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MTF図を読むときの注意点

 メーカーが公開しているMTF図を読み解けばレンズの結像性能()や描写の様子がおおよそ推測できる。似たようなスペックのレンズでも、MTF図を見比べれば異なるメーカーのレンズの性能を比較検討できるかもしれない。
 しかし、コトはそう簡単なことではない。仮にMTF図を詳しく読み込めたとしても、レンズの描写性能()のすべてがわかるわけではない。いわんや「レンズの味」などの官能性能は決してわからない。もし間違った読み解きをしてしまったら、レンズ性能を逆評価してしまいかねない落とし穴も潜んでいる。

 とはいえ、MTF図の見方の難解さにあれこれ文句を言ったところで、私たちが得られるレンズの描写性能の客観的な情報はそれを読むぐらいしか方法はない。結像性能の良いレンズかどうかを見極めるには、MTF図の「欠点」や「注意点」を知った上で、そこからレンズについてどんなことが読み取れるのかを探ってみることも大切なことだ。

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(※ 「描写性能」と「結像性能」について)  
ここで言う「描写性能」とは、ピントの合った部分の描写の様子(これが結像性能、解像力)と、ぼけ味や立体感などのレンズの味、発色性能、諧調描写性を加えた「総合的なレンズ描写性能」の意味で使っている。「結像性能」はMTF図で表されているピント面(点、線)のコントラスト特性や解像描写力などのことで、レンズの味などを含まないレンズの描写力の意味として使っている。
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MTF図は実際のレンズで撮影して得たデータではない

 MTF図を読み込むためには、あらかじめ知っておくべき注意点がいくつかある。
 1つは、MTF図のライン(曲線)は白黒模様のチャート図を「実レンズ」を使って「実写」して得られたコントラスト特性ではないということだ。
 完成したレンズの光学設計データをもとにし「計算」して作られたのがMTF図である。言い換えれば、あくまでそのレンズの理論上のコントラスト特性をあらわしているに過ぎない。

 まったく欠点のない製品レンズに仕上がっているとはいえ、ほとんど目立たない程度ではあるが、光学レンズ(硝材)の研磨バラツキや組み立て時のわずかな調整誤差などがあって、まったく同じ精度のレンズを作ることは大変に難しい。不可能と言ってもいい。

 最近のレンズは製造技術が飛躍的に良くなっていて製品のバラツキがとても少なくなったのだけれど、厳密に言えば製造誤差を完全になくすことはきわめて難しい。俗な言い方をすれば、ごくわずかだが「製品の当たり外れ」は発生してしまう。
 実際、私はいままでに「当たり外れ」のレンズを何本も使って苦い経験をしたこともある。

 そうした製造誤差を無視した「理想的レンズ=設計データ」を使って「撮影=計算」したのがメーカーが公表しているMTF図だと考えておくべきだ。

 2つめに注意することは、多くのメーカーのMTF図は、すべてそのレンズの開放絞りでのデータであること。(図・1)のように「f=1.8」と、このレンズのMTF図が開放F値F1.8のときのデータをもとにして作っていることが明記されている。他の絞り値でのレンズデータはユーザーにはまったくわからない。

 ただし例外もあって(図・2)のように、一部のメーカーやレンズでは開放絞りとF5.6またはF8に絞ったときのMTF図を公表しているところもある。 ソニーはほとんどのレンズで開放F値とF8の2つの絞り値のMTF図を公表している。以前は、キヤノンのMTF図でも開放F値とF8の2種類の図を公表していたのだが、最近になって開放F値の図しか公表しなくなった。

(図・1)

開放F値の1種類だけのMTF図
(図・2)

開放絞り値とF8まで絞り込んだときの2種類のMTF図


 レンズの結像性能は開放絞り値のときよりも絞り込んだときのほうが良くなる傾向があるので、レンズの〝あまり良くない状態〟での様子を確認できるメリットはある(ただし絞り込みすぎると回折現象が出てきて結像性能は低下することは知っておいてほしい)。
 理想をいえば絞り込んだときの情報があったほうが、開放絞りのときと、絞り込んだときとの性能の変化がわかって、そのレンズを評価する上でより参考にはなる。

 そしてズームレンズのMTF図となると、ほとんどのメーカーは広角端と望遠端の両端の焦点距離2種類しか公表していない(図・3)。ズーム焦点距離の中間あたりの結像性能の様子を知りたくても現状では不可能に近い。

(図・3)

ズームレンズのMTF図は広角端焦点距離と望遠端焦点距離の両端2種類だけのメーカーが多い

 ところがライカのSLシリーズ用ズームレンズのMTF図では、ズーム焦点距離の広角側、中間付近、そして望遠側、さらにそれぞれに開放F2.8とF5.6、F8の3ステップの絞り値のMTF図を公開している。(図・4)


 (図・4)
ライカSLの交換ズームレンズのMTF図はズーム両端と中間焦点距離も加え、F値も3ステップ

 このようにズーム焦点距離の中間あたりのMTF図も加えておいてもらえると大いに参考にもなると思うのだが多くのメーカーはここまで親切ではない。

MTF図は無限遠にピントを合わせたときのデータ

 3つめは、すべてのMTF図は無限遠にフォーカスしたときのデータであることに注意しておくことだ。
 レンズの結像性能は撮影距離によって異なることも多い。ピントを無限遠距離、中距離、至近距離に合わせたときは描写性能は違ってくる場合がままある。さらに一般的なレンズは、近距離ピントになるほど収差の影響が目立ってきて結像性能は低下するものだ。

 もちろんどのレンズのメーカーも、開放絞り値だけでなく各絞り値でのMTF図や、撮影距離(ピント位置)の異なったMTF図などのデータを持っているがそれらは公表されていない。せめて至近距離あたりでのMTF図も公表しておいてほしいものだ。

 これまた特殊な例だが、以下の(図・5)のようにライカのSLシリーズ用のLマウントレンズのMTF図は、絞り値は3種類、撮影距離は無限遠と近距離の2種類それぞれ組み合わせて公開している。やや見づらいところはあるが、こうした親切なMTF図があれば撮影距離を変えると結像性能がどのように変化しているのかがわかる。

(図・5)

ライカのLマウントレンズのMTF図は無限遠(infinity)と近距離(1m)でのMTF図に加え、それぞれにF1.4開放絞り値、F2.8絞り値、F5.6絞り値のMTF図を公開している
さらに空間周波数は5本/mm、10本/mm、20本/mm、40本/mmの4種類を使ってコントラスト特性ラインを構成している、やや煩雑なのが欠点だけど


 4つめの注意点は、MTF図を詳しく読み込む知識があれば一部の収差が結像性能にどのように影響を与えているか推測することができるのだが、しかしフレアやゴースト、像の歪み、周辺光量不足、軸上色収差の様子などはほとんどわからないということ。

 それらの中で、像の歪みと周辺光量不足の様子については、それらをグラフ化したディストーション図や周辺光量低下図(図・6/7)を公表していたメーカーもあったのだが、ミラーレスカメラの時代になり自動的にカメラ内で画像処理がおこなわれるようになって公表しなくなった。

(図・6)

シグマが公表していたディストーション図、ミラーレスカメラ用レンズでは省略
(図・7)

同じくシグマの周辺光量不足図、これもミラーレスカメラ用レンズでは省略

 5つめの注意点は、現在公表されているMTF図は「フィルムカメラ時代の基準」をそのまま受け継いでいることを知った上で読み込むことだ。
 いまの超高画素化したセンサーや高度な画像処理技術を備えたデジタルカメラ時代のレンズ性能を判断するのに適しているのかどうか(私としては)疑問なところもなくもない。デジタルカメラ時代に最適な「新MTF図」のようなレンズ性能が誰もがわかるような情報がメーカーから出てくるといいなあと思う。

MTF図だけではレンズの描写性能のすべてはわからない

 前述したが、撮影した画面上でコントラストがどのように、どれくらい変化しているか ―― コントラスト特性 ―― をグラフにしたのがMTF図だ。それをチェックすることで、画面のどのあたりで、どんな収差の影響を受けて、どれくらいコントラストを変化させているのか、見かけ上の解像力がどれくらいか、などを実際にそのレンズを使って撮影して検証してみなくてもMTF図を読み解くことで性能がわかる。

 そして、メーカーが公表しているMTF図は、レンズ実物を使って実写してデータを採取しているものではない。レンズの光学設計の段階で得られたコンピューター上の計算値をもとにしてMTF図を作成しているのである。繰り返すが実写して得られたデータではない。さらに注意しおかねばならない重要なことは、MTF図は無限遠距離にピントを合わせたときの描写性能であること、開放F値での描写性能であることだ(一部メーカーではF8に絞り込んだ図を公表しているところもあるが)。

 そもそもレンズ描写性能は解像描写性やコントラスト特性だけで評価できるものではなく、色調やシャープネス、ぼけ味、諧調描写力などいろいろあるが、それらはメーカー公表のMTF図だけではほとんどわからない。厳密に言えば、MTF図からはレンズのコントラスト特性と解像描写力の「一面」しかわからないということだ。
 こうしたことを承知したうえで、次の章ではもう一歩すすんだMTF図の読み方や活用方法を解説していきたい。

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MTF図を読み込むときの「注意点」をまとめると
・ MTF図を読み解くには専門的な知識が必要で難しく謎も多い
・ メーカーごとでMTF図の表記方法に違いがある
・ MTF図はレンズ性能のごく一部のデータをグラフ化しただけ
・ MTF図はレンズ設計図から算出した計算上のデータで実写データではない
・MTF図はピント位置を無限遠に合わせたときの開放F値でのデータ
・MTF図からは色の偏り、ぼけ味、ゴーストやフレアの様子はわからない
・MTF図はレンズのコントラスト描写の特性をグラフ化したもの
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