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厨二的、私の映画の観方 シン・ウルトラマン

ちょっと厨二的な映画の観方を入れていいですか、映画の感想というより、いつも自分へのメッセージとして観てしまうから、ちょっとおいおいって話に展開しますけども。。そしてありえないほど長文ですw 

やれやれと思う方失礼 笑

残したくなって残します。

シン・ウルトラマンを観ました。

この様な感じで進んでいくんだね、ちょっとこのシーンは何か気になるなあなど なんか没入するとこと客観的に観たりしながら映画を観ていた。

映画の感想というより
映画を観ていると自分に語りかけてくる。
マーベル作品を観ているとよくある

「Remember who you are」的なそれです。

今回、別にないです 笑
そんなセリフもないですし
映画観たらわかりますが、ウルトラマンってあれですからね。ハイブリッドというか。

でも、この映画を観ながら、2021年2022年に様々なことが起きて、絶望から、ここ2週間くらいで復活し、新しい感覚が誕生してきた自分自身と無理矢理重ねました。

幼少の頃から何で生きているんだろうと苦しい日々の中、生きていて、それから中学になり、高校と成長し何者かになろうとしてる自分自身が現れ、俺、めちゃ能力を持ってるやんと思い、厨二的ヒーローにマインドがなっちゃうほどブチ上がった。

17歳でアメリカに人に逢いに行き、18歳の時、地元での解散ライブでは300人くらい人を集め、それから時代をぶっ飛び2006年には東京デザイナーズウィークのコンテナ展で3万人近い来場者の中、1万人の人が私のブースに並び、「感動プロデューサーです!」と言いながら、名刺を配っていた。主催者も唸らせたほど人が並んで、この人何者? と主催者に呼び出された 笑視聴者が感動して帰っていったそんな過去は遠い昔の話。(言わせて)

何者かになって人に笑いと感動と生きる喜びを与えたかった、それが自分の生きる目的になりたかった。

先月、落ち込んだ時は、生きる気力がウルトラマンのランプ点滅の様にもうあかんかもってなってたんだけど、エンドロールの米津玄師の曲を聴きながら、そして帰り道にその曲が頭に鳴り響きながら、昔の自分自身を走馬灯の様に思い出した。

高校生くらいの時、厨二病的なダークヒーローみたいな私は「最期は地球を救って終わりを迎えたい」とアルマゲドン的な発想で何かがあった時、俺がそこに飛び込んで人類を救うと思ってた、一瞬で死ぬのに。。笑

そのくらい、生きることは、「意味を持って死ぬことだ」と思って生きていた。 それを思い出した。 これはウルトラマンにもある意味出てきますが。

で、今なお私は自分をどう表現し生きていくかと考える。

「生きることの探求」が趣味でもあり、ライフワークなので全然満足をせず、もっと自分の魂を生かして生きたいと思っている。

最近、弱ってからの生誕をしたことにより、ここ1週間なんだろう、マインドがすごいことになっている。昔の感覚が戻っているというか、ちょっとヤバい人になっている。いい意味で。

何者かになりたくこれからも生きていくところはあると思う。だけど、昨日、スタスト神宮に来た方から「今後TETSU-LAWさんと一緒に何かしら行動を起こしそうな予感がしています!」と、そして、その方から「自分のコスモに火がついた!」と(古いw 表現好きw 聖闘士星矢w)言葉を贈ってもらいました。で、昨日もそうだし、今日エンドロールの時流れる米津曲を聴きながら思った。

何者でなくても、今、目の前の人を生かすために生きる。

それでいいじゃないかって。

自分自身これからも表現や仕事など頑張っていく、それと同時に、「Style & Story」(スタスト)という名前のコミュニティ、それは、TETSU-LAWの思想とメンバーが自分らしく生きようとする想いと行動による化学反応装置。

その、スタストで「目の前の人がより自分らしく生きるために情熱を向け、一緒に生きるだけ」で、魂は喜ぶんじゃないかって。

もう、全員に「機会と場」を提供しながら俺が全員とコラボするくらいの勢いで、全員を俺が生かしてやる!!!

そのくらいダークヒーロー的熱さが出てきたんですよね、シン・ウルトラマンを観て 笑

そういう映画の観方をします 笑

そんなお話でした。

あなたを生かすために生きてるのかも
そしてそれにより俺自身が生かされ生きている

おしまい。


※画像は 映画『シン・ウルトラマン』公式サイトより。(C) 2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C) 円谷プロ


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