【いなフリ回顧録】②「優しさ」とは相手目線に立つこと

毎日更新すると言いながら、早くも出来ていないぐっさんです。

出来もしないことは言うんじゃないよ、と叱ってください。


今回はいなフリの回顧録、ということで高さんの分析で腹落ちした「優しさ」が無かったことについて書きます。

ハッキリ言いますが、言い訳にしか捉えられないと思いますので悪しからず。

問題のnoteを削除した件

以前、どちらかと言うと「外向き(箕輪編集室メンバー向け)」に3本のnoteを書きましたが、一方で友人からたくさんのお叱りを受けました。

当時は割と正当化してて、「もういいんだよ」と言っていましたが、、、

全くそんなことはなくて。

あの記事はどう見ても、「受け手のことを何も考えていない自己満足」でしかないと、ここにきてようやく気付きました、、、

今更詫びてもしょうがないですが、不快な思いをさせてしまった関係者各位には大変申し訳ない気持ちです。

それと同時に、案外人に見られてんだなということも分かったので、これからは改めて精進します。


優しさが無いの真意

明らかに、「他人の目線に立てない」ことこそ、「優しさが無い」ことであると実感しております。

以前にも書きましたが、他人に期待しすぎて自分で自分の首を絞めることになった経験を死ぬほどしてきました。

理由として考えられるのは、圧倒的に「相手の目線に立てない」から。

表面上は、どことなく優しさが出ているかもしれませんが、どこか「こうなるはず」という期待を自分で勝手にしていたわけで。

で、勝手に失望して。を繰り返す。

よく考えれば、今まで人間関係がうまくいかなかったのは、それが原因なのかも、、、と思う次第です。

ただ、勘違いしてほしくないのは「僕と今まで関わってくれた人たちは誰一人として悪くない」ことです。

そんな自分にすら勝手に期待して、上手くいかなくてイラつくこともたくさんあった。

優しさの欠如は、「誰か」だけじゃなくて「自分」にもあったなあと、改めて思います。

「思ったことを言うのが正義だ!!」ではなく、TPO考えようね、ということですね。(これも前から言われてたことだけど)

「わざわざいなフリで学ぶことではないだろ(笑)」と突っ込まれそうですが、今まで関わってくれたたくさんの人たちと一旦離れてみて思うことはたくさんあって。

全員が他人であることには変わりないのですが、今の僕があるのはもれなく皆さんのお陰なので、今までの時間を大切にするためにも、これからの時間も大切にしようと思いましたね、、、


相手目線に立てないと、仕事なんてできない。

そんな僕なので、クライアントワークも結構難しく感じました。

クライアントワークは、相手目線に立てないと提案が通らない。

というより、提案が出来ない。

今まで、「相手目線」というものを本質的に理解出来てなかったせいですが。

上に同じです。

僕は自分の感情を最優先する人間なので、ホント苦手でしたが、、、

今となっては、「苦手とか言うとる場合やないやんけ」です。


優しく生きる

改めて問題のnoteを読んでくれた関係者各位の皆様には申し訳ないと思っています。

変な話ですが、これからは自他に優しく、愛を持って生きていきたいと思っています。

では!!

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