甘噛社(あまがみじゃ)

記憶は当てにならないので、個人的に思ったことのメモとして記録します。 アイコンは愛猫を…

甘噛社(あまがみじゃ)

記憶は当てにならないので、個人的に思ったことのメモとして記録します。 アイコンは愛猫を模したAI画像です。

マガジン

最近の記事

悪習

 仕事を終え帰宅する。手を洗ってから着替え終わると私はいつも冷蔵庫に向かう。いわゆるビールの類とツマミを手に食卓につき、至福と思うひとときを過ごす。  正確に言うと、最初のうちは至福と思っていた。それがそのうち習慣になり惰性になり、今では本音ではやめたいと思っているのに続けている悪習になっている。  こんなこともある。  休日の昼間、やることもなく家の中をふらついていると、無性に口寂しさを補うものが欲しくなる。食べ物のありそうな引き出しやらを開けては細々と集めて廻り、コーヒ

    • Netflix映画『アトラス』

       人形AIロボットの反乱を凌いだ人類。ただし、その首謀者たるAIロボ、ハーランは宇宙に逃げてしまった。  その戦争から28年。彼らの逆襲が始まろうとしていた。  主人公はジェニファー・ロペス演じるAIの分析官アトラス。彼女の母親はAIと人間をリンクさせる神経リンクというデバイスを作った優秀なAI技術者だった。そしてハーランを作ったのも母親だった。見た目は人間そっくりなAIロボだった。  ある日、ハーランの部下である人形AIロボ、カスカが地球上で確保される。アトラスが尋問した

      • 愛によって為しうること

         日曜日の朝のNHKニュースで、映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』が取り上げられていた。プロモーションのために来日したこの映画のプロデューサー、息子のジギー・マーリーのインタビューを見ていてハッと思った。それは、愛についてのことである。  この時代にあってこの映画を作った意義はと問われて、ジギーは言う。  愛とは利他行動そのものだということ。  愛しているというのは、自分以外の誰かのためにこの身を捧げることだということ。  そういえば結婚式の時に誓ったはずだ。  

        • Netflix映画『終わらない週末』

           ニューヨーク・マンハッタンに程近いブロンクスのアパートメント。青く塗られた壁を背にヘッドボードが置かれたベッド。夫婦の寝室は広い。  夫が朝早くに物音で目を覚ますと、妻が衣類をスーツケースに詰めて旅支度をしている。その様子を見た夫はベッドの中から声を掛ける。  妻は、眠れなかったから、と言う。  そして、急に思い立って海辺の貸家を予約したから家族で旅に行こうと。いつ予約したのだと聞けば、今朝だという。  ネット時代は便利だが、妻の急な思いつきに突き合わされるのは困りものだ。

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        • エッセイ
          717本
        • 映画ラブ
          86本
        • 就活応援団
          22本
        • 建築士と創る家
          9本
        • 私の読後想
          20本
        • モノの語りべ
          78本

        記事

          日本には無い「社会」という概念

           長いものには巻かれろと言われるくらい、日本人は大きなものに従順で歯向かわない印象があるが、本当だろうか。どうせ何も変わらないから言っても無駄と思っているのではないだろうか。特段抗わない代わりに興味も無いということのようだ。それは諦めとも違って、ある種の無責任さなのかも知れないと思い始めている。  国のために、社会のために、人様のために、そして会社のためにと思っている人がどれだけいるだろうか。私の印象では、そうした思考を持っている人は極めて少ないように思える。利他思考とまで

          日本には無い「社会」という概念

          論理の逆立ち

           原因と結果を入れ違えた言い方をしてしまうことがある。そうした話を聞いてなるほどと思ってしまったこともあるはずだ。  例えば、キリンは高い所にある葉っぱを食べる為に頸が長くなった、というような話のことだ。実際は、頸が長いから高い所にある葉っぱを食べることが出来る、というだけのことだ。何故長くなったのかについては誰にも分からない。というか、理由は後付けにしかならない。  仕事の生産性が低いから世界的な競争力が無い、というのも同様。生産性というのは単位時間当たりのアウトプット

          持っている人は、持っている

           あるところにはあるもんだなぁと思うことが多い。そう、詐欺事件の報道がされる度に、そこに踊る金額が何十億円と報じられる。隠し持っている人が多いのか、はたまたなけなしの金を投じてしまって被害に遭ったのか。  詐欺事件にもいろいろあるが、傍から見れば何故そんなことで騙されるのか理解しがたいものが多い。そこは詐欺師たち、別に褒めたくはないが人間の心理を上手く操るのに長けているのだろう。  中でも投資詐欺。最近も逮捕者が出た。  絶対に儲かる手法を今日ここに集まっていただいた皆さん

          持っている人は、持っている

          偏見に満ちている

           私がここに書き残していることは、私の頭の中に自然発生した言葉たち。全てに裏付けがある訳ではない。だからきっと、偏見に満ちていると思った方が良い。すなわち私の勝手な思い込みや決めつけを綴っていることが多い。  普段の言動の全てにきっちりとした根拠があるなんて人はまずいないだろう。誰か高名な学者が言っていたなんていうのは何の根拠にもならないし、学術論文ですら決定的な根拠にはなり得ない。  そう、これは誤解している人が多そうだと常々思っている事がある。それは、学術論文に書かれた

          大学に対する考え方を見直したい

           これまではそれでも良かった、なんて言うとズルいと思われるだろうが、世界の中で日本の大学生の知能レベルがヤバいことになっているのを何とかしないといけない。  これは東大ですら世界29位であることを嘆いているのでは無く、およそ大学生と呼ばれる学生の卒業時の知能レベルか高校生と大差無い様に見えることに私が勝手に落胆しているのだ。  日本の場合、大学が仕事のためのスキルを身に付ける場所という考え方は無かった。コミュニケーションを磨き、人脈を作り、バイトで稼ぎ、そして大いに遊ぶ。社

          大学に対する考え方を見直したい

          映画『トランスフォーマー/ビースト覚醒』

           安心して見られる娯楽映画の要素を兼ね備えているザ・ハリウッド映画だ。すっかりシリーズ定着したトランスフォーマーの第七作。もはや車が変身してロボットになるということ自体が売りではなく、宇宙を舞台にした壮大な物語になっているのも、ここ最近の定番。  宇宙を舞台にした戦いがあり、カーチェイスがあり、仲間を助ける友情や家族の絆、子供の登場、約束を果たすことに、サクセスストーリーが存分に含まれている。それでいて人は誰も死なないどころか、怪我すらしない(というかあからさまに映されては

          映画『トランスフォーマー/ビースト覚醒』

          パーソナルスペース

           個人が持っている心理的な距離空間のことをパーソナルスペースというのは古くから知られている。他人にそれ以上近づいて欲しくない距離があるということだ。  パーソナルスペースの具体的な境界線距離はシチュエーションや相手によって異なり、最も遠い場合が全くの赤の他人しかいない公衆の場で、3メートルを超えると言われる。それよりも近いのが、例えば同じ学校、同じ会社、同じ地域などの場合で、1〜2メートル。気心がしれているとまでは言えないが、友達でも無いケースだ。ここまではある種の公的空間

          意識を解明しようとする脳科学の限界が気になる

           ある時から脳科学という言葉をよく耳にするようになった。今からすれば、かなり昔の話だ。それまでは人の心や意識の領域を扱うのは哲学や心理学、あるいは文学が定番だったが、そこに脳科学が参入してきた形に見えた。  脳科学は脳の機能全般を扱う学問だから心や意識だけにフォーカスしているとは限らないが、いずれにしても哲学や心理学よりも実験的、生化学的、数学的なアプローチを取るイメージがある。  脳科学の中でも、私の関心は意識の問題に集中している。私たちの持つこの意識はどんなメカニズムで

          意識を解明しようとする脳科学の限界が気になる

          仕事よりも、AIに奪われて困るもの

           AIが今後、人の生活や仕事にどんな影響を与えるかが話題だ。仕事が奪われるという話もある。しかしこれは少しおかしな感じがする。  AIはただのツール(道具)であって、人が便利になったり楽になったりするために使うものだ。もちろん、人力で畑を耕していた時代に耕運機が登場したら耕す仕事は無くなるが、それをもって仕事が奪われるとは言わないだろう。例えが悪いだろうか。だとすれば、それまで手加工だったものが工作機械の登場で職人の仕事が奪われたのか、というのはどうだろうか。奪われた人とそう

          仕事よりも、AIに奪われて困るもの

          映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』

           ジョン・ウィックシリーズの第4作。  まぁとくにかくドンパチやるだけの映画なので、内容はあまり期待しない方が良い。大して何も残らない割に長尺だから、時間が勿体ないという人は見ない方が良い。前作まで見ていて興味があるという人やキアヌ・リーブスが好きだという人までをも止めるつもりはない。  命を狙われるジョン・ウィックが世界を逃げ回り、それを狙う殺し屋達が追いかける構図に、少しだけドラマ要素を押し込めている。これでもかというほどに痛めつけられても大した怪我もせず死にもしないジ

          映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』

          収斂していく視野

           スマホは便利だ。  便利過ぎて、これが無かった時代には戻れないくらい。水道が無かった時代とスマホが無かった時代のどちらかを選ぶとしたら、と聞いたら、水道が無い方を選ぶ人が一定程度いるのではないだろうか。それほどスマホは手放せないもののように思える。  それでいて、歩く時も電車に乗り込む時も食事の時も、終始スマホ画面から目を離さない人を目にすると妙にイラつく。もっと周りを見なさい、と思ったりする。するときっとこう言うのだろう。見えてます、と。チラチラとテレビを見ながら調理し

          映画に浸る

           言うまでもなく、私が映画を見るのは情報を得るためでは無い。でも、これ、敢えて言った方が良い時代になっていそうな気がする。  映画だけは倍速再生をしたり飛ばしながらの視聴スタイルにこの前まで否定的だった人が、最近はそうでも無いと言い始めたりしているからだ。  ストーリー情報は倍速や飛ばし見することでは損なわれない。だから、どんな話なのかを追いかけるだけなら、2時間の映画を観るのに2時間費やすのは馬鹿らしいと思うだろう。とはいえ、ストーリー要約を読んだだけで映画見たと人に言う