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近所のたかしくん

あれは、幼き頃の妖精だったのだろう。

僕とたかしくんとの思い出は、僕の中の最も古い記憶にある。
なんでこいつなのか、それぐらいインパクトがあったのだろう。

たしか、3歳ぐらいだったか、曖昧であるが、僕はうちの前の坂を三輪車でキコキコと上っていた。 
うちは長崎の海の見える高台の、坂の田舎町だ。僕はそこで大人になるまで、なんとなくボヘッと過ごしていた。

幼い僕は坂の上の何でもない距離を一生懸命に上り、ちょっと平坦になったところで、三輪車を逆さにした。
カキ氷屋さんになったつもりだろう。ペダルを回して遊んでいた。

すると、あるお兄ちゃんが近づいてきた。

僕はボヘッとしたドンくさい子どもだったから、その近所のお兄ちゃんを暖かくむかえた。

まあ、記憶は曖昧だ。しかし、鮮明にシーンとしてずっと残っているのは事実なのかもしれない。そのお兄ちゃんは、どういう経緯かわからないが、僕の腕をガブリと噛んだ。

たぶん泣いたのかな。わからない。記憶にあるのが、腕に残る鮮明な歯形だ。こうして、僕とたかしくんとの奇妙な思い出が出来た。

1章「なぜにいじめる?」

僕は長崎の田舎に住んでいた。僕が小学生のころの1980年代、長崎はまだ三菱の造船業がさかんで、都心部から離れた南部の田舎は「○○台」「○○団地」など住宅地としての開発が進み、今現在の過疎ぶりでは考えられないくらい、住居の建築が進んでいた。

僕の家の目の前の空き地も、のちに多くの家がつくられるようになる。
しかし、当時はまだ空き地だった。
そこで、おばあちゃんがよく焚き火をしていた。
僕はおばあちゃんといっしょに、焚き火をじっと見ていた。

すると、突然、たかしくんが乱入。たかしくんは僕の2件となり家だ。

「火事だぁ!火事だぁ!!」とバケツに水を入れ、駆けつけてて、僕ごと焚き火にぶっかけた。
さすがに僕は怒ったのか、「火事じゃなかって!焚き火って!!」と幼いながらもがんばって主張した。
たかしくんは「いや…火事って思うたとさ…。」と意味の分からないことをつぶやいた。僕はここで、たぶん、怖いというより「ただのイカれたバカ」と認識しはじめた。

ある日、たかしくんは、うちの壁に水風船を投げつけていた。
僕は「なんばしよっとや」と聞いてみた。
「こい、ションベンの入っとるけんね!」

次々と投げるたかしくん。狂っているのか。
僕にも投げつけてきて、追い回された記憶がある。本当に嫌なヤツだった。

2章「ついに、遠い世界へ」

ある夜、僕はトイレで用を足していた。

すると、声が聞こえる。
僕はボヘッとしながら怖いけど、用を足しながら聞いていた。

会話?

じゃない?一人?

何を言っているのか。聞いたことのない言葉?

呪文?

僕は怖さのあまり、その正体を知るべく、トイレを出て、向かいの空き地を見てみた。
たかしくんだ…。

なんだか、槍のようなものを持ち、呪文を唱えながら、グルグルと同じところを回っている。

黒魔術?魔方陣?

「何ばしよっと?」
「信長ば呼びよっと。」

そうか。そういう人なんだな。

3章「成長」

僕は近所の幼馴染とよく遊んでいた。特によく遊んだのが「だいちゃん」。
僕と正反対の、運動神経バツグン、ガタイもよく、活気で機転もよく、肝もすわったガキ大将。
のちヤンキーのリーダーとなり、中学では疎遠になったが、当時はたまに「おう、てっちゃん、遊ぼうで!」と声をかけてくれていた。

そういうグループに流されるまま合流していたので、彼らとともに僕はたかしくんのことを「イカれた見世物」として見るようになった。

たかしくんと幼馴染のグループでよく公園で野球やサッカー、チャンバラなどで遊んだ。しかし、よくたかしくんは、よくわからないことに泣き叫び、逃げるように帰っていたのを覚えている。

それを追いかけたり、挑発したり。たかしくんも早く帰ればいいのに、真に受けていて、僕たちも意地になり「帰すか!」となっていて、しまいにこんなイジメっぽくなっていた。

たかしくんと僕は2歳の差だ。僕はたかしくんを反面教師というか、イジメられる姿を支えに生きていたのだろう。

ある日、だいちゃんが「てっちゃん、お腹すかんね?」と聞いた。
僕「すいた。」
だいちゃん「何か、食べにいかん?」(当時は駄菓子屋がまわりに何件もあった)
「おごるけん、たかしくん呼んでこんね。」

僕はたかしくん家に行った。
「野球せん?」
「えー、どうしよっかな。」
「よかけん、しようで! だいちゃんも呼びよるけん、しよ?」
たぶん、しつこかったと思う。

うちの長崎の高台は、海の前の崖を縫うように家が建っているようなものだ。
家の前のせまい空き地、その下は斜面、畑や木が茂り、小道が下の海の方につながっていく。
今は山田さん、椋木さん、いろんな家が建っているが、当時は空き地に家の基礎の下は崖っぷちだった。

そこにたかしくんを立たせ、バットを持たせてた。
どこからか、ゴムボールを用意しただいちゃんが、ボールを投げた。
豪速球。当然、打てるわけではない。ボールは崖の下のどこかに落ちていった。

だいちゃん「ちょ、なんでたかしくん、打たんとね?」
たかしくん「いや…  だって。」
だいちゃん「ボールどうすっとね。たかしくん打たんけん、ボールなくなったたい。」
たかしくん「え?」
だいちゃん「どがんすっとね(どうするんじゃいワレ、オラ!)、もう弁償たい。」

僕はボヘッとした人間だから、だいちゃんの策略に気づかず、いつもの2人のケンカと思っていた。
ボヘッとしていたら、だいじゃんが来た。
「てっちゃん、アイス食おうで、アイス!」

アイスくらいだし、だいちゃん大人だし、と僕は思っていたのだろう。小学4、5年生ぐらいだったか。頭悪いのもほどがある。

4章「妖精だったたかしくん」

彼はおそらく、少年の心のまま中学生になった。やがて年下にもバカにされ、追い回された。中学2年生のくせ、小学生低学年に追い回されていたのを覚えている。

そんなたかしくん、槍にはまっていたようだ。もともと、僕らが空き地にやがて建てられるようになった住宅に捨てられた廃材を集め、ビニールテープを巻き、細い棒切れは槍に、ちょっとした板は剣や盾にして、ドラクエやファイファン、ガンダムやビックリマンのごとく、ヒーローになったつもりで空き地や山の中、公園を駆け巡り、チャンバラ遊びに興じていた。

たかしくんも交ぜて遊んでいたけど、「痛か、痛かて!」「槍の壊れるって!」と嘆くから、「そぎゃんでどうすっとや!」と叩いていたから、「もうよか、帰る!ウワーン!!!」と、いつも逃げていた。

たかしくんはチャンバラより槍をつくるのを楽しんでいたのでしょう。

やがて、僕らがチャンバラに興味がなくなっても、たかしくんは槍を作り続けていた。たかしくんが中学生になって、僕らと時間があわずに遊ばなくなっても、たかしくんは自作の槍を持ち、「ヤアヤア我こそは!」「パカラッパカラッパカラッ」と近所を駆け巡っていた(たぶん三国志にはまっていた)。しかし、決まって近所のチビッ子に「あ、たかしだ!」「やーいやーい、たかし!」と石もて追われていた。
僕の父もたまに、「あのたかしとはもう付き合うな」と言いました。

ある日、僕とだいちゃんがまた策略を企てた。

僕がたかしくんと遊ぶ。たかしくん家を訪問し、彼が好きな三国志やそのゲームを聞く。たかしくんちに上がりつつ、たかしくんに最大限の賛美をあげ、ひたすら「すごかね」「すごかね」と言い続ける。壊れたテープレコーダーみたいに。
その間にミッションは行われていた。だいちゃんが物置に忍び込み、槍をすべて強奪。なんという孔明。

だいちゃんが玄関で僕を呼び、ミッション完了。
公園で、ひたすら僕たちは槍を狂ったように折った。公園の柵の下の草むらにどんどん捨てた。

すると翌日。公園で呆然とするたかしくん。近所のチビッ子たちが槍の残骸でチャンバラして遊んでいた。

そんなたかしくんと僕の別れは訪れる。

僕は中学生になり、たかしくんも中3。
あまり近所で遊ばなくなり、空き地もどんどん住宅が建っていく。

ある日、僕は買い物のために家を出たとき。空き地に建設中の家から「おーい、てつを」と声が聞こえた。

誰も居ないが、たかしくんの声。どうでもいいから立ち去ろうとしたら、
「上って、上、うえ!」

見たら、建設中の家の二階のベランダから、なんと全裸のたかしくん。

「たかしくん、なんばしよっとね?」

「気持ちよかぞ!!」

どんな会話をしたかまったく覚えてないけど、僕は足早に立ち去ったと思う。今思えば、あの清々しいまでに全裸で「よお!」と手をかざし爽やかな笑顔を見せたのだ。今思えば、そうだ、妖精だったのだ。

終章「さよなら」

さらにその後、僕は家の前、建設が進む住居たちの道を買い物に通っていた。
「おーい、てつを!」
「(またか…)」

僕は空き地の草むら(今はたくさん家がたっています、家の坂の下)をかきわけて進むと、衝撃的な姿が。

全裸。

仰向け。

大の字。

勃起。

笑顔。

無毛。

中3。

絶句でした。

「g968tjhtjgtjtふじこ」

「気持ちよかとばい。」

僕は走り逃げ去り、そこでたかしくんとの交流は終わったようです。

エピローグ

たかしくんはうわさによると、長崎銘菓「一口香」の工場で働いているとか、もう辞めたとか。立派に長崎の郷土にて勤めていたのを知りちょっと見直しました。

今や、僕も魑魅魍魎の一人です。たかしくんも立派な魑魅魍魎の1人だが、それ以上にいろんな魑魅魍魎と出会ったな。

今や、歴史上のいろんな人が魑魅魍魎と知った。伊藤博文は総理大臣ながら女遊びでホームレスに、ルソーは露出狂、島崎藤村は姪を妊娠させ、キュリー夫人は弟子と不倫した。有名人だから、異常性も周知されることがあるだろう。

僕も人間のクズだ。僕もふくめて、いろんな魑魅魍魎を書き残していきながらあの世に去ろうと思う。

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