句:フカソ

 ネットスラングにおけるフカソとは、『安全圏』『勝ち組人生』などの立場や、そこにいる人(原則的に女性)のこと。
 危機意識・問題意識を欠いた言動に対する批判として用いられ、『平和ボケ』や『お花畑思考』などの揶揄と近いニュアンスを持つ。

 本稿は、『最近みかけるフカソって何?』という方を対象に、上の意味での “フカソ” について概説する。
(これ以外に、『SEKAI NO OWARI のFukase氏に対する愛称』や『"闇深案件" の類語』と思しき用例も幾つか見つかったが、本稿の主題ではない)

◆意味・使われ方

 フカソという略語の代表的な使用例は、性暴力・性犯罪など女性の安全に関わるイシューに見られる。

使われることの多い話題

〇例1:セックスワーク・イズ・ワークの文脈
 セックスワーク・イズ・ワーク論とは、『性産業を非合法とすべきではない、合法的な業であるべき』との主張である。
 これに対して、そんな主張をできるのは──

  • セックスワークに就かなくても生きていける勝ち組だからだ

  • セックスワークに従事する危険を正しく知らないからだ

  • あるいはそういった危険に晒されない安全圏にいるからだ

といった批判が向けられることがある。
 この際にフカソという言葉が用いられていれば、それは『勝ち組』や『俗世を知らずに生きていける立場』や『安全圏』のことだと理解すれば大意は掴めるだろう。

〇例2:女性スペースの安全に関する文脈
 トランスジェンダリズムないしセルフID論は、『自身の法的・社会的性別は(身体よりも)性自認に依って決められるべき』との主張である。仮にこの考え方に従うなら、『自身を女性だと認識している人は、どんな身体の持ち主であれ、女性用トイレ・公衆浴場の女湯・女子刑務所などに入って良い』ということになってしまう。
 こういった主張やそれを支持する人に対しても、

  • 日々危険に晒されていれば、数少ない安全圏が脅かされることを認められるはずがない

  • 自分だけは大丈夫だとでも思っているのか

といった批判が寄せられ、ここでも上記と似た意図でフカソという語句が用いられる。

典型的な主体と対象

 上の例で示した通り、『フカソ』の用例には共通の前提意識がある。

  • この語の使用者は自身のことを、『危険や恐怖をよく理解している者』と位置付けている(一般の女性/その代弁者)

  • この語の使用者は指示対象のことを、『危険や恐怖を理解していない/過小評価している者』と位置付けている(政治家や大学教授など)

 つまりフカソは自称するような属性ではないし、自称している用例も見当たらなかった。
 また、指示対象は女性であることが多い。少なくとも発端と思われる用例では女性を示していた(と筆者は理解している)。


◆(おそらく)原初のフカソ

 『フカソ』は、どうやらフカ●●フカのファ』の略語である。
 筆者が遡れた限りでは、次の記事内の発言が語源と思しい。

堀さんは「イス取りゲームのような社会のあり方、その構造について考えていきたい」と語る。
「強い者が富を独占し、弱い者は自己責任と言われ、生きづらさから抜けられない構造が現実にあります。ふかふかのソファに座っている人と、ブルーシートに座っている人との間にあまりにも差がある。
今回のフェミニズムのトランス排除の問題は、今まで女性が受けてきた差別の問題と深く関わっています。だからこそ『誰かを蹴落として、自分はふかふかのソファーに座っている、そんな社会は間違っている』と私は思うんです。

同性婚訴訟、ゲイ初の国会議員、トランス女性排除、SOGIハラ防止指針、2019年LGBTをめぐる社会の変化は - huffingtonpost.jp

 引用文中の “堀さん” こと堀あきこ氏(Twitter:@horry_a)について、上の記事では次のように紹介している。

インターネット上のトランスジェンダー女性排除に対して、「#ともにあるためのフェミニズム」を掲げ問題を提起した視覚文化、ジェンダー・セクシュアリティ研究者の堀あきこさん。

同上

 記事内の “ふかふかのソファ” について、引用部だけを抜き出すと、『社会的強者』の比喩メタファと読めなくもない……が、記事全体の趣旨と当時の文脈を踏まえると、『(トランスを排除する)女性』と解するべきように思われる。
(一部には堀氏個人を指したような用例も散見された。それも現在の語用に繋がる源かも知れないが、現在において『フカソ=堀氏』ではないので、ひとまず本稿では脇に置く)

当時の記録(2018~2019年)

 2年以上昔のことなので、記憶に頼らず文書としてその頃の文脈を書き留めておこう。

 筆者の視点から重要と思われる点を抜き出しておく。

〇お茶の水大学の姿勢
 性同一性障害特例法に基づく戸籍変更は必要とされない。

お茶の水女子大学では、自身の性自認にもとづき、女子大学で学ぶことを希望する人(戸籍上男性であっても性自認が女性であるトランスジェンダー学生)を受入れることを決定しました。

トランスジェンダー学生の受入れについて - ocha.ac.jp

〇堀氏による当時の情勢認識
(これは堀氏がどうこうというより、後から『そんなことを主張したフェミニストは居ない』などの歴史修正が行われることを警戒しての記録)

 トランス女性が女性トイレを使用することに対する不安は、これまで女性差別や性暴力を受けてきた経験、恐怖から出された声でした。そして、声をあげた女性の多くはフェミニストであることを公言していました
〔…〕
 今回、トランス女性に対する排除の言葉がフェミニストの間から生まれたことは事実です。ですので、フェミニズムについて、少し考えをまとめたいと思います。

トランスジェンダーとフェミニズム ツイッターの惨状に対して研究者ができること - wezz-y.com

〇トランストイレ問題と堀氏のフェミニズム
 『気兼ねなく使用できるユニバーサルトイレを整備する』などではない点は特徴として指摘できる。

 フェミニズムには、しばしば、「女性を男性より上位に置こうとする思想」という、的外れな言葉が投げかけられます。〔…〕多くのフェミニストは、「人間としての権利と尊厳が欲しいだけ」と答えるでしょう。〔…〕
決して、男性の上に立とうとするような思想ではないのです。
 フェミニズムは、男性にあって女性にない権利や自由や尊厳を取り戻す、という考えです。この考えをトランス女性にあてはめると、トランス女性が現在、不自由や不利益を強いられている状況からの回復――たとえば、気がねなく使用したい(女性あるいはユニバーサル)トイレを使用できること――は、フェミニズムの課題と一致するのです。

同上

〇no debate原則について
 2022年現在ではあちこちに見られる対話拒否原則について、堀氏ははっきりと否定している。現時点においても、『("no debate" OR "対話しない" OR "対話しては") (from:horry_a)』などで検索しても該当は無い。

フェミニズムは、フェミニズム内で意見の対立を抱え続けるものでもあります。1960年代後半のアメリカでは、フェミニズム運動の中から女性同性愛者を排除する動きもありました。〔…〕フェミニズム内での意見の対立や批判はしょっちゅうです。
 この対立は、しばしば「フェミニズムは一人一派」という言葉で例えられます。なぜ、統一しようとしないのでしょうか。
 私たちは、自分の位置から見える世界と、他から見える世界が違っていることを、知っています。〔…〕子どもを育てている女性と、子どものいない生活をしている女性の経験が違うことも知っています。
 だからこそ、女性といっても一枚岩のように統一されるはずがなく、立場によって見えるものが違う。そのことを前提として、「あなたには何が見えているの?」「私のところからは、こんな風に見えるよ」と話し合いを重ねているのです

同上

〇WANの声明要旨
 PDFで発表してくれていないので遡っての信頼性が担保できない点はネチネチと指摘しておく(以下は2022/10/29に確認)。

 2018年7月、お茶の水女子大学は2020年度の学部・大学院の入学者からトランスジェンダー学生を受け入れることを発表し、複数の女子大学がそれに続いてトランスジェンダー女性の入学について検討を始めていることが報道されました。〔…〕私たちは、この提言と方向性を同じくする形で実際の制度変更が決定されたことや、制度を変更する検討がはじまったことを、心強く喜ばしいものと受け止めています。
 ところが、この発表を契機として、女性ジェンダーに割り当てられた公的空間にトランス女性が参入することへの懸念や反発がインターネットを中心に目につくようになってきました。〔…〕
私たちは、フェミニズムやジェンダー/セクシュアリティ研究の蓄積から受け継いできたこの〔差別を問題視する〕視点と〔女性間にも違いと権力関係があるという〕洞察の重要性をあらためて確認し、これを培っていくべきだと考えます。
 私たちはその認識と自覚とに基づき、トランスジェンダー差別を許容することはできないと、ここに声明を発表し、広く賛同を募ります。

トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明 - wan.or.jp

〇呼びかけ人(50音順)
 詳しく述べると脱線してしまうが、トランス界隈では『いつもの』お歴々。

熱田敬子(早稲田大学・社会学、ジェンダー論)
飯野由里子(東京大学・フェミニズム/ディスアビリティ研究)
石田 仁(社会学)
岡野八代(同志社大学・フェミニズム理論/政治思想)
小宮友根(東北学院大学・社会学)
清水晶子(東京大学・フェミニズム/クィア理論)
谷口洋幸(金沢大学・法学)
堀あきこ(ジェンダー、セクシュアリティ、視覚文化)
前川直哉(福島大学・社会史)
三橋順子(ジェンダー&セクシュアリティ史)
山口智美(モンタナ州立大学・文化人類学、フェミニズム研究)
梁・永山聡子(社会学、ジェンダー研究、旧宗主国と被植民地国のフェミニズムの権力関係)

同上

 当時の振り返りは以上としたい。

語源などEtymology

 以下は純粋に言語的な関心であって、上に連ねたような政治的社会的文脈とは無関係であることをお断りしておく。

 『ふかふかソファ略してフカソ』に行き着いた時、筆者はその見解を疑ってしまった。略語として珍しいからだ。

  • ゴムゴムの実    → ゴムミ?

  • しわしわピカチュウ → しわピ?

  • 富山きときと空港  → キトクー?

  • ラブラブなカップル → ラブカ?

ラブカ

 『そこ抜き出す?』と感じたのである。この手の略語は4文字になることが多いのもある。
 もちろん『フカソと略してはいけない』なんてことは全くないのだが、ただ略し方として珍しい。だからフカソと聞いても何のことなのか、想像すら上手くできない人が出てきている。
 ちなみに筆者は『●●ソーシャルの略語かな?』が最初の予想だった(『ホモソーシャル→ホモソ』的な)。

 なんにせよ、本稿でまとめた内容を抑えておけば『フカソ』の使用意図を読み解くことは概ね達成できるものと思われる。
 本稿は以上だが、足りない点があればコメントかツイッター(@tk2to)にてご指摘頂ければ、ありがたく補足として取り上げさせてもらいたい。

以上

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