カモメ

体験をもとにした詩・文章・短編を書いていきたいと思います。 よろしくお願いします。 …

カモメ

体験をもとにした詩・文章・短編を書いていきたいと思います。 よろしくお願いします。 ペンネームの由来となったエピソードを固定記事にして書き始めました。 m(_ _)m ちょっと不思議系の話が多くなると思います。 ^_^

マガジン

  • 真夜中の太陽

    エッセイでは語れない内容を小説にしました。 短編小説としてお読みいただければ幸いです。

最近の記事

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リアル・マジック

 結婚記念日に、伴侶と浜名湖へ旅行に行った。宿泊したホテルで久しぶりにトランプをした。いろいろやった。ポーカー、七並べ、スピード、ババ抜き・・・まあ、二人なので、盛り上がるっていうより、暇つぶし的な感じだったけど、お互いにスマホみて過ごすよりは、和やかに暇つぶしができたと思う。  最後に、「神経衰弱」をやろうと言った。いままでだったら、伴侶は「やらない」というのが常だった。記憶力に関しては、若干私の方に分があるので、いつも私が勝つから、いつ頃からか「やらない。」というのが定

    • 蚊に刺される

       そろそろ暑くなってくると、蚊に注意が必要になって来る。 ちかくの神社に行って、知らいなうちにやぶ蚊に刺されてしまった。  TVで知った情報だけれど、蚊って血を吸うときに、吸いやすくするために、血をさらさらにする液を出してから、吸うらしい。その液には痒み(かゆみ)成分含まれるらしい。だから、最後まで、蚊が十分に血をすったら、蚊は、自分が出した液(痒み成分も)もすべて吸収するから、吸われた箇所が腫れたとしても、かゆみは残らないらしい。  知り合いの子で、実際にそれを実験した

      • あれは大きな月だった!

         人生の中でいくつか忘れられない光景ってものがある。  あれは一体なんだったのか。  幻だったのか。  そんな光景の一つや二つ、みんな持っていると思う。  私にもそういった光景がある。  それは私が中学生だった頃見たものだった。  中学生だった私は、その時宿題か何かをしていた。  家は小高い丘の上に位置していた。自分の部屋は2階に在り、ベランダがついていた。ベランダからの景色は街が一望できた。その街の向こうは港だった。街と港の夜景が綺麗に見える部屋だった。  夜の9時は回っ

        • 光音針(ことのは)

          まえがき  この話は「白銀の太玉」の続きの話になります。  2007年私は不思議な白昼夢「白銀の太玉」を見て、能登の気多神社に導かれた。そこの近くの池で祝詞をあげて、個人的に神事を行った。  気多大社の神事は、大国主命もさることながら事代主命にも大いに関係があったようだ。気多大社は、主に事代主命のいたところで、子の事代主命だったからこそ、大国主命を丁寧に祀っていたのだ、と後から聞いた。なるほど、と納得した。 しかし、神事と言っても、あくまでも個人的な神事で、それが現実世界に

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        リアル・マジック

        マガジン

        • 真夜中の太陽
          2本

        記事

          白銀の太玉

          記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている。     村上春樹「午後の最後の芝生」 はじめに  エッセイでは語れない内容を小説として、事実を損なうことなく、少し脚色して、私の半生の体験を紡いでいきたいと思います。  読み物として、楽しんでいただければ幸いです。 能登の姫  2023年の大晦日に、2024年の新年を迎える火を家の庭で、焚いていた。 二年前にアマゾンで買ったソロ・ストーブで剪定した庭木を燃やしていたのだ。大晦日のその日は実に変な天気だ

          白銀の太玉

          九州旅行

          「指宿の砂風呂はいりたいなぁ。」  母が突然言い出した。  父と一緒に10年ほどまえ、屋久島旅行の帰りに寄った、砂風呂の経験が忘れられないらしく、もう一度行ってみたいということだった。その時、体中の血液がグルグル回っているのを感じたらしい。父はその時、屋久島の登山中に怪我をしたので、入らなかったという。  「高千穂峡も行ってみたい!」  「指宿と高千穂峡はかなり離れとるよ。」  「そう。でも、行ってみたい!綺麗な写真取れそう。」 母は、インスタグラムに綺麗な写

          九州旅行

          ペガサス

           いつだったか。自分の子がまだ、幼かった頃、抱っこしながら、 「どこからきたの?」と聞いたことがあった。子どもがしゃべり始めた頃だった。  すると、 「ペガサス」と言って、空を指さした。  でも、指さした先はコンクリートだった。ちょうど歩道用のトンネルをくぐっていたところだった。たぶん、地域の花火大会かなんかの帰りだった。  その後、大きくなると本人はまったくそのことを覚えてもいない。 「7歳までは神の内」って言うから、その頃までの記憶は前世に繋がっているのかもしれない

          ペガサス

          旅立ち

           「やはり、霊的理想を立てることが大事だなぁ!」  そう思ったのは、YouTubeで「人生を好転させる「理想」の定め方:日本エドガーケイシーセンター会長 光田秀 先生へインタビュー①」という動画を見てからだった。  「霊的理想」は、自分の内面と向き合って、魂の声を聞きとって、設定していくもの。  他者と比べる必要は全くないので、競争社会の、この世的な目標設定とは自ずから異なる。また、個々の性格環境も才能も生活も異なるので、他者と競合することは全くない。自分の霊格をいかに向

          吉野如意輪寺

          かえらじと かねておもえば 梓弓(あずさゆみ) なき数(かず)に入る 名をぞとどむる  楠木正行(まさつら)(楠木正成の長男)の辞世の句の説明書が、吉野の如意輪寺の山門の戸口に立てかけあった。  「これから死んで、亡き人の仲間入りをする、ここに名前を刻んでおこう」ということだろう、「梓弓」というのは調べてみると、当時巫女たちが神霊を呼ぶのに使った神具のようだ。また弓は魔を払う意味がある。「弓のように魔をはらい、真っ直ぐに神霊界へ飛んでいく」というイメージもこの句にはついて

          吉野如意輪寺

          ガキ大将のいたずら

          「アハハハ!」  母が久しぶりに、声をあげて大笑いした。  ガキ大将だった頃の、坊主頭に鼻水を垂れ流した少年だった父の、小さな白黒写真。  その写真は実際にあるものではなく、母の脳裏に焼き付いたものだった。  「それを見たときは大笑いしたわ」と言って、また大笑いした。笑いすぎて、少し涙をながすほどだった。久しぶりの、笑いの涙だった。  その写真が見つかれば、私も見てみたいと思った。  父は、ガキ大将だった、と私は祖母から聞いていた。いじめっ子だったらしく、問題を起こし

          ガキ大将のいたずら