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ザイデルの5収差とは

 私たちが普段使っているレンズは、被写体の1点から出た光が理想的な点像ならず、 その周囲に散らばったりぼけたりして結像してしまう。 その理想的な点像にならず、ずれたりぼけたりする現象を収差という。
 光の色(波長)に関係しない(モノクローム)収差に「球面収差」「コマ収差」「非点収差」「像面湾曲収差」「歪曲収差」の5つあって、それ を「ザイデルの5収差」という。
  その5収差とは別に、色光の波長(色)が異なることにより発生する収差(色収差)には「軸上色収差」と「倍率色収差」の2つがあって、計7つがレンズの収差ということになる。

 再度になるが、前回に掲載した収差の種類をまとめた図を以下に載せておく。

 次に、それぞれの収差について1つ1つ解説をしておくが、ここではっきり言っておくけれど、それを知っていたところで撮影に役立つわけではない、いい写真が撮れるわけでもない(ゼッタイに)。しかしそれを読んでおくことで、レンズ描写の良し悪しを判断するときの参考にしたり、レンズ解説書やレンズレポート記事を読んだときに「ああ、そうなのか」と気づいてもらえれば、と思うわけだ。

球面収差

 「球面収差」はレンズが球面形状であるがゆえに起こる現象である。原因は、レンズの中心部を通った光とレンズ周辺部を通った光が、ピントを結ぶ位置(像面)で前後にずれてしまって1点に結像しないことによる。大口径レンズではとくに目立つ傾向がある。
 画面の中心部や周辺部、画面全体で像がぼやけたりフレアーが出てコントラストが低下する。球面収差が強く残っていると、絞り込むことで焦点移動(ピントずれ)をおこすことがある。
 球面収差は撮影時に絞り込むことで ―― おもにレンズ中心部を通る光を利用することで ―― 収差を目立たなくできる。

 下の2組4枚の写真は、球面収差が強く残るやや古いタイプの50mmF1.4レンズを使って、絞り開放絞り値(F1.4)と絞り込んで(F4)同じシーンを撮り比べてみた写真だ。
 (図・1)はF1.4開放絞り値で撮影したフルフレームの写真。(図・2)は赤枠部分を拡大したものだ。
 光の滲みは球面収差によるもので、点光源がラグビーボールのように写っているのは口径食(ビネッティング、ビグネティング)と非点収差があわさったものと考えられる。コマ収差も見られる。

(図・1)
(図・2)

 (図・3)は(図・1)と同じシーンをF4に絞り込んで撮影した写真である。(図・4)は同じく赤枠部分を拡大したもの。
 F1.4 ⇒ F2.8 ⇒F4と、 たった2段ぶん絞り込むだけで球面収差も口径食も大幅に軽減され、とてもスッキリした描写になる。

(図・3)
(図・4)

 球面収差は球面レンズを使用している限り避けられない現象。光学的な補正方法としては、凹レンズと凸レンズをうまく組み合わせる方法、あるいは非球面レンズ(曲率が一定ではなく中心部から周辺部までの曲率が異なる特殊レンズ)を使ってレンズ構成することで球面収差を大幅に低減できる。
 とくに近年、非球面レンズの製造技術が飛躍的に向上したことにより、最新型のレンズでは球面収差は大幅に低減している。

 ところで、球面収差を〝逆利用〟したのがソフトフォーカスレンズである。絞り値を変化させることで球面収差の強弱をコントロール、すなわちソフトフォーカスの量を変えることができる。

コマ収差

 「コマ収差」は光がレンズを通る位置によって結像する像の大きさが変わるために発生してくる現象。そのため像倍率収差ともいう。
 光軸から離れたところで点像が光軸上の画面周辺部に向かってすい星(comet=コマ)のように尾を引いて写る。大口径レンズほど目立ちやすい。この収差も非点収差と同じように絞り込むことで目立たなくできるが、レンズ面の曲率を適正に仕上げることや、凹凸レンズを適正に組み合わせたり、あるいは非球面レンズを使用することで補正することが可能といわれる。
 球面収差のあるレンズのぼけ味は、ほぼ円形にぼけるのだが(このためきれいなぼけ味のために球面収差をわずかに残して仕上げることもある)、いっぽうでコマ収差の残ったレンズのぼけは偏ったぼけになるためキレイなぼけ味にはなりにくい。

 下の(図・5)の画面隅の点光源の状態を見てほしい。鳥が羽を広げて飛んでいるように点像が流れている。コマ収差と非点収差(次項参照)が混在しているようだ。

(図・5)

 (図・6)は(図・5)の赤枠で囲った部分を拡大したものである。同心円方向に羽根が広がったように見えるのは非点収差の影響によるもので、画面四隅に放射方向に点光源が伸びている(鳥の頭の部分)のはコマ収差によるものと思われる。

(図・6)

非点収差

 「非点収差」は画面中央部では結像しているように見えるのに、周辺部では正しく結像しない(ピントが合わない)現象。画面中央部でピントぼけがおこるのが球面収差だが、非点収差はとくに画面の周辺部で目立って像が流れてぼける。
 縦線にピントを合わせると同じ面上にある横線がピンぼけになるのが非点収差だ。結像面が平面にならず凹面または凸面のゆるい曲面になる収差で、こうしたことから像面湾曲収差と似たところもある。

 点光源を写すと点像が広がって鳥が羽を広げて飛んでいるような形に写ることがある。非点収差のぼけ像はピントを合わせる距離によって横に広がったようにぼけたり、縦方向にぼけたり、上下に広がったようにぼけたり〝千変万化〟する特徴があって厄介な収差のひとつ。

 非点収差は絞り込むことで、ある程度だが目立たなくできる。レンズ表面の曲率を正確に最適化することで発生を抑えることができるが、両面非球面レンズを使用することで補正効果があるといわれている。

像面湾曲収差

 「像面湾曲収差」はピントを結んで像ができる面(像面)が平面ではなく湾曲してしまう現象である。中心でピントを合わせると周辺部がぼけて写り、周辺部でピントを合わせると中央部がぼけて写ってしまう。
 F値の明るい広角レンズでよく見られたが最近は設計技術が進歩して、そうしたレンズはほとんど見かけなくなった。

 像面湾曲収差の強く残ったレンズのことを「平面性の悪いレンズ」ともいい、たとえば人物撮影でカメラを固定したまま画面の端にある眼にピントを合わせると画面中央部がぼけて写ってしまう。あるいは、画面中央部で眼にピントを合わせたまま構図を変えると眼がピンぼけになってしまうのも像面湾曲収差のせいだ(コサイン誤差の影響もあるが)。

 絞り込むことで、ある程度は収差を補正して目立たなくできるが、それはピント深度に頼っているだけで拡大倍率が大きくなれば補正効果はほとんど期待できなくなる。
 像面湾曲収差は非点収差と関連性が強く、そのため非点収差をうまく補正すれば像面湾曲収差も目立たなくなるようだ。

歪曲収差

 「歪曲収差」は簡単に言えば直線が歪んで写ってしまう現象である。画面周辺部近くにある水平線や垂直線が曲線のように歪んで写る。

 歪曲収差は像がぼけるとか滲んだりするものではなく、他の収差とは異なり、ピントは合っているのだが歪んで写るという現象でもある。歪みはとくに画面周辺部で目立つ。
 画面の中心部から外側に向かって膨らんだように歪むのが樽型収差とか弓型収差という。逆に、画面中心部に向かってへこんだように歪むのが糸巻き型収差である。さらに、樽型収差と糸巻型収差があわさったような歪みの陣笠型収差もある。この陣笠型収差は、強く出た樽型収差や糸巻型収差を光学的にやや強引に補正しようとしたときに目立つことがある。

 一般的にだが広角系レンズでは樽型収差、望遠系レンズでは糸巻き型収差が目立つ傾向がある。そのためズームレンズでは広角側で樽型、望遠側にすると糸巻き型収差になることが多い。しかし、ズーム中間域では樽型と糸巻き型が相殺されて歪みのほとんど目立たない焦点距離が存在する。ズームレンズを使って歪みのない写真を得るにはこのような焦点域を利用するという方法がある。

(図・7)
(図・8)

 上の2つの画像を見比べれば歪曲収差の様子は一目瞭然だ。
 (図・7)は画面の上下端で弓なりに歪んでいる。これは樽型歪曲収差のせいである。(図・8)は歪曲収差の歪みを画像処理により補正したものである。歪みを補正すると画角が少しだけ狭くなるため、画面の四方が補正前と比べるとカットされてしまっている。

 歪曲収差の補正は、絞り込んでも効果はない。絞りの影響はまったく受けず補正はされない。
 しかしデジタルカメラ時代になりカメラ内で画像処理を活用することでほとんど目立たない程度に補正ができるようになった。ただし上手に補正しないと、部分的に画像を引き伸ばしたりするために画角がわずかに狭くなってしまう欠点もある。

 ところで、これはよく誤解されることがあるのだが、歪曲収差はディストーションともいいディフォルメーションとは違う。
 ディフォルメーション(変形)は、広角レンズで撮影したときに画面周辺部にある真ん丸な円がラグビーボールのように歪んで写ったり、高層ビルを下から見上げるように撮影すると台形に歪む現象で、これを遠近歪み(パースペクティブ歪み)ともいい歪曲収差とはまったく違う。

(図・9)

 上の(図・9)はそれぞれの収差が画像にどのような影響を及ぼしているかを簡単に図式化したものだ。
 なお、色収差などについては次回に詳しく話をしたい。

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