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フレンドショップ -Frendify-

 イギリスの人類学者、ロビン・ダンバー氏によると、「安定的な関係性を保つことができるのは、150人まで」と言われている。SNSやメタバースの進歩により、どんな人とも、どんなに離れていようとも、インターネットにさえ接続していれば繋がっていられる。しかし、実際に深い関係で同時に繋がっていられる人間はせいぜい5人から10人くらいであろう。より価値の高い人脈を作っていくには、不必要になった人間関係は必要ない。むしろ過去の人間と繋がっていることが、その先の人生で枷になることすらある。
 おれが開発したFrendifyというアプリは、自分の持つ人間関係を売買することができる画期的なアプリだった。不必要になった友人関係、恋人関係、利害関係、そういったものを他者に売ることができれば、関係や記憶を断つことができる。さらには、売れたお金で欲しい人間関係を新しく購入することもできる。質の高い人間関係を持っている人は、ネットワーク学ではハブと定義されるが、そのハブである人間はより高値で売買することができる。ハブである人間と関係を持つことは出世を早めることに繋がる。だから、ビジネスパーソンはこのハブとなる人間とより多くの関係を持つことに必死になっている。
 インターネットで簡単に友人を作ることができる。恋人もワンクリックで探すことができる。事業に必要な人脈も容易に構築することができる。逆に言えば、都合が悪い関係は、簡単に断つことができる。顔を合わせず、連絡を完全に絶ってしまえば、お互いの人生からお互いないなくなったも同然になる。しかし、誰かにとっては必要な関係になりうるかもしれない。それならば売ってしまうことで自分はお金を得て、また新しい人と出会えばいい。
 そのようなコンセプトで作り上げたアプリは、瞬く間に一世を風靡し、事業は順調に拡大していった。会社の銀行口座には、見たこともないような額が振り込まれていき、他者からすると、仕事も人生も全てが理想的に進んでいるように見えていた。しかし、おれの中では、事業が拡大すればするほど、なにかを失っていくような気がして、心にポッカリと空いた穴が広がっていくかのような感覚に陥っていった。
 世間を見渡すと、おれが作ったアプリを利用して、新しい出世の仕方が生まれ、特にインフルエンサーと呼ばれる人間は高値で取引され、人脈構築が加速していった。おれ自身も一躍時の人となり、多くの人がおれとの人間関係を求め、自分の友人や恋人を他者に売って、そのお金でおれに近づこうとしてきた。逆におれ自身も、他の誰かに売られていた。出来事自体は思い出せるが、誰との思い出だったか思い出せなくなることがあると、大体それは、自分が他の誰かに売られたからだ。その度に、虚しくなる。

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 自分で開発し、事業を立ち上げておいて、やってはいけないことをしたような気がしてならない。地位も名声もお金もあるはずなのに、自分にはなにもないのではないかという無力感、全てを失いかけているのではないかという絶望感が拭えない。
 おれはアプリを廃止し、会社もたたむべきか幼なじみの友人に相談していた。まるで自分の心に空いた穴のように丸くて黒いブラックコーヒーを、じっと見つめて言った。
「おれは取り返しのできないことをしてしまったかもしれない。全て失った気がしてならない」
「じゃあ誰かが100億円払うから、友人を売ってくれって言ったら、お前はおれを売るのか?」
「いや、それはできない」
「それならお前はすでに、100億円以上の価値のあるものを持っているよ」
 その言葉を聞いて、おれはコーヒーを口にした。ブラックコーヒーなのに、ほのかに甘い味がした。


あとがき

 社会的経済的に成功していると言われている人ほど、全く異なった複数のコミュニティに属しており、そのコミュニティ間を自由に移動できることが、シカゴ大の研究で報告されていますが、大切なのは、仕事につなげようと思って作った繋がりが多いほど、幸福度が下がるということです。ハーバード大学の75年間にもわたる研究では、良好な人間関係を築けているかどうかが人生の幸福度に大きく影響すると発表されています。ミレニアム世代に行われた調査では、80%の若者が人生の目的はお金持ちになることと回答し、50%の若者はもう一つの大きな目的は有名になることと回答しました。出世にエナジーと時間を費やせば、質の良い人間関係を築くことは後回しになってしまい、結果として幸福度が下がることも研究で示唆されています。
 大事なのは友人の数でも恋人の有無でもなく、身近にいる人たちとの人間関係の質ということなんじゃないかな。


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