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物語

8
中途半端な話
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紙ひこうき雲

紙ひこうき雲

いいところ連れてってあげる。
私のお気に入りの場所なの。

そう得意げにいっていたあなたは、
1年前先に逝った。



この街を一望できる、小高い丘。

その丘の上に、さらに塔みたいな高さの場所。
大きい筋斗雲の形をしたオブジェが聳えたっている。

ジグザグと階段を登った先は本当に空が開けていた。

夏の終わり。夕暮れどき。

ひぐらしの鳴くこえが一定の間隔できこえる。

暑さを運び去ってくれる

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お互いに忘れましょう

お互いに忘れましょう

「クコの実か。」

ベッドの上で、
寢る前に調べたその名前を目にして、
ふと呟いた。

2日前に泊まった旅館で食べた懐石料理の最後に、
水物(デザートてきなもの)として出てきた能登ミルク杏仁豆腐。

それを食べながらあなたが聞いてきた。
「この赤い実なんだっけ。聞けば思い出すはずなんだけど…!さくらんぼじゃないときこれだよね。」

そのときはなんだっけねって2人で頭を傾けながら、答えは出ず、
とり

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「望」の月を傾けた王子さま

「望」の月を傾けた王子さま

僕にはどうすることもできなかった。

この痛ましい光景も、悲しい叫び声も、息を止めたくなるような耐え難い匂いも。

立ち尽くすばかり。

前に一歩踏み出そうにも、裸足で。
飛び散った硝子の破片が辺り一面にきらきらとしていた。

あぁ。空が飛べたら。

月明かりに照らされたガラス片。
空も地も光り輝き、そこはまるで宇宙だった。

この月は東の線から登りはじめて、
今ちょうど僕の脳天に垂直な光を刺して

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彼にとっての設計図

彼は昼に起きてそこから、
やらなきゃいけないことが山ほどとあるけど、
今日もギターばっかりやってしまっていた。

彼はどうしても届けたいと思ったから。
でも今日は納得のいくものができなかったらしい。

結局何も生まれずにおわった。

きっとその日、
惰性で浸かった湯船で自分に言い聞かせていただろう。

お前はミュージシャンでもないのに。

でもギターを抱えて歌うことは彼なりの、
一種の感情表現だっ

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寒いねっていえること

今日も散歩に、空気を感じに、空を見に、宇宙に近づきに行こうということだ。

自分のポケットに入れたカイロをお花が咲いたみたいに開かれた手に渡した。

昨日と同じ噴水の横のベンチに腰を下ろした。
水は出ていない、音もしない噴水。

しばらくの間座りながら
昨日と同じように空を見上げながら、
空間に抱かれた。

たまにする取り留めもない会話も愛おしく、
そして沈黙、静寂が何よりも私は愛おしく感じる。

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自由、責任。愛、世界。

僕は思った。
自身の生の自由、世界への愛と責任感が君をしばりつけているのではないかって。

しばりつけているというよりも、君はきっと両方から今、手を引っ張られている。人気者かな。

他の人からその程度かと思われるのは、きっと君にとってはただのその人たちから浮かぶ感情ではなくて、自分が背負うと覚悟した世界への代弁の声だと受け取ってしまうから、だから自分のことも嫌いになってしまうのではないか。

そし

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しらす丼

クライアントの会社を後にした麦子は足早に事務所に戻り、自分のデスクで書類を漁った。

あった。 これだ。
と冷静になり、その書類を見つめる。
何かを頭に入れたような素振りをした後、麦子はその書類が誰にもみられないようにとシュレッダーにかけた。

これで一安心とばかりに一息ついた。

廊下ですれ違った上司には愛想よく振る舞い、「お先に失礼します」の一言を添えて会釈し、去っていた。

夜風が涼

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いしつみ

いしつみ

石を選びます。焦っていて、まだ力もないあなたは片手で持てる大きな石を手にします。
それを土台にしました。焦っているあなたは、限られた大きさの土台にのせる石を選びます。
これよりも大きいのには相当のバランス感覚がないと大変です。あなたはそんなに強い精神力がないのでひと回り小さな石を持ちました。

これをたったの数回繰り返しただけであなたはもう限界です。

ほら顔を上げて。今、あなたの目の前に僕が立

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