見出し画像

新宿に顕現する神秘の国 #北欧の神秘-ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの絵画

久しぶりになんとしても観に行きたかった展覧会。仕事を休んで、平日の昼間から伺いました。

北欧絵画がすごく好き、という認識はなかったのだけれど、振り返ってみると好きな作品には北欧と縁のあるものが多い気がします。
近年の美術展の中でも特に印象に残っているのは2021年のハマスホイ展ですし、東山魁夷に心を打ち抜かれたのも「白夜行」でした。

SOMPO美術館自体、個人的にとても好きな美術館です。
いつ行ってもほどほどに過ごしやすい混雑度合い、万人受けしそうな有名どころをドンと見せてくれるようなものはよその大きな美術館にお任せしますよ、とでもいったようなたたずまいで、独特の切り口で丁寧に企画を紡いでくれるところ、作品以外の周辺配布物とかにも力を入れてくれていて、全体的に余力を感じられるところ、トータルでとても好きな美術館です。
あと、行けば必ず「向日葵」が観られるところ。
もともとゴッホが好きなこともあって、展示の最後に「向日葵」と向き合うときは、いつもお墓参りみたいな気持ちになります。
最近こうです、なんとかやっています、今日は来られて嬉しいです、
「向日葵」を通して、いつしか私はゴッホに向かっていつも語りかけています。

ということで、今回の「北欧の神秘」展も非常に良かったです。
なかなか特集されることのない北欧三国、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを、近代に入りかけの写実主義から北欧の魔術的側面も鮮やかに見せ、三章ではいわゆる「北欧」のイメージの作品も見させてくれる、いつもながら密度が高くて充実感のある展覧会でした。

序章 神秘の源泉ー北欧美術の形成

19世紀、ナショナリズムの高まりを背景に、北欧の画家たちが自国について考え直した流れを捉えた作品たち。
北欧の自然、神話、民話にナショナリズムを求めたということが大きく掴めて、このあとの展示を見やすくしてくれていました。

《ストックホルム宮殿の眺め、冬》カール・ステファン・ベンネット 制作年不詳

1850年以前のスウェーデン美術史の中では珍しく、ストックホルムを幻想的に描いた作品。
現物はもっと全体的に青みがかっていて、夢の中みたいな雰囲気がさらに強かったです。とにかく青がきれいで一目惚れ、フロアを回ったあとにもう一回観に行きました。

《踊る妖精たち》アウグスト・マルムストゥルム 1866年

月明りの下で踊る妖精たち。霧のように見えますが、手を取り合って踊っている妖精たちが非常に繊細な筆致で描かれています。背景が割と写実的に描きこまれているのもあって、妖精たちの非現実的な存在感が際立って見えてときめく一枚。
現物の繊細さは写真では全く伝わらないのが悔しい。

ヨーハン・フレドリク・エッケシュバルグ 《雪原》1851年

構図の美しさに呑まれました。
ノルウェーの山を描く絵は、どちらかといえば北欧ならではの雄大で平たい山を描くものが多いような気がするけれど、この絵は北欧の自然を確かに感じられるスケールの大きさと、絵の中の高低差が共存しているのがすごいセンス。

1章 自然の力

《ワシミミズク》ブルーノ・リリエフォッシュ 1905年

近代日本の洋画みたいでかわいい。
ブルーノ・リリエフォッシュ、全然存じ上げない画家だったのだけれど調べたらどれも野生動物がいきいきしていて、色遣いも鮮やかで、すっかり好きになってしまいました。

《カッルシューン湖周辺の夏の夜》ヘルメル・オッスルンド 制作年不詳

どことなく不穏な絵。
「ミッドサマー」ではありませんが、北欧の夏は、明るいのになぜか不穏な気配を孕んでいます。光に曇りがなくて透明なのですが、その光が何かこの世とは違う異界の空気を感じさせるところがあるのです。
北欧には春、夏、冬と訪れたことがありますが、冬は逆に長い夜が冷たくて寂しいけれど、不安と違和感を抱くのは夏だったのが不思議でした。
そんな北欧の夏の空気を描き出したような作品でした。

《フィヨルドの冬》エドヴァルド・ムンク 1915年

多分ほとんどの人が唯一知っている北欧画家、ムンクも貸し出されていました。個人的には、「叫び」から感じたような熱量のうねりはなく、どこを見たらいいのかいまいち捉えがたい作品でした・・・

《午後の日差し》ハーラル・ソールバルグ 1895年

遠くから見たときにひときわ明るい絵、と惹かれました。
絵具を透明に薄めて塗る、グラッシ(グレーズ)という技法が使われているそう。

《冬の日》ヴァイノ・ブロムステット 1896年

雪景色で見るからに冬なのに、なぜか季節を感じない作品でした。
画風もモチーフも全然違うのだけど、エドワード・ホッパーを思い出しました。
ホッパーの絵の「物語を感じる余白」が好きなのですが、それと同じような、描きこまれていない物語をこの絵から感じたような気がします。

2章 魔力の宿る森ー北欧美術における英雄と妖精

4階への案内板として、ところどころに配置されたトロルたちがユニークでかわいい。

階段を案内してくれるトロル
注意喚起してくれるトロル
階段をねぎらってくれるトロル(?)
4階は撮影OKでした
(上段左から)ガーラル・ムンテ《山の門の前に立つオースムン》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / ガーラル・ムンテ《一の間》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / (下段左から)ガーラル・ムンテ《五の間》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / ガーラル・ムンテ《帰還するオースムンと姫》1902-1904年 ノルウェー国立美術館

「名誉を得し者オースムン」の連作。
アイルランド王の命により、トロルの巣に囚われた姫を助け出すため、兄弟とともに船で向かうオースムン。
オースムンは単身山の城へ乗り込み、トロルを倒して姫を救出するが、ともに来た兄弟と船の姿はすでになかった。
オースムンは城内で見つけた馬に姫と共に乗り、海を越え、帰還する。

いわゆる「北欧」のイメージにいちばん近い作品。
ナウシカを思い出す、というよりはこちらからインスピレーションを受けているのでしょうが、西洋でも東洋でもない独特の空気感が非常に可愛いですね。私は大好きです。

《フリチョフの誘惑(『フリチョフ物語』より)》
アウグスト・マルムストゥルム 1880年代

今まで見たことないくらい暗い絵。目を凝らさないと何が描かれているのか見えないような色彩で、体感したことはない北欧の森の暗さと恐ろしさを画面を通して感じました。
北欧の作品は背景になる神話や民話に馴染みがないのでどうしても見辛いところがあるけど、そういうアトリビュートへの知識がないことで逆にまっさらな気持ちで絵と向き合えるところもある気がします。

《アスケラッドとオオカミ》テオドール・キッテルセン 1900年

「ソリア・モリア城」をモチーフにした連作。
黄金に輝くソリア・モリア城を探す旅に出たアスケラッドが、城を見つけ、
トロルを倒して姫を救出し、国と宝、姫を手にいれる物語。

オオカミの目が印象的でした。

《アスケラッドと黄金の鳥》テオドール・キッテルセン 1900年
《トロルのシラミ取りをする姫》テオドール・キッテルセン 1900年

3作通して、光と闇の表現がとても鮮やか。
彩度の高い配色で、お伽話的な世界観を表現しつつ個性的な絵で、さすが本展の目玉、という気持ちになりました。
隣の区画にはキッテルセンの作品をもとに作られた映像アートもあったのですが、こちらは鉛筆のみの絵で画風もかなり違ったダークさがあり、見るとまた随分印象が変わるように思います。個人的には「ネズミの街」がそこはかとなく不気味で、すごくインパクトがありました。

3章 都市ー現実世界を描く

北欧絵画独特のモチーフが色濃く出た1章、2章に比べて、画題自体はヨーロッパのものと変わらないのですが、その中にもやはり「北欧絵画っぽさ」があるのが面白いです。色の使い方や、光の入れ方などが特に、大陸とはまた少し違った北欧の空気感を写しているように思います。

《コール・マルギット》アンデシュ・ソーン 1901年


《ルドルフィナ・ヴァサスティシェルナ邸の室内、ポホヨイスランタ6番地、ヘルシンキ》
トルステン・ヴァサスティエルナ 1889年

このあたりはちょっとフランス風な雰囲気と融合している感じもします。

以前ハマスホイ展の時にも感じたのですが、今回の展示を見てやはり私は北欧の絵から香る「どこでもなさ」が好きなのかもしれないと思いました。

いわゆるヨーロッパには入りきれず、東洋の影響も受けていない、独特の切り離された場所で発達してきた、やわらかい繭のような自意識のイメージ。
どこにあっても魅力的な作品たちですが、新宿の高層ビルが立ち並ぶ中でひっそりと展示されている今回、異界への入り口のような異質さがひときわこの展示を神秘的な存在にしているのかもしれません。

2024.03.23(土)- 06.09(日)
SOMPO美術館
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2023/magic-north/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?