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クジラ、時を超えて泳ぐ。

普通、あるいは普通以下だと、勝手に思ってた人が、めちゃくちゃ格好良いことを知った瞬間がある。


少女マンガで、メガネを外した人が急にカッコよくなったりするアレじゃない。


時は遡って、小学生の時の子供会でのプールだ。

大きなプールも、ジャンボ滑り台もあるファミリー向けのプールに私たちはいた。
プールサイドでは、ウキウキが止まらなくて、服を次々脱ぎ捨てる子供たち。
「待ちなさいほら!会長さんの話し聞いて!」
お母さんたちが、子供を落ち着かせつつ、レジャーシートを広げる。

違和感を感じたのは、お母さんたちが、一向に着替えようとしないことだった。
レジャーシートを広げると、思い思いに寛ぐ体制に入る。
「泳がないの?」「いやよ人前で水着なんて」
「家族だけだったら入るけど」


え?人前で水着になるって、恥ずかしいことなの?
小学生の私は、その会話に不安を感じた。

不安を感じつつ母を振り返ると、母はさっそうと服を脱ぎ捨て、すでに水着になっていた。

咄嗟に、「お母さん、恥ずかしい!」そう思った。普段見慣れている母の水着姿が、急に不恰好に見えた。

母は「あれ?みんなプール入らないの?」とおばちゃんたちに言っている。

「やだよ〜、ホラ、あんたみたいに自信ないから!」
「いやいやいや!水着なんて!」
「すごいね、私は泳げないから〜」

おばちゃんたちは、笑って母に言った。
でも。
よく恥ずかしくないね?
そういう心の声が、私には聞こえた気がした。

母は、プロポーションが良いわけではないし、足を悪くしていて、足の長さも太さも左右差があって、お世辞にも水着姿が格好良いとは言えない。

「水着を人前で着る自信がよくあるね」という嫌味が、たくさん聞こえる、私には。

それでも母は、顔色ひとつ変えず、その太ももを全面に前に出して「スタイルいいでしょ!アハハ!」と笑った。

恥ずかしい!お母さん恥ずかしい!

私は、みんなの前で水着になる母も、みんなの前で戯ける母も、全部恥ずかしい気がした。

「行こう!とき子!」
母が笑顔で私を呼んだけど、恥ずかしくて、私は気分が沈んだまま水に浸かった。

しばらくしてだ。
「おおおー!!おばちゃんスゲー!!」
という子供たちの声と、豪快な水飛沫が上がっているのをみて、ギャー!お母さん!!と思った。

母は、小中高と水泳部だった。
しかも大阪出身、団塊世代の超マンモス校の中、水泳部キャプテンとしての座を守り抜いたという、まさに、水中に解き放つと、本来の生態を取り戻すみたいな人だった。

そこには、ファミリー向けのプールに突如現れた、捕食中のクジラの如く、ブァサンブァサンとバタフライを披露している母の姿があった。

我が家では、母がそれを披露するたびに「キャー水がかかるー!やめてー!」と大笑いするのがいつもの家族のプールだった。

だけど、今日は子供会だ。みんながみてる。
恥ずかしい!あんなに水飛沫を上げて!
やめてよ、お母さん!


しかし、休憩中のみんなの反応は、私が思っていたのとは違った。
「スゲーなおばちゃん!バタフライの足どうなってんの?」
「すごいわねー、あんなに泳げるなんて」
なんだか、母が妙に人気者になっている。

ここでも、母はいつもの母と変わらなかった。
「すごいでしょー!私、泳いでる時が1番イキイキしちゃう!」

全く謙遜しない母に、1人のおばちゃんが言った。
「私も今からスイミング習ったら、バタフライ泳げるようになるかねぇ?」

そのおばちゃんは、正直、痩せているとは言えなくて、運動神経だってきっとない、そんなの無理に決まってるじゃん。
小学生の、ひねくれた、優しさのかけらもない私は、心の中で、そう毒づいた。
「さっき、お母さんに嫌味言ってたくせに」


だけど、母は「泳げる泳げる!泳ぐ気があるなら、もう半分泳げてるようなもんだよアハハ!」

あの時、お母さんは、無責任だなぁと思った。
ずーっと水泳を続けていたお母さんと、この太ったおばちゃんが一緒なわけがない。


それからすぐだった。
そのおばちゃんが、スイミングスクールに入ったと教えてくれたのは。
「ビート板でね、ずーっと泳ぐの。私、まだ息継ぎも出来ないの!全然進まないのよ、嫌になっちゃう!」
嬉しそうに母に報告をしていた。


そこからさらに時は流れる。
私は、働くようになってから、休日によく母と、近所の健康センターのプールに行っていた。

相変わらずプールが好きな母と、この頃にはもう、半分海賊になっている私↓


「あら、今日、平山さん来てるわ」
そう母が指さしたその先に、あの日「泳げるようになるかしら?」そう言っていたおばちゃんが、美しいフォームでクロールを泳いでいた。

「おばちゃん、まだスイミング続けてたんだ」
「やってるよ、ずーっと!もうバタフライだって上手よー!」
母は、知らなかった?と私に笑った。

「1回で1キロは泳いでいるのに全然痩せないのよ、不思議!」
「あんたは食べすぎなのよ!」
「だって、泳ぐとお腹が減るでしょう?」

2人が、そんなことを大声で話して、ガハハと笑っているのを見ながら、私は唐突に思った。

か…格好いいな、この人たち…!


小学生の時、堂々とみんなの前で水着になって、それはもう楽しそうに泳いでいた母も。
それを見て、泳いでみたいと言ったことを現実にしたおばちゃんも。


あの時、私は。
母を恥ずかしいと思った。
母のその足も、言動も恥ずかしかった。
おばちゃんたちの話しを、全部嫌味として受け止めていた。
太った運動神経が無さそうなおばちゃんに、カッコよく泳ぐのは絶対無理だと思った。

違う。
私が1番、カッコ悪かったのだ。


小学生の私には分からなかった。
「私なんて」
そんな言葉を一度も言わず、自分のやりたいことを楽しんでいる人の格好良さが。
こんなにカッコいい大人が、ずっと目の前にいたのに、全然気付かなかった。


「おばちゃん、バタフライ泳げるようになったんだって?泳いでよ!」

私がそう言うと「あれ、迷惑がられるのよねー、でも、見てくれるなら泳いじゃお!」
「あら、じゃあ、私も」

2人は、水飛沫を上げながら、ブァッサンブァッサン泳ぎだす。
ああ、クジラの捕食が始まった。

2匹のクジラが激しすぎて、プールに波が立っている。
残念ながら、スイミングを途中でやめてしまった私は、3匹目のクジラにはなれない。

「ちょっとー!やっぱり迷惑みたいー!飛沫と波が2人分ー!」

私は笑いながら、カッコいいクジラたちに叫んだ。




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