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【しんぞう #1】「会社員」になれなかった先天性心疾

古川 諭香さん(前編)


“魚の心臓”と例えられることもある「単心室・単心房症」は左心房と右心房を分ける壁が存在せず、心室や心房がひとつしかない先天性心疾患。難病指定されており、現在の医学では根治が難しい。

そんな病気と生きてきた古川諭香さんは脾臓がない「無脾症」や「内臓逆位」など、心臓病から起因する病気も数多く持っている。

「昨日仲良く話していた友達が急変して、翌日に病室からいなくなってしまうのが幼少期に見ていた世界。同志の分も、生き延びることができたこの命を大切にしたいです」

古川さんは生後間もなく、2度の手術を受け、単心室・単心房症にとっては最終的なゴールである「フォンタン手術」を目指すことに。フォンタン手術は通常の血液循環とは異なり、静脈血を直接、肺動脈に流せるように血流を転換するというものだ。

階段を上ることが難しい、体育に参加できないなどの行動制限はあったが、日常生活は普通に送れていたため、普通学校への通学が認められた。

だが、入学直前、独断で自宅にやってきた教頭から「養護学校へ行ってくれ」と言われ、子どもながらに差別というものがあることを知る。

「今以上に障害への差別があった時代でした。両親は特別児童扶養手当の申請をした時、市役所の職員から『そんなに金がほしいか』と笑われたそうです」

その後、校長から謝罪を受け、当初の予定通り普通学校へ通い始めたが、学校生活では内部疾患を伝えることの難しさを痛感する。普通に生活できているのに、体育の授業には参加できない古川さんの姿を理解しがたいと思った体育教師は多く、心ない言葉を何度も耳にした。

「同級生は優しく、私をおんぶして階段を上ってくれました。嬉しかったけれど、同時に無力感も抱きました」

そんな日常が変わったのは、小学校4年生の頃。肺の大きさなどが基準を満たし、フォンタン手術を受けられることになったのだ。術後、チアノーゼで紫色だった唇や爪は綺麗なピンクに。80前後だったSpO2(※血液中に含まれる酸素を示す値)も術後は健常者と変わらない数値になったため、階段が上れるようになった。

こうして、健常者とほぼ変わらない日常生活を送れるようになった古川さん。だが、見た目から障害がより分かりづらくなったことで、周囲に持病を伝える難しさを痛感する。

特に障壁となったのは、就労の問題。障害者雇用枠に応募するも、面接で病名を伝えると過度に身構えられ、「階段は本当に上れますか?社内は、どのくらい歩けるんですか?」と聞かれた。

「一番ショックだったのは、『車椅子の人みたいに見た目で障害が分からないから、言っていることをどこまで信じていいのか分からない』と言われたこと。そう言いたくなる気持ちも分かるけれど、就労のスタートラインにも立てない気がして悲しかったです」

できる仕事ではなく、やりたい仕事に就きたい。けれど、現実の自分はできそうに思える仕事さえも任せてもらえない人間。度重なる不採用通知が苦しくなった古川さんは会社員になることを諦め、バイトに明け暮れた。

そんな時、バイト先で声をかけられ、小さな工場の事務員になる。障害を受け入れ、雇用してくれたことや、ようやく社会人になれたことが嬉しかった。

だが、正社員として働く中で持病との付き合い方に悩む。定期健診のため会社を休むことが申し訳なく、休んだ後に忙しさから体調を崩す自分に嫌気がさした。

「担当医に相談して月1の通院を3ヶ月に1回にしてもらうなど、できる対策はしましたが、周りの人のようには働けませんでした」

また、従業員数が増えるにつれ、持病の説明をする機会がなくなり、「動かせてはいけない子」というレッテルを張られたそう。その優しさはありがたかったが、会社の歯車にすらなれていないのではないかと孤独感を抱いた。

「その会社は社長が大声で従業員を叱るブラック企業でもあったので、心が持たなくなり、結婚を機に退職しました。『ここでダメなら他の職場でなんか働けない』という社長の言葉が頭に残り、私にできる仕事なんてないのかもしれないと思うようになりました」


後編に続く)




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