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物語

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記事一覧

恋心、文字化けにつき

恋心、文字化けにつき

 行方知れずになっていた恋心が、突然ふらり戻ってきた日、思わず私は声を上げた。
「こっ…こんにち…あ、お疲れさまです!!」

 失恋から数週間が経っていた。いや、数週間しか経っていない。
 まだまだ悲劇のヒロインでいるつもりだったし、食も細くなっていたのでしめしめとも思っていた。
 彼氏がちゃっかり他の女と楽しんでいた、とはよくある話。実は薄々気がついていたし、その脇の甘さがまた腹立たしかった。

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リスタート 《企画》#夜行バスに乗って

リスタート 《企画》#夜行バスに乗って

この町を出ようと思ったのは3日前だった。
出てどう生きていくのかはよくわからなかった。そもそも計画するってことに慣れていない。
だけど、コイツがあれば、きっと大丈夫だと思えた。

男がソレを拾ったのは3日前だった。
高速サービスエリアでゴミを収集していた時だ。
『家庭ゴミを入れないでください』
どれほど張り紙が貼られようと、ゴミは溢れかえっている。袋を持ち上げた拍子に、何かの液体が跳ねて作業服に飛

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ツーベンリッヒは嘘をつく

ツーベンリッヒは嘘をつく

 スカーバッカス、通称『スカバ』
 生徒たちが、連日「もう飲んだ?」と囁き合う。
「私、昨日行ったんだけど、お店が開いてなかった」
「え、私は先週ついに入れたよ」
「そうなんだぁ。私、あの味が忘れられないのにもう行けないのかなー?」
 どうやら、その日によって、入れる客と入れない客がいるらしい。
「まっすぐ家に帰りなさい」と生徒たちに指導している手前、そのスカバが一体どんな店なのか、気になって仕方

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桃源枕 ⑤  桃子の話

桃源枕 ⑤ 桃子の話

「松阪牛がお腹いっぱい食べたいの」

試しに目覚めた安西くんに言ってみた。
彼は、恍惚とした表情で
「まだ、松阪牛食べ放題ができるほど、僕、夢のコントロールができていません」
とそう言ってから、私の頬に手を伸ばした。

安西くんの夢の中で、私は幾度か彼に抱かれてしまっている。
当然といえば当然の馴れ馴れしさであるが、いいか安西、現実ではまだ、私たちは恋仲になっていないし、何より「好きだ」と告白され

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桃源枕 ④  PEACHの話

桃源枕 ④ PEACHの話

「松阪牛が食べたい、って言うのは復讐か何かなの?」

モニタリングを終えた桃子が、眉根を寄せながら言う。

例えばワタシが松阪牛一族の末裔であるならば、復讐と言っても間違いはないのかもしれないが、ワタシと牛に関係性は全くないし、松阪牛のおかげで命を繋いだ覚えもないので、これを復讐と呼ぶには全く相応しくないのだが、大きな流れとして捉えれば、これは復讐になるのかもしれない。

モニターの向こうに、3台

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ことだまり 《ひと色展》

ことだまり 《ひと色展》

泣いているの?

え、どうして?
そう答えたけれど、顎からしたたる水滴に自分自身が一番驚いた
私、泣いてるの?
そう聞いたら、彼女はほんの少し首を傾げながら静かに微笑んだ

泣いてはいけなかった
泣くとオオカミがその匂いを嗅ぎつけて食べにくるから
兄弟が1人、また1人と食べられて行くのを、私はずっと時計の中から見ていた

助けて、お母さん助けて!

そう叫んでいる兄弟を助けることができなかった

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桃源枕 ③ Cの話

桃源枕 ③ Cの話

「松阪牛食べたい!」

桃介がそう言った時、僕は顔をしかめるしかできなかった。
「どこで覚えてきたの?松阪牛なんて」
今や、松阪牛どころか、牛の存在が幻だ。親世代はみんな牛肉を食べたことがあるらしいが、牛のゲップが温暖化を促進させるとされてから、あれよあれよとその数を減らされ、ついには幻の動物となってしまった。
僕は、牛の話を聞くだけでいつもちょっと切ない。子牛が売られるドナドナの歌が切ないのも、

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桃源枕 ② Bの話

桃源枕 ② Bの話

「松阪牛が食べたいんですぅ」

テレビの向こう、アイドルの頂点に立つモモコが誕生日の花束を受け取りながらインタビューに答えていた。
松阪牛、いや、松阪と言わず、神戸でもひたちでも、今となってはどれも食べられるものではない。一部、富裕層がありえない値段を払って口にするというのは聞いたことがあるが、それはもはや都市伝説ではないかと思っている。
ちなみに僕の親世代は、当時も高級食材ではあったが、焼肉に行

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桃源枕 ① Aの話

桃源枕 ① Aの話

松阪牛が食べたい。

桃子さんが突如そう叫んだ時も僕は大して驚かなかった。
「また何か思いついたんですか?」
バファリンの半分はやさしさで出来ているいるなら、僕の片思いの半分は桃子さんへの好奇心で出来ている。もちろんもう半分は苦い酸っぱい成分で、それを甘い糖衣で包ませて、いつか桃子さんの口に放り込もうと日々企んではいるものの、桃子さんときたら、さっき叫んだみたいに、突如松阪牛が食べたいという日があ

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パーフェクトレモン 《ミムコさんノトコレ応募 フィクション作品》

パーフェクトレモン 《ミムコさんノトコレ応募 フィクション作品》

「お、塩レモン」
 冷蔵庫に顔を突っ込んだ夫が嬉しそうに言う。
「国産レモン売ってたからね」
 ふふんと誇らしげに答えると
「パーフェクトレモン」
 夫が、塩レモンのガラス容器を持ち上げて言った。

「あのね、レモンって完璧なのよ」
 力強くそう言われてもピンと来ない。
「じゃあ聞くけど、レモンでホラーとか考えられる? 爽やかでしかないでしょう?」
 いやいや爽やかなんてたくさんありますよ、おろし

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ロスト・リアリティ《白》#あなぴり企画

ロスト・リアリティ《白》#あなぴり企画

 さわきゆりさんによる《前半》

 透き通るような白い肩を、金に近い栗色の髪が滑り落ちてくる。
 フェイシアはゆっくりと両腕を上げ、頭の後ろで指を組んだ。
 スカイブルーの背景紙に、ささやかな細い影。黒のベアワンピースをまとった背中が、健吾と僕のカメラの前に凛と立つ。
 ライトを浴びて輝く腕は、まるで真珠のように艶やかだ。
「すげえ……」
 健吾が、ため息混じりに小さく呟いた。
 肩甲骨まで伸びた

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ベルリラメッセージ

ベルリラメッセージ

「次の企画、お前やってみる?」

事務所の前で偶然会った奥村さんが、「あ、そういやさ」と軽い口調で言った。
あまりにも軽い口調でそう言われたので、言葉を理解する前に、目の奥でチカチカと何かが点滅するような感覚に襲われる。

「むむむ無理です私なんぞ…!」
結局、そのシグナルが何か考える前に口走っていた。

「そか」

あっさりと引き下がった奥村さんは、そのままドアを開けて事務所に入ると、それ以上は

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ドラゴンと夏のポップコーン

ドラゴンと夏のポップコーン

「ドラゴンとポップコーンを食べたんだ」

映画館。
1人鑑賞を楽しむため、席に座って飲み物をセットする。
ポップコーンは1人で食べるには多いからいつもは我慢するのだけれど、今日は鑑賞ポイントが貯まっていたので、思い切ってセットで頼んだ。
大体途中で飽きるんだけどな、と思いながら、何粒かを一気に口に放り込む。
む。美味いじゃないか。
これは食べきってしまうかもしれない。そう思いながら、まだ薄ら明るい

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ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」
さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。

「松任谷由実の?」
「それ。彼の家で実際やってきた」

ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると
「これでお別れ、スッキリ!」
そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。

「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」
「ケーヤン、ふふ」
「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言っ

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