見出し画像

【め #19】自動運転エンジニアから視覚障害への挑戦

千野 歩さん(前編)


 千野さんは、スマートフォンアプリと靴につける振動インターフェースで視覚障害者の歩行をナビゲーションする『あしらせ』を開発・販売する株式会社Ashiraseの代表をされている。同社は、日本を代表する自動車メーカーであるHondaの新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」発のベンチャー企業第1号である。


 そのHondaで自動運転の研究開発に携わっていた千野さんが、なぜ視覚障害者の歩行支援をするベンチャー企業を立ち上げるに至ったのか。

 きっかけは、義祖母の事故。地方に住むおばあちゃんが買い物の行き帰りで行方不明になり、川に落ちて亡くなっているのが発見される、家族にとってとても痛ましい事故だった。警察官から目が不自由だったことも原因ではないかと指摘された。

 千野さんは、この事故をそれだけで終わらせず、技術者ならではの視点でも捉えた。それまで取り組んでいた自動運転は、外的要因との関係で事故を起こさないようにするものだ。他方で、今回のケースは、外的要因もない単独の状態で事故が起きた。「歩行もモビリティであり、そこへのテクノロジーがそこまでない」ことに気付き、「“歩く”を切り口に人の豊かさに貢献しよう」と思い立った。


 千野さんがすぐに足を運んだ先は、Hondaが研究所を構える栃木県宇都宮市の地元にある障害者の施設や団体。歩行を支援するのに足に振動を与える発想は最初からもっていた。しかし、それが足の裏だと感じにくかったり、点字ブロックを感じる邪魔にもなる。じゃあ振動を与える先は顔の周りか、手か、鎖骨かと体中を試し、さらには視覚障害者が歩行時に使う補助具の『白杖(はくじょう)』まで。視覚障害者から「白杖は私たちの目です。邪魔されたら嫌ですよね?」と言われながら、当事者が保有する視力レベルや、環境を認識するために重要な聴覚などを踏まえて「完全に邪魔しないインターフェース」を目指した。その結果たどり着いたのが、現在の『あしらせ』の特徴である。


 このインターフェースをもって本格的な製造段階に移行しようと、クラウドファンディングで先行販売に踏み切る。しかし、これまでも視覚障害者へのヒアリングは重ねてきたつもりだったが、実際に販売してお金を払ってもらうとなったときに、それまで課題と思っていたことが「実は課題じゃなかった」。

 例えば、こうしたナビは「初めての場所に行く際に必要とされ、行き慣れた場所であれば既に把握しているのでナビするニーズはないと思っていた」。しかし、当事者に実際に日常生活で使ってもらうと、行き慣れた道でも外れる怖さを抱えている。また、機械はどうしても最短距離をナビしてしまうが、「音響信号や点字ブロックなど彼らなりの歩きやすさがあった」。マイルートを登録できる機能を付けると、ユーザーの登録率は6割にも上った。「スムーズに行けることよりも、安心していけること。心理的ハードルを下げていくことが大事」だと気づいた。

 その気づきは、徹底される。筆者も視覚障害者とお話しする中で「(既存の)ナビアプリは目的地の最後でどうしてもズレがあって、建物の目の前にたどり着けない」と何度もお聞きした。千野さんは「通常のナビは20m手前で終了するが、『あしらせ』は0mで終了するプログラム。」と胸を張る。当事者に安心を提供したい想いは、そこで留まらない。今年1月、スマホカメラの映像を通じてオペレーターが遠隔で視覚障害者をサポートするサービス「アイコサポート」との連携を開始することも発表した。他の事業会社のサービスと連携することで、よりシームレスな安心が提供される。

 こうした当事者の真の課題に寄り添った結果、昨年1月から11月の間に製品をアップデートした回数はなんと23回にも及んだそう。これほど当事者に寄り添った開発こそ、障害者支援に留まらず顧客起点の製品開発のお手本ではないだろうか。

後編に続く)


▷ あしらせ


⭐ コミュニティメンバー登録のお願い ⭐

 Inclusive Hubでは高齢・障害分野の課題を正しく捉え、その課題解決に取り組むための当事者及び研究者や開発者などの支援者、取り組みにご共感いただいた応援者からなるコミュニティを運営しており、ご参加いただける方を募集しています。


Inclusive Hub とは

▷  公式ライン
▷  X (Twitter)
▷  Inclusive Hub


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?