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古賀及子の日記文学 デビュー作『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』について

タイトルに、デビュー作『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』について、と書いてこの文章を始めてみたが、「満を持して」という言葉を付け加えたいところだ。

古賀さんはデイリーポータルZでのご活躍のほか、自身のブログで発表する日記(本人は日記エッセイと呼んでいる)が人気で、さらに古田徹也さんや岸政彦さんなど学才や実績のある作家たちのファンも多く(古田さんは自身で「狂信的なファン」とさえ言っている)、むしろいままで本を出版していなかったのが不思議なくらいだからだ。きっと古賀さん的にこのタイミングになったということだろうと思う。

この「日記エッセイ」はほとんどが家族の話で、母親である古賀さんと、(当時)中学生の息子、小学生の娘との3人暮らしを描いている。読み始めてすぐ気づくのは、作者の徹底したメタ視点。感情や感想をほとんど挟まずに、単に観察と事実からおかしみと情緒を作り出す。とんでもない腕前だと思う。

このメタ視線は、ある意味では日記文学の王道の心構えという気もするが、古賀さんはそれを自然にやっているようで、手慣れているからこその自然の表出という気もする。なんてことを思っていたら、古賀さんが日記の書き方を解説する動画(めちゃ視聴されてる)を見つけた。

この解説が本当に面白くて、皆さん見てみてほしいんだけど、この動画で挙げられている日記の書き方のアドバイスは以下、

1)できれば毎日書く
⇒1行でもいい、誰かが待っていると思い込む
2)好きに書いていい
3)感想禁止
⇒「楽しかった」とか「美味しかった」とかは書かない
見たまま、聞いたままのことを書く
4)比喩をやる
感想を禁止した代わりにやるのが比喩(による情景描写)

以上を継続することで、自分のことを観察できるようになる
自分にありあわせの感想を求めてしまう思考から脱却して、自分の知り得ないところにすでに浮かんでいる思いをメタに観察できるようになる

これは日記だけでなく、あらゆる散文を書く人にとってすごく参考になるメソッドだと思う。そして、こうやって古賀さんが言うとやたら腑に落ちるという事実自体もすごい。(だから、ここまで読んでピンと来てない人は上の動画を見たほうがいい。)


この本『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』を読んでいて感心するのは、母だけでなく2人の子供たちも「観察」によるメタ視点を持ち得ていること。(こんなことを言うと嫌がられるかもしれないが)これぞ家庭内教育の成果物という感じがする。

この本が家族を描いている日記としては例外的と言えるほどに読者の好評を得ているのは、描かれる家族が作者の感情や感想に役すものになっていないからだと思う。

感情というのはいつもその人自身を裏切り、周囲の人たちを振り回す。そして、感想は手持ちの言葉に一回性の関係と経験を封じ込んでしまい、その瞬間に生起しているものを見えなくしてしまう。

その点、観察は裏切らない。他人を詮索しないしカテゴライズもしない。つまり、他人を利用せずに済むのだ。

ここで、家族に対してメタ視点なんてそんな冷静でいられるのか?と思う方もいるかもしれない。でも、古賀さんが冷静なのは、(彼女がそもそも家族という組織の効用について懐疑的であるという面もあるが/これは読めばわかる)何よりも、自分に対する観察、そして自分の思いに対する省察が得意だからで、つまり自分自身が家族に向ける視線に対して冷静なわけで、家族に対して冷静なのとは違う。そして、ここには人と人との関わりについての深い倫理の契機さえあって、それが子供たちに伝わっているから私は「家庭内教育の成果物」だと思うのだ。


最後に、この本のお気に入りの場面TOP12(多い)を紹介して終わりたい。多分抜き出してもあまり面白さは伝わらないと思うので(それでも紹介したいからするわけだが)これをいい機会に、実際に本を手に取ってあなたのお気に入りTOP12を見つけてほしい。(ネタバレが嫌だし、実際に本で読んで出会いたい方はここで読むのをやめてください。)


1st
 息子の冷やした寝室で娘は毛布にくるまってまんがを読んでいた。「暑い日にクーラーですずしくした部屋で毛布にくるまるのは気持ちいい」と言っており、娘の人生は祝福されているなと思った。p96

(コメント)よすぎて胸が痛くなった。

2nd
 娘をピックアップ、帰ると息子が腕立て伏せをしており、続いて腹筋をするので足をおさえてくれというのでおさえた。顔と顔が向き合い、息子は笑った。さらに笑わせたくなり「己に打ち勝て」と言ったらもっとうけた。「笑わせないでよ!」「真顔の時点でそっちが笑ったじゃん!」などと言い合い、気を取り直して腹筋しようとするがやはり顔と顔が向き合ってふたりで笑った。p21

(コメント)好きな場面。

3rd
 時差登校の息子はまだ家にいて、私が化粧をしているとうしろから口を開け「歯が小さいのだが」とやってきた。
「歯が小さいのかい?」「このあたり、小さい気がする。もしやまだ乳歯なんだろうか」
 指さす歯は犬歯で、もう永久歯に生え変わったやつだ。「それは永久歯だね。歯っていうのは案外小さいものなのかもわからないね」
 ほら、と私の犬歯を指さすと、息子は「ああ、小さいね」と去っていった。そして学校へ行った。p172

(コメント)「歯が小さいのだが」という謎かけがとてもいい。

4th
私は、子どもの内心というのは暗いものだと思っている。p254

(コメント)時折、自身が子どものころの感覚をメタに表出する場面があり、はっとさせられる。

5th
 娘の旅の感想は、あれが楽しかったよ、これが楽しかったよ、というのではなく、だれだれがこう言って、みんなで笑ったんだとか、感心したんだとか、そういう方向性で、コミュニケーションへの目線を感じる。
 朝、起きたらまだあたりの暗い早朝で、でも同室の数人がもう起きていて、みんなで静かにUNOをしたらしく、息子は、そこで朝日をみんなで見たんだとか、そうじゃないところがいいと褒めた。
「朝日をというか、気づいたら外は明るくなってて」「明るくなってて」「それまでつけていた電気を」「電気を」「消した」「消したんだ、消したんだなあ」
 息子は満足したようだった。p278

(コメント)古賀家のメタ教育の成果がはっきり表れるシーン。とてもよい。

6th
 
息子が帰ってきて冷蔵庫から雪見だいふくを出して食べたので見た。街なかによく隈取りの目のイラストに「みんな見てるぞ!」書かれたステッカーが貼ってあるが、あんな感じでこの家ではおやつを食べる人を誰かが見ている。私は子らを見ているし、息子は私と娘を、娘は私と息子を見ている。ちいさなおうちに相互監視社会がある。p189

(コメント)時折「相互監視社会」のようなシステマティックな言葉が出てきて、これも「メタ視点」の成果。

7th
「ジャムの尊厳にかかわる、それはだめだ」p264

(コメント)2種類のジャムを混ぜたら?という提案に対する息子の言葉。とてもいい。

8th
 私はお母さんらしさを模倣・トレースでやってるな、というのは子どもを持ってからずっと思っている。小学生の母親といえば「宿題やったの!?」と言うだろう、私も言ってみようとか、そういう感じ。 p17

(コメント)この感覚、すごくわかるし、親の本質を突いていると思う。

9th
 子どもの送迎をするとき、不思議とこれは私の人生であるがすっかり脇役のような気持ちになる。p223

(コメント)はっとさせられた感覚。

10th
 ギターも弾けない、英語もしゃべれない、そしてうまく泳げない。
 なぜだろう、ギターが弾けないことに、英語と水泳のできなさの事実も宿っているという感覚がある。p251

(コメント)子供の頃の「苦手」という心細さはその人の一生をかたどっていくのだと思う。

11th
 なるほど、ぬいぐるみはどこに配置するかによって静と動とが決まる。棚に飾れば置物として眺める静のものになり、床に置いておけば玩具として動的に用いられる。娘はぬいぐるみを、できるだけ動の物として取り扱いたいのだ。p301

(コメント)これはまた面白い観察結果。

12th
 最近、私の体では逆流性食道炎が盛り上がっており、いよいよこれはといまだ受けたことのない胃カメラの予約したが、混んでいて先になるということで診察だけ受けた。p169

(コメント)逆流性食道炎が「盛り上がっており」という言い方が古賀文学の面目躍如と言いたい。



3月21日に古賀及子さんのイベントが福岡・とらきつねで開催。
日記ワークショップ(定員18)はたぶんほぼ完売で、古賀さんと私のトーク(定員30)はあと8席(3/8午前現在)くらいあります。

古賀さんを知ったのは私の本の感想を呟いてくださったことがきっかけで、だから今回は「感想戦」ということで、お互いの作物について感想を喋り合う会ということになりました。


◎3/21 古賀及子&鳥羽和久トーク「感想戦」 19:30~21:10 とらきつね


古賀及子
『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)
『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)2冊刊行記念㊗

鳥羽和久
『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)重版(5刷)記念㊗

古賀さんは今回ご紹介した『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』の後に今年2冊本を刊行していて、そして私の方は先月『君君』が重版になったので、その記念イベントという位置づけです。

ぜひ楽しみにお越しください。

最後は告知になりましたが、長い記事をお目通しいただいてありがとうございました。(2024年3月)

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