小奥(こーく)

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個人情報保護の無い国

 ある税理士の方が、マイナンバーに関連して次のようなことをツイートしていた。  前段には同意する。やり方によっては確定申告も年末調整も不要に(または極めて楽に)なりうるなど、データの紐づけを行えば便利になるのは間違いない。  しかし後段には大きな問題が2つある。 『データ連携に反対する奴は後ろめたいことがあるんだ』という蔑視を含むこと。 まともに(?)生きててもデータ連携されたら困ることなんて幾らでもありうること。  本稿の主題は2つ目。  今の日本の個人情報保護

    • 障害者の感謝とストレス/効力感の心理と社会運動

      (前置き)  一般に、手助けを受けたなら感謝を示した方が良い(※1)。そうすることは感謝する側にもされる側にも周囲にもプラスの影響をもたらすからだ。  感謝することにストレスが伴う場合であっても、やはりメリットが上回るように思う。 (※1:ぶっちゃけたことを言えば、諸々のメリットは感謝を示すことによって生じるので、それが本心かポーズかは重要ではない)  さて本稿前半の主題は、次のような攻撃的な見解への否定だ。残念ながらこういったものはSNS等で頻繁に見かける。  それは

      • “心のバリアフリー”は双務的である

        ◆“心のバリアフリー” 心のバリアとはなんだろうか。  車椅子生活者としての経験から言えば、心のバリアと呼びたいようなものは確かにある──が、それは筆者の要求が叶えられないことではない。  むしろその逆とさえ言える。  少し想像してみて欲しい。 ある人があなたへの強い命令権を持っていて、その人の要求を断ったり失敗したりしたら激しく責められるのなら、その人と仲良くしたいだろうか。 『頼むからこっち来ないでくれ』と思うのでは? 逆に客などの立場の時、あなたのちょっとした要

        • 創作物の改変・販促・映像化

           本稿では、原作者と映像化サイドとの関係において普遍的な原則を整理したい。  個別の事例には踏み込まない。詳細は契約にもよるから。それと悲しくなるから。 (様々な事例があることは承知しているが、本稿では『小説または漫画の原作を→実写化またはアニメ化する』という前提で話を進める) ◆映像化以前の話 まず、筆者の主観に拠らない事実を幾つか指摘しておく。 □事実1  創作者の端くれとしては歯がゆくも感じるが、〈良い作品があれば勝手に売れるわけではない〉。  どんなに有名な

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          競技における公平と平等

           スポーツを観戦していると、ジャッジに納得しがたく感じることはままある。今がシーズンのフィギュアスケートのように、審査員の採点が挟まる種目はその傾向が強い。  『納得いかない』といった声はあちこちから聞かれるし、ここまでなら筆者も漏らすることはある。  ただし、しばしばついて回る『八百長』や『出来レース』──つまり『不公平なジャッジが行われたのではないか』という疑惑は別だ。  この疑念、気持ちは分かるが理屈としては筋が通っていない。『納得感が無い ⇒ 公平性が無い』という誤

          競技における公平と平等

          意識調査は証拠たりえるか

           ダニエル・カーネマン著、『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』から刺激を受けて。  ヒトの判断能力は当てにならない──専門家だろうと大学教授だろうと例外なく。様々な実験でそれを露わにする本書は読み物としても面白い。  これを踏まえて本稿では標題の問題意識に繋げる。  意識調査の多くは、客観的証拠として採用しにくい。  いきなり結論を述べてしまったが、『ファスト&スロー』の内容をご紹介してから戻るとしよう。 ◆2つのモデル:エコン&ヒューマン 著者の

          意識調査は証拠たりえるか

          包括的性教育に対する批判的検討

           包括的性教育(英:Comprehensive Sexual Educationの略)というカテゴリの歴史はまだ浅く、ここに何が含まれるかは時期によって微妙に異なる。  語義の細かな移り変わりは本稿の主題ではない。  原点だけを簡単に踏まえておこう。EUが公開している『Sexuality education across the European Union: an overview(PDF直リンク)』という資料によれば、その思想的な源流はUNCRC(いわゆる『子どもの権利

          包括的性教育に対する批判的検討

          事実/事実認定/優しい嘘

          ※おことわり※  拙稿『犯罪者呼ばわりという人権軽視』の補足的な内容を含みますが、ジャニー喜多川氏および事務所の件は話題の中心ではありません。  特に最後においた本題は全く別の社会問題についてです。ご了承ください。 1◆“事実”とされる事実認定 前稿はとても多くの方に読んで頂き、正直なところヒヤヒヤしたものの、おおむね好意的に評価して頂いた。まずは御礼申し上げる。  もちろん批判的な声もあった。中でも『事実と事実認定』辺りをついたご指摘は鋭い。前稿で述べた両者の対比に、

          事実/事実認定/優しい嘘

          犯罪者呼ばわりという人権軽視

           言うまでもなく、基本的人権は所与のものである。生まれたての赤ん坊でも寝たきりの老人でも、基本的人権は等しく持っている──たとえ凶悪な犯罪者でも。  ただしこの原則を例外なしに適用すると犯罪者が野放しになってしまう。国民の安全や安心も守らなければならないので警察や司法は必要で、しかしこれらは“劇薬”だ。  行き過ぎれば“治安”などを名目に国民の人権を侵害してしまう──というより、刑務所や少年院に閉じ込めることは明らかに居住の自由などを制限している。それを“人権侵害”と呼ぶこ

          犯罪者呼ばわりという人権軽視

          なぜか不可侵扱いの“アイデンティティ”

           どんな言葉も様々な使い方をされるものだ。特に抽象名詞の場合は避けられない。  個々人が好きに使えばいい──ただ、そこに価値判断が紐付く場合はバランスというものがある。  例えば“差別”。  人によって色々な定義・差別観があるだろう。それは自然な個人差だ。  一部の人は“差別”という語に『絶対に許してはならない最低の罪』という価値判断を付している──それ自体は構わない。  が、そうであるなら定義は狭く厳格であるべきだ。でなければ日常生活のあらゆることが『最低の罪』になって

          なぜか不可侵扱いの“アイデンティティ”

          句:アイデンティティ(精神医療・心理学における)

           本稿では表題の通り、精神医療や心理分析などの文脈で用いられる学術用語としての“アイデンティティ”について整理する。“自己同一性”と翻訳されるものだ。  この語は他の意味でも頻繁に用いられるため、世間で見かける用例には以下と全く合致しないものも珍しくないが、ひとまず範囲を絞っての概説となる。 ⚠警告⚠  本稿は医療にも用いられる用語について紹介するが、医療情報を提供するものではない。また、治療中の方にとっては妨げとなるような表現も後半には含まれるためご注意願いたい。 ◆

          句:アイデンティティ(精神医療・心理学における)

          人は複数の性なんて持てたっけ?

          (前置き)  かつては自明と思われていた『性別とは何か』にも、今や色々な考えの人がいる。  最初に筆者の関心をはっきりさせておくと、『ある個人が社会から男性または女性として扱われる時、その最終的な決定要因は何か?』となるが、このように問題を限定してさえ、誰もが納得する答えはありそうにない。  また、定義や観念を問うことで実際的な問題から離れてしまう懸念もあった。  そこで(バカバカしく見えるかも知れない)表題の問いに立ち戻ってみたのである。 ■人は性を2つ持てるか 最

          人は複数の性なんて持てたっけ?

          メモ)SubstackはTwitter的に使えるか?

           水星の魔女が最終回だというのに実況視聴が捗らない予感である。そこでSubstackを軽く触ってみた。  結論から言うとTwitter的には使えない。少なくとも現時点では。  日本人ユーザが少なすぎてTLが虚無なだけでなく、『そもそもそういう使い方をするツールではない』という印象だ(印象というか事実である)。  とりあえずユーザ登録はして、テスト投稿もしてみたが──  上はTwitterでいうところのプロフィールページ(twitter.com/tk2to)に相当する。欲

          メモ)SubstackはTwitter的に使えるか?

          LGBT法案の新旧逐語比較

           本稿は、次の2つを細かいレベルで比べつつ読むものである。 2023年6月7日に内閣から衆院に付託された『性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案』 長く『議連合意案』などと呼ばれていた(維新・国民案が入る前の)『性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案要綱』  なお、『細かなことは置いといて概要を掴みたい』方は(筆者のものではないが)次のTwが早い。  ここでは細かな比較の便宜上──特に“性自認”か

          LGBT法案の新旧逐語比較

          公共スペースのエレベーター利用:“優先”“ゆずりあい”よりも優先して欲しいのは

           先月から公共スペースのエレベーター優先利用に関する話題が盛り上がっている。  その話題を追いかける中で、ダイレクトに関連する署名募集がchange.orgで行われているのを知り、拝読した。 【車いすやその他交通弱者のエレベーター問題を環境の整備で改善しよう!】 国交省にシンボルマークと優先表記の大型化を求めます  『シンボルマークと優先表記の大型化』。  後述する理由により、筆者はこの提起内容に賛同しない。  ただし次の部分には心底同意である。  全くもってその通り。

          公共スペースのエレベーター利用:“優先”“ゆずりあい”よりも優先して欲しいのは

          『狭義のゲイ(?)』から見るアイデンティティ政治の歪み

           LGBT(Q+)という語は広く知られるようになった。  Gがゲイの頭文字であることも。  では、ゲイとは何か?  ──おかしな問いに感じるかも知れない。  筆者も上のように理解していた。男性の同性愛者は例外なく含まれるカテゴリーだと。  主体および対象にトランス男性(FtM)を含める含めないの議論はあるにせよ、それを除けばこのシンプルな定義に異論があるとは考えていなかった(その点は反省である)。  が、やはり異論は存在するもので。  その主張によれば、『(男性の)同性

          『狭義のゲイ(?)』から見るアイデンティティ政治の歪み