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メリー・モナークin大原田 第四話

「メリー・モナーク!?」
 素っ頓狂な声を出す真咲は、どうやらそれが何かわかっているらしい。私は、お父さんに向かって説明をすることにした。
「メリー・モナーク。ハワイでやるフラダンス最高峰の大会ね。お母さんが、毎年DVDを買って観てるやつ。コロナで中止になった時、どれほど嘆いていたか覚えてるでしょ? お母さん、死ぬまでに一度は生で観たいってずっと言ってる」
 死ぬまでに、と自分で言ってしまってから、慌てて少し呼吸を整えた。
「まぁ、フラッシュモブだからね、誰かと競うわけではないけれど、大原田家、一丸となって、最高峰のフラを目指しましょうねってことで」
 私の言葉に、お父さんは息を吸った。どうやら、思っていた方向と違うらしい。多分、お父さんは、ほんの少しお母さんの好きそうな踊りを覚えて、しかも家族みんなで踊ることで、自分の照れも紛らわせる程度のものをフラッシュモブとして想定していたのだろう。何かを言おうと口を開くのを邪魔するように、私は被せた。
「フラッシュモブというからには、それなりに人も集めるから」
「人って、誰を?」
 真咲が嫌な予感がするとばかりに眉をしかめる。
「あんたは、そのために空手バカをやってきたんでしょうが」
「はぁ? そのためって、フラダンスのため? なわけねーだろ」
 もちろん、そういう返答が来たが、私は真咲のトレーナーの裾を引っ張りあげる。想像通り、いや、想像以上に鍛え込んだウエストラインが覗いた。
「この肉体なら、いいカネたちが集まるだろうよ」
 カネ、というのは、もちろん金ではない。そんなセクハラまがいな姉の発言に、
「やだよ、みんなに声をかけろって!?」
 真咲は、しっかりフラ用語を覚えている。
『カネ』とは男性を指す言葉だ。女性のフラとは違う、男性ならではの力強さが圧巻のカネフラは、惚れ惚れする格好良さがある。本場のカネフラは特に、神聖さも相待って、鳥肌ものの見応えだ。お父さんに迫力のあるフラは無理でも、真咲と空手仲間なら、かなりいい仕上がりになるはずだ。
「あと……私も、円花まどかに声をかけてみる」
 私がそういうと、真咲は一度ポカンという顔をした。
「円花さんと、連絡取ってんの?」
「高校卒業してから取ってない。けど、協力してもらえるか聞いてみる」
「へぇ、花花コンビ復活じゃん」
 真咲が、嬉しそうにニヤリと笑った。
 そういやこいつ、円花のこと大好きだったよなぁと思い出す。「円花姉ちゃん」とフラを踊る円花の周りをチョロチョロする真咲、円花とお揃いの衣装、ピッタリ揃うスカートの揺れ、何もかもが楽しかった時間が、脳裏でアルバム写真をめくるようにいくつか浮かんだ。
 お父さんがそこでようやく口を挟む。
「そんなに大ごとにするつもりはない」
 言うと思った。しかもこの後に及んでまだ命令口調なのが本当に腹が立つ。
「大ごとよ。お母さんが死ぬかもしれない。お父さん、これ以上の大ごと、他にあるの?」
「それとこれとは……」
「関係あるでしょ。日記読んで、自分がどれほどお母さんをがっかりさせてきたか思い知ったんでしょ? お母さんのために、何かしてあげたいって初めて思ったんでしょ? でも、今更何も取り戻せないよ。お母さんが出たかったステージは戻らない。それでも家族でだったら、て思ったんだよね? お母さんが喜ぶものを見せたい、やってあげたいって思ったんでしょう? だったら、中途半端なことやらないでよ。本気でやってよ。お母さんがまだまだ死ねない、もう一度踊りたいって思えるぐらい、全力でやってよ」
 お父さんが、ぐっと押しだまった。
 もう決めた、絶対に私はやる。お父さんにもやらせる。真咲にも……と思ったところで、真咲がバァン!と私の背中を叩いた。
「姉ちゃん、かっこいいよあんた! わかった、俺、サークルのみんなに相談するわ!」
 目を潤ませ、鼻を啜るアホヅラを見ながら、お父さんもこれぐらいアホだといいのに、と思う。

 翌朝、お母さんが台所に立つ私に楽しそうに言った。
「なんか昨日はやたらと楽しそうだったね、珍しい」
 まさか、自分の日記を家族全員に読まれていたとは思うまい、ごめんお母さん。私は、心の中で謝りつつ、
「楽しそうに聞こえてるならよかった。私、つい、お父さんを責め立てておりました」
 と、正直に言った。
「お父さん、しょんぼりしてた?」
 まんざらでもなさそうに、ふふふと笑うお母さんの顔を見てホッとする。
「しょんぼりっていうタイプじゃないけどね、何か思うところはあったみたいだよ」
 私も、ふっふっふ、と笑う。
 お母さんはよく眠れたのか、顔色も良い。
「花乃と真咲はいつ帰るの?お昼ご飯はこっちで食べる?」
 ちょっと調子が良いとなるや、すぐ家族の心配し始めているので、ついため息を漏らす。
「お母さん、私たちの心配はいいから。もうすぐ治療も始まるでしょう? その準備とかしてなよ」
「そうは言ってもねぇ、あんた、昨日のご飯、イマイチだったよ」
 お母さんは、困ったように眉を下げつつも、口角だけはしっかりあげて言う。マズイ食べ物を、愛の力でクリアしようとするアニメの表情だった。
 やっぱりか。そうじゃないかと思ってはいた。全員が気を使ってか、黙々と食べてくれたのでスルーしたが、やっぱりあれは、イマイチという名の料理であったかと1人納得する。
「病中にろくなものが作れなくてすみません……」
 私の言葉に、お母さんはカラカラと笑った。
「私もね、大したこと教えてないし、自分でやるのが早いって思っちゃう人だったからねぇ。花乃が家を出る前に、もっと一緒に料理すればよかったよね」
 料理なんて、やってるうちに出来るようになるもんだから大丈夫だけどね、そう付け加えた後、
「やっぱり、これからは色々、みんなにもやらせよう!」
 そう言って、私が味噌汁用に切っている生ワカメを引っ張った。それはところどころ微妙に繋がって、まるで運動会に飾る万国旗のようだった。
「よろしくお願いします」
 私は丁寧に頭を下げたあと、付け加えた。
「そうそう、私、仕事はしばらくフルリモートにしてもらえることになったから、しばらくこっちにいようと思う。お父さん1人で急に何も出来ないだろうし」
 今度はお母さんが、大丈夫なの? と言ったあと、「よろしくお願いします」と頭を下げて笑った。




第五話に続く

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