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【エッセイ】いつか提灯みたいな文筆家になるのさ

 往々にして、ものの価値は歴史で決まる。飲食店は「老舗」とつくだけでなんだか美味しそうだし、ブランドは創業年数が多い方が説得力がある。伝統芸能の落語ともなればその傾向はより強く、長きに渡って芸を磨き続けた人間が古典落語を演じることこそ正道なのである。若者の新作落語などというものは独りよがりの邪道で、ボイラー室で鼠にでも聞かせておけとまで言われる有様らしい。

 という新作落語の世知辛い惨状を、三遊亭白鳥師匠の落語「富Q」に聞いている。

 三遊亭白鳥師匠は落語協会所属の落語家で、「白鳥落語」と呼ばれる新作落語を中心に活動しているらしい。因みに、出囃子は「白鳥の湖」、古典バレエ音楽の代表作だ。なるほど分かりやすく「白鳥」だが、新作落語を主戦場にする人にしては歴史のある音楽を選んだものだなぁ……、否、逆に新しいのだろうか?
 演目「富Q」は、古典落語「富九」の現代改変版だ。

 以下、「富Q」のネタバレを若干含みます。ベースが古典落語なので、ネタバレも何もないだろうとも思うのですが、ネタバレやだよーという各位、落語聞いてみたいなーという各位におかれましては是非、三遊亭白鳥師匠の高座を聞いてから先へ進むことをお勧めいたします。めっちゃ面白いですよ。

 舞台は昭和の東京池袋。主人公、金銀亭Q蔵は売れない新作落語家である。「実体験と古典落語のシンクロするということがあったので、古典落語を改作した作品を語ります」という導入から察するに、主人公のモデルは白鳥師匠本人なのだろう。
 金銀亭Q蔵は折あるごとに、新作落語家ならではの恨み言を吐く。新作落語は売れない、寄席に出ることができない、新作落語などというものは古典落語ができない人間がやるものだ、そういう台詞を浴びせられた経験を、たまに「コイツに言われたんだ!」と名指ししつつ並べてゆく。果ては「古典できるのがそんなに偉いのかヨォ~~~~!」とおいおい泣いたりする。

 この文脈で高倉は若干狼狽している。あの、えっと、高倉は最近落語に手を出したばかりで界隈のことをよく知らないんですが、新作落語って、そんなに立場の弱いものなんですか……?
 そもそも高倉、「古典落語」「新作落語」という区分があることを最近まで知らなかった。なんでも、江戸から明治の時代作られた落語を「古典落語」、大正以降に作られた落語を「新作落語」と呼ぶらしい。大正時代の物語が「新作」扱いになるなんて、落語界隈くらいじゃないだろうか。古典落語を正として新作落語を邪険にすると言うことは、界隈は落語を積極的に過去のものにしたがっているということなのだろうか。

 これは立川しらく師匠の「文七元結」を聞いた時にも思ったことなのだが、高倉は古典落語が少々苦手かもしれない。落語は演者によって色が違うし、時代や客によって細部を整えたりもきっとするのだろうけれど、土台にした古い価値観はなかなか拭い去れないようで、滲み出るそれがどうにも辛くて苦しい。「いやそれは駄目だろ」と突っ込みたくなってしまう。
 新作落語ならそんなことは無いんじゃないか、とちょっと期待している。流石に大正時代以降の物語で、旦那が妻の身ぐるみを剥ぐなどという暴挙が日常風景のように描かれることはあるまい。

 「富Q」は古典落語を改作したものだが、流石は新作落語を得意とする三遊亭白鳥師匠ということか、全然古さを感じなかった。アレンジがあまりにもうまい。そして語りがやっぱりうまい。火事のシーンなんて特に凄かった。木造の安アパートがごうごうと燃える有様と、自室が黒紋付ごと燃えていくのを嘆く落語家、そして「もーえろよもえろーよー貧乏人よーもえろー」と肩を組んで歌う野次馬の様子が臨場感をもって目に浮かぶ。高倉もこんな地の文を書きたいものだ。
 そして三遊亭白鳥師匠。古典至上主義などクソ喰らえ!!!!と言わんばかりに荒れて泣いて腐っていたらしい白鳥師匠が、改作した古典落語で高座に上がっているところに趣深いものを感じる。古典を許すことができたのか、自分にしかできない古典を見つけたのか、はたまたもっと俗っぽい動機なのか、その道筋にも興味がある。「富Q」、今まで聞いた落語の中で一番好きかもしれない。

 ところで高倉は落語を聴きつつ、あわよくば落語を書きたいと目論んでいる。高倉が書くのは、つまるところ新作落語だ。
 人を笑わせる噺なんてそう簡単に書ける筈がなく、落語をちょろっと触っただけの高倉なんぞが落語を語るのは烏滸がましい。しかし新作落語が内容に関わらず下に見られるというのは、なんかすっごい悔しい。どんな業界であれ、新しいものを生み出さんとしている人がこんな罵詈雑言を浴びて良い筈がない。
 「富Q」で語られる新作落語ディスに「なんだこの野郎……ぜってー笑わせてやるからな首洗って待っとけ……」と息を巻き巻き、ネタ帳とペンを取る。



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