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収差は、ないほうがいいのだろうか?


  収差ってなんだろうか、完全に補正することができるのだろうか。
  収差を最適に補正すればレンズの性能は飛躍的に向上するだろうか。
  収差のまったくないレンズに描写の味はあるだろうか。
  優れた結像性能を求めるレンズの大敵は収差だけだろうか。

レンズに収差があること、ないこと

 レンズの結像性能(※)は、旧来のフィルム時代や一眼レフカメラ時代のレンズに比べて、デジタルカメラ時代そしてミラーレスカメラの時代になって飛躍的に向上している。
 その理由のおもなものは、非球面レンズ製法の技術的進化や新しい光学レンズ(硝材)の開発、さらには光学設計も含めたレンズ設計技術の向上やレンズ組み立て技術の進歩と改良などなどが考えられる。

(※ )ここで言う「結像性能」とは、ピントが合った部分の解像描写力の意味と受け取ってもらいたい。レンズの味とも言える官能的描写性能を一切含まない。

 ミラーレスカメラ時代になって、カメラボディにもレンズにも新しい技術を取り入れてシステム化されたこともレンズ性能の向上に大きく寄与した。
 ミラーレスカメラシステムでは、フランジバック(バックフォーカス)が短くなったことや、レンズ/マウント径が大型化できたことにより、レンズ設計の自由度が大きく広がり、それによって、いままで光学設計で難問だった〝収差の補正〟が容易にできるようになった。レンズの結像性能が大幅に向上したのは収差の補正技術が著しく進歩した結果といってもいいだろう。

 収差補正の技術が大幅に進歩してレンズの結像性能が向上したのは素晴らしいことではあるが、反面、収差が残っていること(適度な残存収差)により「個性的な描写」や「レンズの味」があったのだが、収差が少なく目立たなくなったことで、没個性的で描写にクセがなく味わいのないレンズが多くなってきた、という不満と心配がなくもない。

球面収差を利用したソフトフォーカスレンズ

 やや強引な例かもしれないが、収差(球面収差)を利用した独特の柔らかな描写をするソフトフォーカスレンズがある。絞り値の変化によって球面収差を強めたり弱めたりすることでソフトフォーカス光の滲み具合を調節して撮影ができるレンズだ。
 (図・1)はペンタックスの85mmF2.8 SOFTレンズを使って、F4に絞り球面収差を少しだけ補正して撮影したものだ(F2.8開放F値のとき球面収差が強く残りソフト量は最大になる)。ハイライト部がふわりと滲んで独特の柔らかな描写をしている。

(図・1)

ソフトフォーカスレンズは球面収差を「利用」して、甘くて味わいのある描写が得られる

 球面収差を適度に残してソフトフォーカス描写をすることにより、強く描写の「味」を出しているレンズであるとも言える。

 話が少し横道に逸れるが、ソフトフィルターを使えばソフトフォーカスレンズと似た描写が得られるようだが、じつは似て非なる描写なのである。
 ソフトフォーカスレンズの写りの大きな特徴はクリアで解像感のある「芯」の部分があるのだが、ソフトフィルターは〝ただ単に画面全体がフレアっぽい〟だけの描写で、そこが大きく異なる点だ。ソフトフォーカスフィルターのソフト描写は、「似非ソフトフォーカス」である、と私は強い偏見を持っているのだけど。

 さて、デジタルカメラ時代になってしばらくしたころに、球面収差だけでなくその他の収差も意図的に少し残すことによって「レンズの味」をさらにコントロールする、という新しい技術(装置)も開発されて利用され始めた。
 ニコンの「OPTIA(※)」やオリンパス(現OMシステムズ)の「収差測定器」などで、それを使って新しいレンズを設計するようになったのもその一例だ。他のメーカーでも似たような技術を採り入れているところも多くなっている(そうした技術を一切非公開にしているメーカーもある)。

(※)「OPTIA」についてはのちほど新しく編を設けて解説をしたい。

 どのような収差を、どれくらい残せば、どんな「味」のある描写が可能になるか、そんな「新しい光学設計技術」を使ったレンズも作られ始めている。どの収差をどれくらい残すか、といったコントロールができるようになってきた。  

収差ってなんだ

 こうした新しいレンズ作りの時代が始まって、そこであらためて「収差ってなんだ」と再確認しておくのもいいのではないだろうか。
ベテランの読者の方々にとっては、いまさら収差の話なんて・・・と思われるだろうが、そこはそれとして、しばらくお付き合いいただきたい。

 収差のない「理想レンズ」とは、次の〝3つの条件を備えたレンズ〟のことだ、と言い切ってもいいだろう。

 ① 点がズレず流れず正しく点として写る
 ② 平面が均一な面として写る
 ③ かたちが歪まずに相似形に写る

 なーんだそんな簡単なことか、と思われるだろうけど、いやいや、これが難しい。光学設計者にとってはウルトラ難問。
 大雑把ではあるがこの3条件を満たしたレンズこそが理想的な結像性能を備えたレンズと考えていいだろう。しかし実際には、上記の3つの条件を完全にクリアしたレンズを作ることは光学的に大変に難しい(不可能と言ってもいい)。そのもっとも大きな原因は収差が完全に取り除けないからだ。

 逆に言うならば、以下のような写りをするレンズが一般的で、そうなってしまう原因が収差である。

 ① 点を写しても流れたような点像に写ってしまう
 ② 平面を写しても湾曲して写ってしまう
 ③ かたちが歪んで非相似形の画像に写ってしまう

 こうしたレンズの結像性能は理想とはほど遠く、決して〝いいレンズ〟とは言い難い。そのいちばんの悪役が収差。

「収差」には、ザイデルの5収差と2つの色収差がある


 収差は大別すると、「球面収差」「コマ収差」「非点収差」「像面湾曲収差」「歪曲収差」の5つ(これが白黒写真時代のザイデルの5収差)。
 そして、カラー写真時代になって色収差が加わる。色収差は、「軸上色収差」と「倍率色収差」のふたつがあって、収差は合計7種類となる。

(図・2) 「収差」には、ザイデルの5収差と2つの色収差がある

 収差が発生するのは、レンズ光学設計によることも大きいが、レンズを構成する光学ガラスの形状や材質、種類、屈折率や分散率の特性の違い、光の波長の違いなどが原因と考えられる。それらに起因するところのすべての収差を完全に取り除くことは不可能。だから、各収差の影響をできるだけ少なく目立たなくして ―― コストや生産効率などを考慮しつつ ―― いかに総合的にバランスの良いレンズが作るか、そこが光学設計のいちばんのポイントでありレンズ設計者の腕の見せどころである。

 さて、かんじんの「ザイデルの5収差と2つの色収差」については次回以降に詳しく解説したい。


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