。放置ゲーなんだし。"敵"とエンカウントしてしまった。
そりゃ暇だよ。用もないのに駅前でスマホいじってる髭面のおっさんの有様なんて、暇以外にどう表現するのだろう?

肌がほどよく日焼けしていて黒の短髪、日が傾いて黄昏れ時だというのにエネルギーを感じる。
身長が低く、その分腰も低いのだろうと思わせる佇まい… 

ずばり、勧誘である。

以前時計屋のババアに二度も買わされそうになったこの俺だ、どう考えてもカモなのだ。ジム帰りだからだろうか、汗だけでなく「ネギ」の匂いもしていたのだ…!

「お兄さん、ちょっとアンケート調査をしてて。ご協力いただけないですか?」

きたよ、「アンケート」ね。しってるしってる!!
"聞くだけ"って毎度(N=3)言ってくるんだよ彼らって。

え、「賃貸ですか持ち家ですか」って…?
ーはい!賃貸です!

「賃貸と持ち家って、どっちがいいと思います?」ーはい!実家はたしかに持ち家ですが、ぼくが日々のお金の出入り等をしていたわけではないので、ぼく自身からすれば賃貸以外の経験はありません。
なのでどちらが良いのかというのを正しく判断できる立場にありません!はい!

わかっている。
こんなにしっかり喋るやつに目をつけた勧誘の彼は正しすぎるくらい正しいのだ。

俺としては、「持ち家のほうがいいですねえ」と彼が言わせたいことを知っているので、その俎上に乗らないための防衛だったんだ、この長口舌は。
ほら、こうすればその二者択一には興味を持てませんって説明できるじゃないか?

だが見立てが甘かったのだ。
この勧誘に時間を割けば割くほど、つまり会話が長引くほど、俺が彼に対して抱いている「赤の他人度数」というべきものが下がってきてしまい、そのつもりが毛頭なくても"お買い上げ"の約束に繋がりやすくなる。
だから、興味がないことを示すその時点で、俺は戦闘に参加してしまっていたのだし、そしてすでに、俺は後手に回っている…。大人の駆け引きだ…。

俺は、なんとか話を終わらせるための話、を繰り出し続けた。相手の"先"を執るために。
今住んでいる賃貸は大家と直接やり取りしていることで格安で住めているのだから不満はないこと、現在福祉をやってること…その他さまざまなカードを繰り出した。

チャンスがやってきた。相手も俺に気を許し始めたのだ!!身体の向きや声音に、あるべき緊張がなくなってきている!!
とにかくこちらが会話の主導権を握り返さないとならない。不動産屋の彼に宅建士の資格、年収、業界事情…etc、これらを何の興味もないのに聴き取る。

よしよし!!彼の黒い肌に、より一層黒い影が差してきた!!
話の軌道修正をする労力と次の相手を探す労力をその脳裏で天秤にかけているのが見て取れるぞ!

もう一息だ、このまま押し通る。
「あ、ごめんなさい。そろそろ、ジム帰りなので至急買い物を済ませてタンパク質を補給したいんで、はい、すいません…」

しかし、なにに対してごめんなさいなのだろうか?
2回だ、2回も謝罪している。
こんな俺を笑えばいい。でも覚えておいてほしい。
撤退戦が一番難しいんだってことを。

結局俺は何も買うことなく、ノーマネーでフィニッシュ。俺の紙みたいに安いおしゃべりで俺自身のけつを拭くことができたし、カツオのたたき(動物性タンパク質)を買うこともできたのだ。大勝利、優勝、栄光…。

でも家に帰るまでが戦場だって、俺は忘れてたんだ。

別の出口から勝利の美酒に酔いながらスーパーを出ると…

いたんだ。不動産の彼が。

分布地が変わっているッッッッ?!エンテイとかスイクン、ラティオスとかラティアスみたいなタイプの敵だったんだ!!準伝説!!不動産屋のくせにフットワークかるくていけねえな?!浮動産屋ってこと?!お前が土地転がす前にぶち転がしてやりたい!!

いや落ち着いて。それとなく、バレないように行こう。しかし「バレないようにしているということ」ごとバレないように、ただ堂々と、行こう。

「ああ、さっきのお兄さん。お買い物はできたかな??」
ーああ…、「まだ"買い物"、済んでませんよね?」ってセリフを言いたい顔してんじゃんか。

笑顔を湛えながら合わせた眼を絶対に逸らさずこちらに歩み寄ってくる。幸せは歩いてこないのに!殺(と)られる!!

俺は逃げる。しかしあくまでもただ家がこちらにあるので〜という様子を伺わせながら。早足になるのを抑えながら、家路を行く。堂々と、背中を見せて、のしのしと逃げた。


ヒゲ面、サンダル、ドラえもんの服、ダボダボの黒ズボン…そしていかにも押しに弱そうな面持ち。
こんないかにもだらしなく、覇気のない俺は、近所の駅前さえ戦いの場に選んでしまう。

しかしこうも言えよう。



つまり、人が"いい"んだなぁ…



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?