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【物語】2億年後のこどもたちへ

これは君たちの母なる星の、そう遠くない未来の物語だ。
そう、2億年後……2億年なんて一瞬だろう?
昼寝している間に過ぎ去っていく程度の時間だ。
私が観測したことのほんの一部だが、君たちにも共有したい。
君たちには知る権利がある。
遠くない未来の地球がどのような有様なのか。
君たちの末裔がどのような存在であるのか。
君たちは、彼らにどのように認識されているのか。
それでは、見に行こう。


……見えるだろうか?
あれが君たちの母なる星だ。
広大な、というのはあまりにも陳腐な形容動詞だが、この広大無辺の宇宙に浮かぶ、完璧に完成された唯一と言っていい存在……。
私の観測下において、これほどまでに均衡の保たれた世界は他にない。

まあ、陸地は多少見覚えのない形になってはいるだろうが、2億年あれば地球の様子など容易く変わる。
海に浮かんだ流木が、一眠りしたあとも同じところを漂っているなんてことはないだろう?
あれと同じことだ。
今は君たちで言うところの6つの大陸が細々した島々を巻き込みながらひとところに集まり、巨大な大陸を形成している。そんな時代だと思ってくれれば良い。

残念ながら君たちの愛してやまない日本列島は、もうない。
日本列島どころか、我が物顔で闊歩していた人類さえももういないんだ。
今から1億9999万年ほど前に、地球上のありとあらゆる生物のゲノムと地球の歴史や文明に関するデータを載せた方舟が、新たな母なる星を求めて太陽系外に飛び立って行った。
その方舟の現在について、私は語る権限をもっていない。許してほしい。

もう少し近寄ろうか。
人類は自らの手で母なる星を死の星にしてしまった。
その為に、多くの生物が絶滅し、二度と還らない。
最終的には自分たちのしたことの意味を噛み締め、悔やみながら滅んでいったよ。
ゲノムや己の歩みを宇宙空間に放出することで、証を残そうとはしていたようだけどね。
しかし、すばらしいよ。この星は。さっきも言ったが、これほどまでに均衡の保たれた星はないんだ。
きちんと回復して見せた。人類がいなくなれば、自浄作用が正しくはたらく。

現在の地球の覇者は誰だと思う?
ちなみに君たちの兄弟、哺乳類はすべて絶滅している。
ゴキブリ?
彼らはずっと変わらないよ。相も変わらず、地べたをカサカサと這いずり回っている。
あれもある意味奇跡的な生き物だ。不変であることで、変わりゆく地球を古生代から生きながらえているのだからね。

さて、そろそろ陸地の様子は見えてきただろうか。
現在の地球には、人類の痕跡はほとんどない。
超大な大陸の沿岸部に森林が連なり、中心に向かえば向かうほどひどく乾燥した高温の砂漠と、火を噴く高山地帯が広がるばかりだ。
人類の痕跡は、あるとしても高山地帯か砂漠の地面の下だ。
現在の支配者は基本的にはあの森林地帯にコロニーを造り住んでいる。
君たち人類と同じように高度な社会性と文明をもってはいるが、無闇に森を拓いたり、争ったりすることはしない。
それがどんな結末を迎えるのか、先人の教訓があるからだ。
しかし、今日はせっかくだから高山地帯に行ってみようか。
君たちの日本列島、そして太平洋があった辺りだ。

見えるだろうか。
あの空の底に触れるほど高く聳える山脈が、かつて日本列島だった場所だ。
標高は1万メートルをゆうに超える。現在の地球で最も高い場所だ。雪は降らない。雲もかからない。ただ、無慈悲な岩肌が強風に晒されているだけの山塊だ。
その岩肌にしがみついている5体の彼らが見えるかね。
彼らが現在の地球の覇者だよ。

君たちに馴染みのある生物でいうと……そうだ、象に似ていると思うだろう。
太い脚、自在に操ることの出来る長く器用な触手。ドーム型の巨躯だってそうだ。
しかし、彼らは象ではない。哺乳類は滅びたからね。
彼らは、イカの末裔なんだよ。
足は8本あるし、あの触手は2本ある。
言葉ではなく、体色を変えることでコミュニケーションを図る。
確かにイカだと認めざるを得ないだろう。

彼らは最近、人類の痕跡を探している。
先人たちの遺した遺産から、発展の鍵と滅亡を避けるための智慧を授からんとしているんだ。
特に2億年ほど前から急速に発達した電脳世界の断片を探ることに価値を見出している。
あの頃の発展と戦争が人類と多くの生き物を結果的に破滅に追いやっていったのだから、その理由もうなずけるというものだろう。
完璧な痕跡は見つからないようだが、今も読み取れる断片もある。
好事家とよばれる者たちは、特に日本列島付近に眠る断片を好むという。
多くは何の役にも立たないが、先人たちの思想や嗜好、一種のへきのようなものを覗き見できるのだとか。

おや、覇者殿たちが何か見つけたようだ。
彼らは電脳世界にかつて繋がっていた函や板に触手を触れると、その世界を垣間見ることができるのだ。
彼らにとってのお宝が見つかると良いのだが。
……何が見えているか、気になるだろう?
特別だ。
彼らの意識に私の意識を接続して、君にもその一端を見せてやろう。
なぜなら、ここはかつて日本列島だった場所なのだから。日本語話者である君も知る、懐かしい世界の記憶かもしれない。

……ふむ……どうやら接続に成功したようだ。

見えただろうか?
2億年後の末裔こどもたちへ、君たちが遺したメッセージが。
さぞ素晴らしい遺言なのだろう。

さて……そろそろ還らねば。
君たちの活動限界も近付いている。
私自身には時間も空間も関係ないが、君たちはそうもいかないだろう。
本来ならば時空を超えるのは君たちにとっては罷りならないことのはずだ。
取り返しのつかないことになる前に、戻ろう。元の世界へ。


……僅かな時間だったが、遠くない未来の地球は如何だっただろうか?
人類が滅びていること、イカに世界を支配されていること、大陸がひとつにまとまっていること……。
衝撃でなかったものはひとつもないかもしれない。
しかし、この世は全て流転するのだ。ひとところに留まるものなど、何もない……。
ただ、観測者である私を除いてはね。
ああ、そうだ。
ここに戻ってくる間際、未来の覇者殿の思念が流れ込んできたから、そのまま伝えるよ。

「なんのはなしですか」

私には何のことだか分からないが、確かに覇者殿はそう思考していた。
困惑していたようでもあったよ。

さて、私もそろそろ行かなくては。
気まぐれに君たちに接触してみたが、なかなかに面白い体験だった。
機会があれば、また会おう。
次は、そうだな……5万年後くらいに会えたら良いと思っているよ。


参考文献:『フューチャーイズワイルド』ドゥーガル・ディクソン著  ダイヤモンド社

性懲りもなくまた創作じみたことをやっています。
やっぱりエッセイ以外の文章も楽しいですね。
創作っぽい文章、これからまたupするかもしれない(しないかもしれない)
その時はまた見てもらえたら嬉しいです。

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