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波物語騒動について、ひとりの医者が思うこと

昔趣味でバンドをやっていた程度の音楽好きな、いち医療従事者の所感です。
今回の波物語の件で、さすがに腹に据えかねたのでここに記録します。

ちょっと長いです。


まず、前提の話をさせてください。
音楽含めた芸術は「自己表現」の場でであり、お金を払ってそれを鑑賞する人間という存在は、「表現者側の在り方や表現にお金を出したいほど強く惹かれる」という感情なくして成り立ちません。
表現者側は「思想」「嗜好」をもって発信し、鑑賞者側は「共感」「共鳴」をもって受信する。
「カッケー音楽だろ」「こんなことを考えてるんだよ」「こうだったらいいよね」などの主張に基づく表現に鑑賞者が共感し、求める。
簡単に言えば、「これよくない?いいよね?」と出した表現物に強く惹かれる鑑賞者は、表現者に近い価値観を大なり小なり持っているということになります。
強く惹かれれば惹かれるほど、共鳴すればするほどその表現者を求める行動力は、確実に強くなるでしょう。
それが音源を購入することであったり、ライブに行くことであったりすると思うのです。

それを踏まえ、今回の騒動の話をしましょう。


今現在、巷で音楽フェスは確実に疎まれており、槍玉にあげられています。
大部分の人にとって、「芸術」という生きるために必ずしも必要のないもの。
いわば娯楽に興じ、時には反社会を唄い、感染拡大のリスクを上げるとはいかがなものか。
そんな意見です。

ただ、言ってしまえば彼らは商売でもあります。アーティストも、音楽業界も、すべてを封じられればご飯が食べられなくなるのは言うまでもありませんので、ライブも新曲発表もして収入を得ないと生活ができません。
じゃあ黙々と新曲だけ出していればいいのかもしれませんが、芸術・表現というカテゴリであるがゆえに、ライブというリアルタイムでのコールアンドレスポンスこそアーティスト、観客が最も求めるものでしょう。
そんな中で、現代の音楽業界はライブ・フェスをやりつつも、なんとかソーシャルディスタンスを保ち、観客は声を出さず、酒を飲まず、感染リスクを最小限に抑えに抑え、表現の場をなんとか潰さないように試行錯誤していますし、コロナでストレスの多い中でそれを求める人たちも多数いる、というのもわかる話だと思います。

試行錯誤の結果として無観客フェス、あるいは有観客でもアーティストが煽ろうがなにしようが一切声も出さず、ダイブもモッシュもせず、オーケストラ鑑賞のように静かに聞いている映像を見たときは感動したものです。
彼ら自身、そして彼らの表現の場を消さないよう、最大限努力して得たやり方で表現するアーティスト、そして音楽のみならずそのやり方にも「共感」「共鳴」し、決められてしまったルールを守って、イベントの存続と表現の受信を求める鑑賞者。
そこには確かに無言のコールアンドレスポンスがありました。


そのすべての努力をブチ壊したのが、件のイベントです。


新型コロナウイルス蔓延前の映像と見紛うばかりの密。モッシュ。
煽るアーティスト、それに普通に応える観客。
「損が出るから」というクソみたいな理由で売られる酒。(知らんがな。そもそも仕入れるな)
アフターパーティーと称したクラブでの朝まで飲み会。

これにキレるなってのは無理です。


彼らは、その場に集まった表現者と鑑賞者は、その表現と共鳴をもってこのイベントを作り上げました。
「コロナはどうでもいい、自分たちが楽しければいい」
それを自覚的に、あるいは無自覚に持っている人間の集まり、というイベントを。
上述の通り、表現者と鑑賞者が強く共鳴したとき、わざわざお金を払ってライブを見に行くわけです。
つまり、この場も例外なく、わりと同じような価値観を持った人間たちの集まりということになります。

ノコノコ集まり、
売られているからという理由で酒を買い、
一応は提唱されているルールを守らず楽しむ観客。

ノコノコ集まり、
危険な状況であることを把握していながらも、観客を諫め鎮めたりせず、
盛り上がっているからと、さらに盛り上げようと煽りつづけたアーティスト。

日本のHIPHOPがこういう集まりなんだと、よく知らない人間から思われても仕方ないじゃないですか。


そもそも日本のHIPHOPは特に「自分の主張」を強く前面に出しますよね。
やれ「進め」だの「生きろ」だの「帰れ」だの。
主張を戦わせるバトル(笑)もあるくらいです。

これが、あなたがたの主張ですか?だとしたら随分と幼稚な主張ですね。
なにが幼稚かって、すべては参加者全員の想像力の欠如が原因であることです。


今回のフェスの状況で問題になるのは、
① 参加者またはアーティスト が 参加者またはアーティスト にうつされ、感染・発症するかもしれない
② 同様の経路で、不顕性感染(症状のない感染)が蔓延するかもしれない
という2点に集約されます。
こんなに騒がれている中で、この2つを知らないとは言わせません。

特に怖いのがこの不顕性感染ですが、人間自分に症状がないと、つまり「持っているかどうかわからない」状態だと、つい「持っていない」と思いがちです。
しかし、特に若者はこの不顕性感染が高齢者より多く出ると予想されるのが本感染症のある程度一般的な考え方です。
ここで「自分はウイルスを持っているかもしれない」という想像力がまず必要です。
それを想像し、強くその先を思い描く力を持っていれば、仮にフェスに参加してしまったとしてもみんな踏みとどまれたはずなんです。

観客は密にならず、酒も買わず、声も出さずにいられたはずです。
主催者側も、観客がルールを守らなければライブを止めることができたはずです。
利益が出にくくとも、フェス以外の酒の販売方法があったはずです。
アーティストも、観客や多数の人たちを守るため、ライブを放棄することもできたはずです。

でも、しなかった。誰も。
「その場の楽しさ」に流された、想像力の欠けた行動であったといえます。
しっかりルールを守るイベントは根底に「人命を軽視しない」という要素があるがゆえに成立しますが、今回のイベントはそれがすっぽり抜け落ちていたのです。


偏見で言います。
日本の音楽業界の中でもアンダーグラウンド感の強いジャンルであり、ふとしたきっかけで悪者の集まり扱いされるのがHIPHOPではありますが、それを楽しんでいたり許容している人たちも多いジャンルです。彼らはその中にあってカッコよさを求める人たちでもあると思いますが、このフェスの参加アーティストたちの根底にあるものは「楽しければなんでもいい!」という、想像力の欠片もない、人命なんて考えもしない気持ちなんだ、というぶっちぎりのカッコ悪さ、クソダサさが見えてしまいました。
J-HIPHOP全般がそうだとは言いませんが、このジャンルはやっぱりそういう人が多いんだろうな、というのは世間一般の認識に漏れず、私も感じたことです。
ちょい悪な仲間内でなんでもありも結構ですが、感染症においてはいろいろな人に多大な迷惑をかけるかもしれないことに気づいてください。


「楽しすぎてコロナにかかって死んでもいい」みたいな参加者の声もありました。
あなたが感染しようが死のうが別にかまいません。人間、自分に関わりのない人間の死には無関心であるのが普通であり、私もそうです。あなた方もそう思うからフェスに参加したんでしょう。

でも、
あなたが殺してしまう人間が、知らずのうちに増えていませんか?
あなたは同居している大切な人にうつし、発症させてしまう可能性に気づいていますか?
電車やバスに乗って、職場や学校に行きませんか?そこでうつしてしまった人にも、大切な人がいませんか?
仮にあなたが発症したとして、献身的に介護してくれる人がいませんか?
その人や、職場・学校にかかる負担、リスクを考えていますか?
あなたが死んで、悲しませてしまう人はいませんか?

これらを想像できているでしょうか。
いないからこんなことが起こったんでしょうね。
そして、そんな人間の集まりだったんでしょうね。
頼むから外に出ないでください。ウイルスもらってますから。


日常生活にもリスクはある?
そうですね。だからみんな気を付けてるんですよ。
そこに今回のほぼ確実にウイルスもらうイベントに参加すしてリスク高める必要あります?

似たようなことをしている人はたくさんいる?
でしょうね。だから感染が収まらないんですよ。
いろんなところで起こっていますが、順番の問題です。
こんな目立つことしたら率先して批判されるとも思わなかったんですか?


そして、こんな考えなしの人間によって自分の大切な人が脅かされる可能性があること、私の仲間たちのただでさえ重い負担がさらに増えてしまうこと、音楽という文化が槍玉にあげられていること。これらすべてに、怒りを禁じ得ません。
私自身は医者であり、現在は一時的にコロナと深く関わることのない現場で働いていますが、一時期はぶっちぎりの最前線で戦いました。
状況は日に日に悪くなり、デルタ株の蔓延で若くして人工呼吸器、ECMO、死亡の症例は間違いなく増えています。
逼迫する医療情勢の中で医療者にかかる身体的、精神的ストレスは計り知れません。
集中治療のスキルがあるゆえに感染リスクの高い現場に駆り出され、こんなことならスキルなんか持っていたくなかった、家族が心配だ、別居しているとこぼす医療者もいます。激務と不安に耐え切れず、号泣している医療者も何人も見てきましたし、実際に感染してしまった人間もいます。
こんなに悲しいことはないですが、これが現実です。
日本の医療は、半分以上もう崩壊しているんです。
だからこそ、私はこんなに怒っているのです。
自分を含め、そんな中で必死に働く仲間すべてを踏みにじられたのですから。


やってしまったことはもう戻りません。このイベントによって、さらなる感染拡大は確実に今、起こっているでしょう。
もともとそこまで好きでもないジャンルではありますが、私は少なくともこのイベントに参加していたアーティストたちは全員、一生軽蔑します。決して聴かず、ライブも見ず、自分の周りで聴く人間をも許さないでしょう。
あなた方は、こんなことを主張するためにアーティストになったんですか?


フェスやるなとは言いません。ライブやるなとも言いません。厳しい現状も理解しています。
ただ、広く人命を守りつつ、この素晴らしい芸術文化をなんとか生き延びさせようとするための落としどころを模索してくださることを、音楽業界に対しては切に願います。
音源を購入し、今いる現場で医療を支えることが私にできる最大限です。
どうか、今後の音楽業界が素晴らしいものとなりますよう。

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