生徒・学生のアルバイト

1.アルバイト実施率の推移

 大学生の生活は,①授業(勉強),②サークル,③アルバイトという3つの領分に分けられるのが一般的です。それぞれの比重は時代によって異なり,同世代の数%しか大学に行かなかった頃は①がメインでしたが,大学が大衆化してくると②や③の比重が高まってきます。

 大学進学率が50%を超えた「ユニバーサル」段階の現在では,③のウェイトが最も高い学生も少なくありません。普通の家庭,貧しい家庭の子も入ってきていますが,日本の大学の学費はバカ高で奨学金も貧弱ですので,そういう階層の学生はバイトをせざるを得ません。各大学が実施している学生生活調査の結果をみても,学生のアルバイト実施率は年々高まってきています。

 信頼のおける官庁統計からも,その様を浮き彫りにできます。『国勢調査』の労働力統計に「通学の傍ら仕事」と「通学」というカテゴリーがありますが,両者の合算が,何らかの学校に通っている学生です。このうち前者の割合が何%かが,学生のバイト率とみられます。フルタイムの仕事をしながら通っている社会人学生もいるでしょうが,20歳前後の学生の場合,ほぼ全員がバイト学生とみてよいでしょう。

 大学生の年齢の学生を取り出し,バイト実施率の推移をたどると以下のようになります。

バイトA

 バイト実施率は上昇の傾向にあります。1980年では11.4%でしたが,私が大学に入った1995年に2割を超え,直近の2015年では27.3%となっています。今年(2020年)は『国勢調査』の実施年ですが,おそらく3割を超えているのではないでしょうか。

 学生のバイト率が上がっている事情はいろいろ考えられます。まずは上述のように,大学進学率の高まりにより,学生の出身階層の裾野が広がっていることです。日本学生支援機構の『学生生活調査』(2016年度)によると,大学生の家庭の17.5%が年収400万円未満となっています。この層の学生は,バイトをせざるを得ないでしょう。

 2つは,家計が厳しくなっていること。家庭からの仕送りも減っていて,1995年では下宿学生の62.4%が月の仕送り10万円以上の「ウハウハ」君でしたが,2018年では28.4%まで下がっています(全国大学生協連合会『学生生活実態調査』)。代わって,仕送り5万円未満が23.0%にまで増えています。家賃と光熱費を払ったらおしまい,後は奨学金で凌ぐかバイトで稼ぐしかありません。

 あと一つは,昨今の人手不足で学生バイトへの需要が高まっていることでしょう。低賃金でバリバリ働いてくれる学生バイトは,どこでも大歓迎されます。生活のため,学生の側もたくさん稼ぎたい。両者の意向が見事にマッチしているのですが,学業に支障が及ぶブラックバイトの問題も出てきています。

2.バイトの目的の変化

 私は大学で教えていた時,5月のゴールデンウィークの予定を学生さんに尋ねていましたが,答えは「ずっとバイトです」が大半でした。ああ私の頃も,GWにバイトしてお金を貯め,夏休みに旅行とかに行く子が多かったなと思い,「お金貯めて,夏休みにどっか行くの」と訊くと「いいえ」と返されます。では何のために…?

 それはデータに語らせましょう。マンモス私大の日本大学が3年おきに学生生活実態調査をしているのですが,このデータが参考になります。この大学でもバイト実施率は上がっており,現在バイトをしていると答えた学生の率は1994年では46.8%だったのが,2006年では55.0%,2018年では66.6%とコンスタントに伸びています。

 その理由を複数回答で問うていますが,「生活費・食費のため」と「旅行・交際・レジャー費のため」の選択率の推移をグラフにすると,以下のようになります。

バイトB

 1994年では遊興費目当てが50%を超えていましたが,時代とともに率が下がり,代わって生活費稼ぎの理由の選択率が増えてきます。1997年では19.7%でしたが,2018年では42.5%と倍増です。

 今の学生のバイトは,遊ぶ金ではなく生活費稼ぎの性格が濃くなってきています。日本大学は「中の上」の私大で,全国の大学生をよく代表するサンプルのように思えますが,どうでしょうか。

 調査票をみると15の理由が提示されていますが,これら全部の選択率をみると,バイトの性格が様変わりしていることがクリアーに分かります。下表は,1994年から2018年の増分が大きい順に15の理由を並べたものです。

バイトC

 増分が大きいのは生活費・食費と授業料・勉学費で,逆に減少幅が大きいのは遊興費と耐久消費財購入費となっています。後者にはバイクや自動車等も含まれるでしょう。学生のバイトが切実なものになっていることがよく分かります。

 今の大学生の親はバブル世代ですが,人件費がかさむということでリストラの対象となっています。黒字の企業でも,容赦ない首切りが始まっています(黒字リストラ)。家計が逼迫し,ますますバイトに精を出さざるを得ない学生が増えてくるでしょう。私の世代の子ども(ロスジェネ・ジュニア)が大学に行く頃は,どうなっていることか…。

 実を言うと,国の基準にしたがって学生を真面目に勉強させるなら,彼らはバイトなんてするヒマはないのです。大学設置基準では,1単位の取得に45時間の学習が必要と定められています(授業時間含む)。半期2単位の授業の単位取得には,90時間の学習が求められます。このうち22.5時間(1.5時間×15回)は授業時間で,差し引き67.5時間の自習をしないといけません。この規定が厳格に適用されるなら,大学の図書館は常に満員になっているはずです。

 学生の生活苦が度々報じられ,大学教育が正常に機能していないという批判もあり,政府はようやく重い腰を上げました。低所得世帯の学生に返済義務のない奨学金を給付し,授業料も免除されることになりました。給付奨学金は既に始まり,授業料の実質無償化は今年度からスタートします。

 大きな前進ですが,低所得世帯の救済という性格が強く,中間層の学生の生活が楽になりそうにはありません(所得に応じて,授業料減免額の傾斜はつけられていますが)。公的教育費支出の対GDP比が低いことから,制度の拡充の余地はあるように思えますが,大学進学率が50%を超える現在,全学生に支援の幅を広げるとなると膨大な財源を要します。経営努力を怠り,教育機関として機能していない底辺私大を税金で救済することには,国民の理解も得られないでしょう。

 学生の生活困窮は,膨らみ過ぎた高等教育の構造上の問題でもあります。もっと「スリム化」していいのではないか。一定の要件を満たさない大学は上記の支援政策の対象外ですが,認定の審査を厳しくしてほしいと思います。思い切ってナタを振るっていい。財政的な支援が中途半端なまま大学進学が準義務化したら,それこそ大変です。とても出産はできないと,少子化がますます進むことになります。

 皆が大学に行く必要などありません。2022年度から成人年齢が18歳に下げられますが,これを機に高校卒業時点での自立をもっと促すべきだと思います。この点については後でも触れます。

3.貧困とバイトの相関

 段階を下がって,今度は高校生のアルバイトの話をします。私は18歳の時に鹿児島から上京しましたが,東京では高校生がバイトをしていることに驚きました。東京出身の学友に話を聞いても「高校の頃バイトした」という人が多く,びっくりしました。まあ親の庇護下ですので,遊ぶ金目当てだったようですが。

 しかし高校生でも,経済的理由でバイトをする子はいます。2008年のリーマンショックの頃から,学費や生活費を得るためにバイトに明け暮れる生徒,経済的理由で高校を中退する生徒の存在がクローズアップされてきました。

 これを受け,2010年度から高校無償化政策が施行され,公立高校の授業料が無償になりました。2014年度からは所得制限が付されましたが,浮いた財源で,低所得層に手厚い支援を行う形に変更されました。私立校の生徒の場合,家庭の収入に応じて給付金が増額され,生活保護世帯にあっては生活費も支給されることになりました。政策の効果はあったようで,経済的理由による高校中退者は,制度の施行前と比して大きく減ってきています。

 「高校は義務教育ではないのに,そこまでする必要があるのか」という声もありましたが,高校進学率が100%近い現在では,高校は国民の共通教育機関としての性格を強めています。この段階までの教育機会の「実質的平等」は,公的に保障しようという考えです。

 こういう状況の中,高校生の貧困とバイトの相関関係は薄れているように思えますが,実態はどうなのでしょう。2015年の『国勢調査』の労働力統計から,15~17歳の通学者のバイト率を出すと2.9%となります。東京は3.5%です。東京都内の地域差もあり,23区でみると,足立区の5.5%から千代田区の0.8%までの開きがあります。同じ大都市でもエリアによってかなり違い,地図に落とすと傾向性もみられるのです。

バイトD

 都内23区の高校生のバイト率マップです。城東エリアで高く,西部では相対的に低くなっています。下町と山の手の差といえましょうか。ほんの数%の微差で塗り分けた結果ですが,明瞭な分断がみられることに驚きです。

 土地勘のある人はお分かりでしょうが,高校生のバイト率は,各区の住民の経済力と相関しています。核家族世帯の年収中央値を横軸,高校生のバイト率(上図)を縦軸にとった座標上に,23区を配置した相関図にすると以下のようです。

バイトE

 年収が高い区ほど,高校生のバイト率が低い傾向にあります。右下がりのマイナスの相関関係です。相関係数は-0.7587にもなり,1%水準で有意と判定されます。因果関係かは定かでないですが,貧困とバイトの相関のマクロ表現といってよいでしょう。

 お金がないならバイトして稼ぐのは,しごく当然のこと。身も蓋もない言い方をするなら,貧乏な家の子が多少の苦労を強いられるのは致し方ありません。ただそれは,学業に支障が出ないことという条件においてです。過重なバイトで疲弊し,授業中突っ伏した生活になってしまうのは,教育を受ける権利を侵害されていることに他なりません。ブラックバイトが問題化していますが,それに絡めとられて辛い思いをしている生徒もいるでしょう。

 女子生徒の場合,バイト先でよからぬ出会いがあり,性犯罪被害や若年出産に至ってしまうリスクもあるでしょう。私は前に,都内23区の若年出産マップを作ったことがあるのですが,その模様は上記のバイト率マップと酷似しています(拙稿「若年出産-教育の果たす役割は」『ウィラーン』日本女性学習財団,2019年5月号)。

 高校生のバイト率が高い地域では,生徒の生活実態調査をマメに実施してほしいと思います。バイトしている生徒とそうでない生徒で,成績の低下や生活の乱れ等に有意差が出ていないか。そういうデータが出てきたら,支援のさらなる拡充を求めるエビデンスとなります。

 女子生徒のバイトの話が出ましたが,高校生のバイト率にはジェンダー差があります。2016年の総務省『社会生活基本調査』によると,調査対象の平日に仕事をした高校生の割合は,男子で7.0%,女子で8.9%です。ほんの微差ですが,家庭の年収別に男女のバイト実施率を出してみると,驚くべき傾向が出てきます。

バイトF

 10月の平日1日をピックアップして調べた結果ですので,偶然も働いたためか,家庭の年収とのリニアな相関関係はありません。男子では,年収300万未満の家庭のバイト実施率が最も低くなっています(2.9%)。上述のような公的支援の恩恵を受けているためでしょうか。

 しかし女子にあっては,同じ階層のバイト率が飛び抜けて高くなっています(30.3%!)。同じ貧困層であっても,男子と女子ではえらい違いです。

 これは高校生のデータですが,貧困家庭の女子の場合,大学進学を早々に諦める「自己選抜」が作用してしまうのかもしれません。自己選抜(self selection)とは教育社会学の用語で,自分の将来を勝手に見限ってしまうことを言います。

 経済的に余裕のない家庭では,男子と女子とで,親から向けられる教育期待が大きく異なるでしょう(男子は無理をしてでも大学に行かせたいが,女子は行かせられない…)。当人がそれを受け入れた結果が自己選抜で,勉強はほどほどにし,アルバイトに精を出すようになると。男子はというと,逆境をバネにして頑張ろうというインセンティブになるのかもしれません。

 自己選抜が女子生徒の才能の浪費,果てはブラックバイトや性被害につながっているとしたら問題です。これはメンタルに関わることなので,経済的支援だけでは不十分でしょう。お金がなくても大学等に進学する方法は色々あることを伝え,将来に蓋をしている認知の歪みを正すなど,血の通ったコミュニケーションが求められます。

 高校生のバイトの統計から,貧困と同時にジェンダーの闇が見えてくることも,気に留めていただければと思います。

4.生徒のバイトの国際比較

 ここまでお読みになって,「バイトはいけないことなのか,青少年が額に汗して働くのは可哀想なことなのか」と思われたかもしれません。外国の人にすれば「日本の生徒のバイト率なんて全然低い,自分の国では10代後半にもなればバイトしている子はたくさんいるよ」っていう感想しか出てこないでしょう。

 OECDの国際学力調査「PISA 2015」によると,15歳生徒のバイト実施率は,アメリカが30.4%,イギリスが23.1%,ドイツが17.9%,フランスが14.2%となっています。調査日の前日に賃労働をした生徒の比率です。

 日本は8.1%と57か国では下から2番目で,最も低いのは韓国の5.9%です。受験競争が激しいので,切羽詰まった事情がない限り高校生はバイトなんてしません。そもそもバイトを禁止している学校も多し。ゆえに日本では,高校生のバイトは貧困との関連で語られがちです。

 しかし諸外国は違っていて,アメリカでは家が裕福であっても,バイトをして遊興費や大学進学の費用を自分で稼ぐ生徒が結構います。親にすれば,わが子に社会経験を積ませる目論見があるようです。

 バイト率の階層差を国ごとにみると,それはよく分かります。「PISA 2015」の結果レポート(第3巻)では,15歳生徒を社会階層スコアで4つのグループに分け,バイト実施率を出しています。社会階層スコアとは,家庭の収入,両親の学歴,所持品等の変数をもとに構成した尺度です。

 このスコアが下位4分の1未満を下層,上位4分の1以上の上層とし,バイトの実施率を比べてみます。下のグラフは,日本を含む8か国のデータです。

バイトG

 日本は下層が13.7%,上層が3.9%と階層差が大きくなっています。15歳というステージでは,経済的理由によるバイトが大半であるようです。

 欧米では家庭環境に関係なくバイトの実施率が高くなっています。イギリスやスウェーデンは階層差がなく,ノルウェーでは貧困層より富裕層の生徒のほうがバイトしています。日本とは,バイトの意味合いがかなり異なるようです。自立への道程とみなされているのでしょう。

 近年,行先に海外を選ぶ学校が増えていることもあってか,高校の修学旅行の費用が高騰しています。私立では12万円,公立でも9万円ほどです(文科省『子供の学習費調査』2018年度)。経済的理由で参加できない生徒もおり,親や教師にすれば実に忍びない。義務教育の中学校までなら,困窮家庭の修学旅行費は就学援助で支給されるのですが,高校ではそうはいきません。そこで「社会勉強も兼ね,修学旅行の費用を自分で稼がせてください」と,保護者に提案する高校もあるそうです(『AREA』2019年12月2日号)。

 突飛な提案に聞こえるかもしれませんが,諸外国ではすんなり受け入れられると思われます。当然のことであると。

 キャリア教育の一環として,今の高校では就業体験が推奨されています。専門学科のみならず,普通科でもです。目的が明確な一定期間のバイトをもって,単位認定してもいいのではないでしょうか。選挙権の付与年齢が18歳に下がり,2022年度から成人年齢が18歳に下げられます。高校の段階において,社会との接点をもっと増やしてもよいでしょう。

 長々と書いてきましたが,最初のほうでは「生活費稼ぎのバイトが増えている,問題だ」と書き,最後になって「社会経験のバイトを推奨すべき」みたいなことを主張しました。一体,お前はどういう考えなのかと,問い詰められるかもしれません。

 言わずもがな,「バイトは控えさせるべきか,それとも推奨すべきか」という二者択一の問いはナンセンスです。日本の生徒・学生の間では,学業に支障が出るまでの(ブラック)バイトが蔓延ると同時に,高校生のステージでは社会から隔離されすぎている,という2つの問題が同時に存在しています。

 私が言いたいのは,学業に支障が出るまでの児童労働は社会の力で排除されねばならないが,貧困対策の文脈を強調するあまり「働くこと=哀れ」というイメージを定着させてはならない,ということです。

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