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木漏れ日を躱し裾は振れる

何かにつけて言葉にしたがっていた。

思い出す。

「言わぬが花」といえども私は、
その花すらどんな花であったのかを言葉にしたがっていた。


花も、言の葉も同じ水を飲んで育ってるんだからいいと思う、と私はあなたに話した。


するとあなたは、

微笑ほほえみながら共感した様子で、
土を一度ほぐしてあげるといいわよ、
と教えてくれた。

それはまるで雨水のごとき私の言葉をぜんぶ吸ってくれるあなたが、
あなた自身の秘密を教えてくれているみたいだった。

でも、私の育て咲かせたものたちは全部、
せいぜい直径5寸程度の鉢の中での彩りだった。


言われた通りほぐしてみたはいいものの、
鉢の中で育つ私の心は、私自身の言葉を受け止めることで精一杯のまま、花を咲かせようとしていたから、


誰の“言葉”もそれ以上飲み込めなかった。


鉢の底穴そこあなから古い私の言葉を落としていくしかなくて、
それでやっと、時間がかかって溢れんばかりの言葉を飲み込むことができていた。


あなたはゆくとこゆくとこの大地に暮らし、
ゆくとこゆくとこに根を張る花を咲かせていた。


あなたの咲かせる自然のままを授かり育った花は、
優しかった。草は瑞々みずみずしかった。

心和む彩りと、
ふと嗅いだ誰もがその在処を求めたくなるような香りを発していた。



私の飾りつくろって、他を拒み受け入れなかった、
私だけの情で育った言葉の何百、何千倍も優しく、
美しい花が咲いていた。


羨望ではない。


拙くも精一杯紡いできたから、
今まで育て、束ね、捧げてきた花束には本当に忍びないが、

私の言葉はその時まだまだだったと思う。


私は知らないことだらけだったと思う。

それを頑張って繕えるような言葉で探し求めていただけだったと思う。


葉を枯らさないように必死にもなっていた。



あなたの土は、
今までその土の上に落ちた何十億もの落ち葉によってできていて、
何億もの感情を含んで降り注いできた雨によって潤っていた。


私は脳の数少ない記憶を散乱させ、
今日一日の現実を心に刻む。


現実は痛いから、大きな大きな言の葉で包んでおく。


そんな私をみてみんなは、
もう救いようのないロマンチストだと言った。

ロマンチストならまだしも、救いようがないらしい。


そうしてとうとう私は、葉を刻みに刻み、
心に裂傷れっしょうを加える現実が耐えきれなくなりそうで、


あなたに助けを乞うた。


「私のも、あなたの土に植えさせてもらえないか。」


直径五寸の抱えきれず、誰の言葉も、涙も、
溢れ零してしまう世界から連れ出してほしいと。


そうして私はあなたの今まで踏みほぐした地を追いかけるように旅をした。



そのとき、その地に種をまいた。


やがてそれは芽を出した。

小さな葉が優しい光を浴び、さらに葉をつけていく。

あなたが包み込むような優しい土の上、
溢れる陽光と雨水をたくさん吸い込んで育っていく。


幼かった茎はやがて幹となり、
根は深くまで張っていった。


ある日、
揺れる葉が空からの線をずらすようにして、

幹に近づき、歩いていくあなたに向けて光を飛ばした。


光をうけた白いワンピースの裾は、ほんのり夕日色を含んだと思えば、すぐに歩みとともにその光をかわし、
そよ風とともに流れていった。

開きかけの白いつぼみが夕日に舞ったようだった。

そんなことを思い出した。

40年後の今
私たちは白い花を咲かせたそのモクレンの木陰に腰をおろし、

ここまでの人生で本当に数え切れないほど感じた、
“自然への愛”とともに言葉を綴った。

優しく、美しかった。

それは自然のままに紡がれた、
あなたへの愛と感謝だった。

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