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哀々傘

 その日は朝からだるいくらいの快晴だったが、おれが仕事を終えて職場を後にしようと建物の外に出ると、憤っているような凄まじい雨が道路のアスファルトではじけていた。
 天気予報も一日晴れだったはず。カバンを頭に抱えた人々が、逃げるように目の前を横切っていく。通り過ぎる車は、道路に浸る雨水を礫のように蹴散らしていく。

傘.003

 雨の中駆け出すか、もう少し会社で雨宿りをするか悩んでいると、隣から一人の女性が声をかけてきた。しかし、奇妙なことに、その女性は浴衣姿だった。ちんと澄まして控えると上品でなんとも美しいが、それほど印象的ともいえない。しかし、涼しく刺すような白と青の浴衣を着ていたのだ。近くでお祭りでも開催される予定だったのか。あるいは、こんな土砂降りの中、一人浴衣で出掛けていたのだろうか。なんにしても、この暴風雨に濡らされた様子が一つとしてない浴衣の女性が一人で立っているのは不自然だったが、ここは彼女に甘えて傘に入れてもらうことが得策だと考えた。
「よろしいんですか? すぐそこの駅までなんですが、よければお願いします」
「わかりました。それでは一緒にあちら側にいきましょう」
 彼女はそう言っておれを傘の中に招いてくれた。
「傘、おれが持ちますよ」
「優しいのですね。一緒にいけるのがあなたでよかったです」
 おれは彼女の代わりに傘を握り、一歩前に進もうとした瞬間、目の前を高速で車が横切った。ギリギリだった。もう一歩前に出ていたら、おれはその車に轢かれて宙を舞っていたに違いなかった。
「大丈夫……」
 彼女を確認しようとすると、あたりには浴衣姿の女性は見当たらず、雨も降っていない快晴の空の下、おれは一人で真っ赤な傘を握って棒立ちしているのだった。


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