古賀及子の日記文学 デビュー作『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』について
タイトルに、デビュー作『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』について、と書いてこの文章を始めてみたが、「満を持して」という言葉を付け加えたいところだ。
古賀さんはデイリーポータルZでのご活躍のほか、自身のブログで発表する日記(本人は日記エッセイと呼んでいる)が人気で、さらに古田徹也さんや岸政彦さんなど学才や実績のある作家たちのファンも多く(古田さんは自身で「狂信的なファン」とさえ言っている)、むしろいままで本を出版していなかったのが不思議なくらいだからだ。きっと古賀さん的にこのタイミングになったということだろうと思う。
この「日記エッセイ」はほとんどが家族の話で、母親である古賀さんと、(当時)中学生の息子、小学生の娘との3人暮らしを描いている。読み始めてすぐ気づくのは、作者の徹底したメタ視点。感情や感想をほとんど挟まずに、単に観察と事実からおかしみと情緒を作り出す。とんでもない腕前だと思う。
このメタ視線は、ある意味では日記文学の王道の心構えという気もするが、古賀さんはそれを自然にやっているようで、手慣れているからこその自然の表出という気もする。なんてことを思っていたら、古賀さんが日記の書き方を解説する動画(めちゃ視聴されてる)を見つけた。
この解説が本当に面白くて、皆さん見てみてほしいんだけど、この動画で挙げられている日記の書き方のアドバイスは以下、
これは日記だけでなく、あらゆる散文を書く人にとってすごく参考になるメソッドだと思う。そして、こうやって古賀さんが言うとやたら腑に落ちるという事実自体もすごい。(だから、ここまで読んでピンと来てない人は上の動画を見たほうがいい。)
この本『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』を読んでいて感心するのは、母だけでなく2人の子供たちも「観察」によるメタ視点を持ち得ていること。(こんなことを言うと嫌がられるかもしれないが)これぞ家庭内教育の成果物という感じがする。
この本が家族を描いている日記としては例外的と言えるほどに読者の好評を得ているのは、描かれる家族が作者の感情や感想に役すものになっていないからだと思う。
感情というのはいつもその人自身を裏切り、周囲の人たちを振り回す。そして、感想は手持ちの言葉に一回性の関係と経験を封じ込んでしまい、その瞬間に生起しているものを見えなくしてしまう。
その点、観察は裏切らない。他人を詮索しないしカテゴライズもしない。つまり、他人を利用せずに済むのだ。
ここで、家族に対してメタ視点なんてそんな冷静でいられるのか?と思う方もいるかもしれない。でも、古賀さんが冷静なのは、(彼女がそもそも家族という組織の効用について懐疑的であるという面もあるが/これは読めばわかる)何よりも、自分に対する観察、そして自分の思いに対する省察が得意だからで、つまり自分自身が家族に向ける視線に対して冷静なわけで、家族に対して冷静なのとは違う。そして、ここには人と人との関わりについての深い倫理の契機さえあって、それが子供たちに伝わっているから私は「家庭内教育の成果物」だと思うのだ。
最後に、この本のお気に入りの場面TOP12(多い)を紹介して終わりたい。多分抜き出してもあまり面白さは伝わらないと思うので(それでも紹介したいからするわけだが)これをいい機会に、実際に本を手に取ってあなたのお気に入りTOP12を見つけてほしい。(ネタバレが嫌だし、実際に本で読んで出会いたい方はここで読むのをやめてください。)
3月21日に古賀及子さんのイベントが福岡・とらきつねで開催。
日記ワークショップ(定員18)はたぶんほぼ完売で、古賀さんと私のトーク(定員30)はあと8席(3/8午前現在)くらいあります。
古賀さんを知ったのは私の本の感想を呟いてくださったことがきっかけで、だから今回は「感想戦」ということで、お互いの作物について感想を喋り合う会ということになりました。
◎3/21 古賀及子&鳥羽和久トーク「感想戦」 19:30~21:10 とらきつね
古賀及子
『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)
『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)2冊刊行記念㊗
鳥羽和久
『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)重版(5刷)記念㊗
古賀さんは今回ご紹介した『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』の後に今年2冊本を刊行していて、そして私の方は先月『君君』が重版になったので、その記念イベントという位置づけです。
ぜひ楽しみにお越しください。
最後は告知になりましたが、長い記事をお目通しいただいてありがとうございました。(2024年3月)
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