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夏目漱石 虞美人草

この虞美人草のタイトルは、私を大変惹きつけました。虞美人草すなわちヒナゲシ・ポピーは、イギリスで非常に大切な象徴の花です。戦死した人々を象徴すると共に11月11日の戦死者追悼記念日の花でもあります。言われは最大のヨーロッパの戦死者数を出した第一次世界大戦です。多数の死者が血を流したベルギーのその地でその翌年に沢山の真っ赤なポピーが咲いたところから来ています。11月11日11時にイギリス全土でこの赤のポピーを胸に2分間の黙祷を毎年行います。この「虞美人草」は、この言われの数年前に書かれていたものですが私にはイギリス滞在をした漱石と何かで繋がれていたと思われてしかたがないのです。

春の京都旅行で比叡山の登山に出た外交官志望の宗近一君と哲学者の甲野欽吾さんがやっとたどり着いた山頂で登山中の色々な話合いの一つの結論として「死に突き当らなくっちゃ、人間の浮気はなかなかやまないものだ」と出て来ます。彼らの友人である小野さんは、甲野さんの腹違いの妹藤尾さんに恋をしていて彼女と二人だけになれる腹心もあり京都旅行に参加せず東京に残って熱心に藤尾さんにクレオパトラを教えます。美人で気の強い藤尾さんは、品があり優秀で将来性のある小説家の小野さんに気が惹かれ始め自我の強い生みの母親の希望もあってこの小説のキーになる父親の金の懐中時計を小野さんのふところに入れるなどしてその時間を楽しみます。

甲野さんと宗近くんが滞在している京都の旅館の隣の家から上手な琴が鳴りその弾き手の女性と嵐野の散策で偶然に2回会います。控えめで見上げる程の美人でないにしても甲野さんの腹違いの妹の藤尾さんと宗近くんの妹の糸子さんの中間の容貌になる彼女に二人は何となく惹かれます。

小野さんには彼が東京に出て来る前に、京都で生きる事から勉強まで全ての面でお世話になった恩師の井上狐堂先生が居ましたそしてその恩師から手紙が届きます。彼はこの手紙が来る事を大変恐れていたのですがやっと開けた手紙は、予想した通りの小野さんにとって非常に招かぜざる内容でした。恩師が東京に住まいを移す事と恩師の娘である小夜子との口約束の結婚の確認でした。近くに住んでいる小野さんの京都以来の旧友浅井君にも恩師から東京に来る旨手紙が来ており、小野さんは彼からも結婚の打診を受けますがお茶を濁します。

京都では甲野さんと宗近くんが東京に帰るべく京都駅より急行に乗車します。列車は大変混んでいますが同じ列車に再度に渡って拝見した琴を引く女性とその父親が乗車している事を発見し偶然性に驚くと共により興味深くなります。新橋駅には小野さんが恩師親子をお出向に出ていましたが甲野さんと宗近くんとは紙一重の違いですれ違います。

帰って来た後も甲野さんの態度は以前と変わりはなく部屋に閉じこもって居るだけなので義理の母親と腹違いの妹の藤尾さんは益々彼を憎く思います。義理の母親は外国で亡くなった夫の財産が異常なまでに欲しく甲野さんが宗近くんのお父さんにまでも言っている「財産を藤尾にやって自分は流浪するつもりだ」を全く信用しないばかりか甲野さんの暖かい言葉「阿母さんの世話は藤尾にさせたい」を嫁に行かせない口実と疑って感情を高めます。藤尾さんは母親さんの尻馬に乗って義理の兄の甲野さんを嫌い彼の友人の宗近くんも外交官の試験に落ちた人、趣味のない人と嫌います。ここで藤尾の母親が金の懐中時計に絡めた話でお父さんが生前に宗近一くんに「この懐中時計をお前にやろうと思うがこの懐中時計を大変気に入ってる藤尾も付いて来るがいいか」と約束している事を打ち明けます。しかし藤尾さんはこの話を「馬鹿らしい」と全く受け付けず逆にこの懐中時計を小野さんに上げたいと言い出します。

孤堂先生に周旋した家は小さく貧弱な家です。ようやく小野さんがそこを訪問します。恩師は留守で小夜子さんと二人だけになります。5年間に大きく変わってしまった小野さんと小夜子さんに大きな溝が現われその上に藤尾さんに恋をしている小野さんの気持ちが益々その溝をそれを以上にしてしまいます。小夜子さんにも全く異なってしまった二人の事は分かり始め気まずい雰囲気が二人を苦しめます。この場面の漱石の描写は見事で私は心臓が裂けるほどの心の痛みを感じました。本当に小夜子さんが可哀想になります。急いで出て行ってしまった小野さんと一足遅れで帰って来た恩師は娘の小夜子さんに小野さんの事を色々問いますがお淑やかな小夜子さんは返答に息詰まり涙が出そうになります。恩師も小夜子さんも新しい東京は悪さばかりが目立ち、琴の音が合う京都へ再帰したい気持を持ち始めます。

夫が突然外国で亡くなって自分の明日に異常な心配をする藤尾さんの母親・謎の女は、娘と小野さんを早く結婚させ自分が安泰出来る事を図る為に宗近家を訪問し娘と一くんの結婚の話はなかったこととする様にしますが呑気者の宗近くんの父親は、謎の女が自分に恰好を付けて遠回しに話をする為にポイントを掴みません。仕方なしに謎の女は、一くんが外交官の試験に受かる迄はこの話は保留と父親と確認し合います。謎の女は、一くんは能力はなく試験には受からないと考えているからです。藤尾さんの母親の訪問を知って糸子さんは兄の一さんに藤尾さんは駄目です。藤尾さんは小野さんのような方が好きと忠告します。

小野さんは約束の世界博覧会に恩師と小夜子さんを案内します。人混みに慣れない二人は参ってしまい小野さんが茶屋に連れて行きます。そこへ博覧会に四人組で来ていた二兄妹が入って来ます。宗近くんと甲野さんは、一行に気が付き連れの女性が彼らの話題の人で驚きますが背を向けていた小野さんは、四人組に気が付きません。勝ち気な藤尾さんは、素早く状況を掴みますが兄達のする小野さん一行の話題に加わらずに外の景色を見る事に専念します。気の優しい糸子さんは「美しい方ね」とただ本音を言います。兄妹達が茶屋を出る時に昂然と歩く藤尾さんに宗近君が「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と後ろから肩をたたきます。藤尾さんには床につくまで、茶屋の最後に腹違いの兄が前言を繰り返した言葉「驚ろくうちは楽がある。女は仕合せなものだ」が嘲の鈴のごとく耳の近くで鳴っていました。

翌日、小野さんは恩師の弧堂先生を貧困から早く救う為にも藤尾さんと一日でも早く結婚しなければいけないと理屈を考えます。5日振りに藤尾さんを訪問しようと身仕度をし出掛けようとしている所へ恩師の計らいで小夜子さんが訪れて買物を一緒にしたいお願いをしますが小野さんは多忙を理由にそれを断り後で自分で買物をして置くと小夜子さんを帰します。藤尾さんに会う為に甲野家の近くまで来た小野さんは、ちょっと宗近家まで散歩に出た欽吾さんに会います。昨夜、博覧会に連れて行ってもらったことそれには藤尾さんも行ったことを聞きます。5日振りに会った小野さんは藤尾さんがどこまで昨夜の博覧会での小野さんのことを知っているか探りを入れますが婉曲に返答するだけで乗って来ませんでしたが、多忙は昼間もイルミネーションを見に行ってる為だろうと高笑いをします。諦めた小野さんは、恩師のことを打ち明けますが小夜子さんのことは明かしません。その後30分間ほど色々と話合います。

甲野さんが宗近くんの家を訪れると糸子さんが一人で留守番をしています。二人だけでする話合いで甲野さんは糸子さんの良さを多いに誉め糸子さんが藤尾さんを羨ましがると藤尾のような女は危ないと言い「藤尾が一人出ると昨夕のような女を五人殺します」と付け加えます。そして糸子さんに今のままで結構だ嫁に行くのはもったいないと言います。

小野さんは、買物を恩師に届けようとして道中で宗近くんに会います。彼から京都で偶然に何度か小夜子さんに会った事を聞きます。恩師の家で小夜子さんは、お風呂に出掛けて留守で恩師から小夜子さんとの結婚を迫れますが卒論の完成などを理由にはっきりした回答を逃げますしかしながら恩師の追求は激しく最終的に一週間待っていただく事で納得して貰います。それでも恩師は「こうして東京へ出掛けて来たのは、小夜の事を早く片づけてしまいたいからだと思ってくれ。」と念を押します。暗い帰り道で偶然に小夜子さんの声を聞き小野さんは益々情念に迫られ自分の弱さを嘆きますが結局昔からの友人浅井君に弧堂先生との談判を頼むことを決心します。

藤尾さんと謎の女母親が話しています。兄の欽吾さんに藤尾さんは小野さんと結婚をしたい気持ちである事を母親が話をする。ーくんの父親に結婚の約束を断りに行ったがいつもの体裁を気にしてはっきり言えず一くんが外交官の試験に及第しないうちはと話しただけで相手方が理解出来ているか疑問に思はれる。そして母親は、「小野さんと大森へ行くとか云っていたじゃないか。明日だったかね」と確認し欽吾さんの部屋に行きます。藤尾さんに小野さんが良いと思うと欽吾さんに相談しますが欽吾さんは宗近一くんの方が面倒見が良いと藤尾さんにも直接推めまた「藤尾、この家と、私が父さんから受け襲いだ財産はみんな御前にやるよ」「今日からやる」と言います。しかしながら藤尾さんは、小野さんは「趣味を解した人です。愛を解した人です。温厚の君子です。」と欽吾さんの懐いを却け部屋を出行きます欽吾さんは一くんと藤尾さんの結婚を諦めます。

同刻に、宗近家では髪の毛を分ける様に刈った一くんが2.3日前に外交官に及第した通知があった事を父親に始めて知らせます。呑気な一くんはまだ誰にも話をしてないだけでなくどこの国にいつ頃行くかもよく分かっていません。一くんは海外を好きでない特に英国人は自分達の事を押し付けるので嫌いだそして「日本がえらくなって、英国の方で日本の真似でもするようでなくっちゃ駄目だ」と父親と思います。

ここで実際に1980年から90年代にかけて始めてイギリスが日本の真似を真剣に考えました。正に一くんや父親が考えた様になったのですが2000年代になってから真似をする事を考えなくなっています。何故そうなってしまったかそうして何をすべきかを日本はもう一度考える必要があると私は思います。

一くんの父親は一週間ほど前に藤尾さんの母親が来て談判したところ一くんが外交官の試験に及第したら娘を嫁にやってもいいと話したと言います。一くんはそれな試験に及第したからいいでしょうと言いますが父親はもう一面倒な事がある。「欽吾さんにもし出られてしまうと、年寄の世話の仕手がなくなる。だから藤尾に養子をしなければならない。すると宗近へでも、どこへでも嫁にやる訳には行かなくなる」と話します。あの母親の云う事は、非常に能弁な代りによく意味が通じないで要領を得なくて困る。私は嫌いだとも言います。一くんはそれなら自分が要領を得る様にします。欽吾さんに妻帯の件を説諭して藤尾さんをくれるかくれないか判然談判する。始めに父親に妹の糸子さんを欽吾さんの嫁にする了承を得ます。さっそく糸子さんに気持ちを聞きますが自分はは嫁に行かないと言います。そこで一くんが藤尾さんを御嫁に貰おうと思うと言いますが糸子さんは藤尾さんが来たがっていないから辞めなさいとまた厭がってるものを貰わなくっても好いと言いますが一くんは先日藤尾さんの叔母さんが云うには、「今はまだいけないが、一さんが外交官の試験に及第して、身分がきまったら、どうでも御相談を致しましょう」と言われた。。自分は外交官の試験に及第したから大丈夫だと言います。及第した事を始めて知った糸子さんは非常に喜びます。一くんは、藤尾さんの様な女性は外交官の嫁に良いと言います。それなら藤尾さんや母親に聞く前に欽吾さんに始めに聞いたらと糸子さんは提案しますが一くんは先決問題があると言いそれは藤尾さんの母親が欽吾さんが坊主になり出られればあとが困るから藤尾に養子をする。すると一さんへは上げられません。その為にも糸子さんが欽吾さんの嫁になる事だと言います。欽吾さんが好きな糸子さんはそれを希望しますが彼から嫁に行かなくていいと言われてる糸子さんには自ずと涙が出て来ます。実情を知った一くんは自分が欽吾さんに言って話を付けると約束します。

小野さんは浅井君に卒論中であること理由に小夜子さんとの結婚を恩師の井上弧堂先生、小夜子さんの父親でもあるにいったん断る役目を頼みます。浅井君は今夜か明日にでも話に行く事を約束します。小野さんさんはその足で甲野家に出掛け藤尾さんに会います。宗近くんも甲野けに欽吾さんに会いにきます。宗近くんは欽吾さんに外交官の試験に及第した事を伝え母親にも話をする旨言いますが欽吾さんはする必要はないまた藤尾は駄目だ浅墓な跳ね返りものだそして自分がこの家も、財産も、みんな藤尾にやってしまったと言います。また偶然に小野さんと藤尾さんが金時計で戯れているのを見た宗近くんは藤尾さんを諦める決意をします。欽吾さんは母親は偽物だとそして「母の家を出てくれるなと云うのは、出てくれと云う意味なんだ。財産を取れと云うのは寄こせと云う意味なんだ。世話をして貰いたいと云うのは、世話になるのが厭だと云う意味なんだ。――だから僕は表向母の意志に忤って、内実は母の希望通にしてやるのさ。――見たまえ、僕が家を出たあとは、母が僕がわるくって出たように云うから、世間もそう信じるから――僕はそれだけの犠牲をあえてして、母や妹のために計ってやるんだ」と言います。一くんは「貴様、気が狂ったか」と言いますが欽吾さんが自分が犠牲になって家を出る覚悟までもしているを知り涙を流しながら理解すると共に妹の糸子さんを貰ってやってくれと欽吾さんに頼みます。

朝、法学士志望の浅井さんは、約束通りに弧堂先生を訪れ、ただ断わればいいと思っています。小夜子さんにも無神経な眼差しで見ます。先生の病にも関心を示しません。素早くスラスラと「先生小野はいっこう駄目ですな、ハイカラにばかりなって。御嬢さんと結婚する気はないですよ」「廃した方が好えですな」「小野は近頃非常なハイカラになりました。あんな所へ行くのは御嬢さんの損です」と続けます。苦り切った先生は、「君は小野の悪口を云いに来たのかね」「余計な御世話だ。軽薄な」「何だって、そんな余計な事を云うんだ」と問いただします。浅井君は、実は小野さんに頼まれたこと、小野さんが自分で先生の所へ来て断わり切れない。2、3日中に返事をしなければいけないので自分が代理で来た。そして、理由は卒論を控えて博士にならなければならないから、どうも結婚なんぞしておられないと言います。先生は「じゃ博士の称号の方が、小夜より大事だと云うんだね」と言います。法学士の浅井君は、「そう云う訳でもないでしょうが、博士になって置かんと将来非常な不利益ですからな」また「それに確然たる契約のない事だから」しかし「その代り長い間御世話になったから、その御礼としては物質的の補助をしたいと云うです」小夜子さんは隣の襖の陰にうずくまってすすり泣きをしています。弧堂先生は、そこで言います。

「人の娘は玩具じゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替にされてたまるものか。考えて見るがいい。いかな貧乏人の娘でもいきものだよ。私から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ。それから、そう云ってくれ。井上孤堂は法律上の契約よりも徳義上の契約を重んずる人間だって。――月々金を貢いでやる? 貢いでくれと誰が頼んだ。小野の世話をしたのは、泣きついて来て可愛想だから、好意ずくでした事だ。何だ物質的の補助をするなんて、失礼千万な。」また「自家に来て断われ」。襖の向側では、袖らしいものが唐紙の裾にあたる音がしややあって、わっと云う顔を袖の中に埋めた声がしていました。

先生の怒りに面食らった浅井君は突然電車に飛び乗り一時間余の後に宗近家に現われます。つづいて車が二挺出る。一挺は小野の下宿へ向う。一挺は孤堂先生の家に去る。五十分ほど後れて、玄関の松の根際に梶棒を上げた一挺は、黒い幌を卸したまま、甲野の屋敷を指して馳ける。

小野の下宿に来た宗近くんは「どうだい」と部屋の真中に腰を卸します。大森の駅で甲野藤尾さんと待ち合う約束をしている小野さんは色々と迷いますがここでは、ほぼ行くことに決めています。突然の甲野家の遠い親戚でもあり藤尾さんを想ってもいた宗近くんの訪問は小野さんにわずかながら動揺を与えます。宗近くんはズバリと「さっき浅井君がきてねその事でわざわざやって来た」と言います。「人間は年に一度ぐらい真面目にならなくっちゃならない場合がある。」「君はなんだか始終不安じゃないか。少しも泰然としていないようだ」とも。小野さんは「あなたが羨しいです。実はあなたのようになれたら結構だと思って、始終考えてるくらいです。そんなところへ行くと僕はつまらない人間に違いないです」「僕の性質は弱いです」と本音を吐きます。宗近くんは小野さんを救いに来たと言い真面目になることだと言います。それを理解した小野さんは「真面目な処置は、出来るだけ早く、小夜子と結婚するのです。小夜子を捨てては済まんです。孤堂先生にも済まんです。僕が悪かったです。断わったのは全く僕が悪かったです。」と言い藤尾さんと大森に行く約束があることも打ち明けます。そしてそこには行かないと言い出します。宗近くんが「阿父を弧堂先生宅へ向かって何か事でも起ると困るから慰問かたがたつなぎにやっておいた」と言い「とにかく手紙で小夜子さんを呼ぼう。阿父が待ち兼て心配しているに違ない」と付け加えます。

第三の車が糸子さんを載せたまま、甲野家の門に轔々の響を送りつつ馳つけます。欽吾さんは家を出るべく後片付けをして亡くなったお父さんの肖像の額だけを持って出ようとそれを取外ししますが母親が苦情を言い続けます。そこに現われた糸子さんが下ろすのを手伝いながら母親と押し問答をしますが全く違った二人の話は行き違うだけです。ここに一くんが入ってきて、欽吾さんにまだいるのかと言い母親がいるのはちょどいいと付け加えますそして小野さんが小夜子さんを連れて入って来ます。「小夜子さん、これが僕の妹です」と一さんは紹介をします。小野さんが現われて母親は以外に思い問い正しそうとしますが一くんが小野さんは大森へ行く約束があったがいかれなくなったと遮ります。皆は藤尾さんが帰って来るのを待ちます。

5分ほどたって飛んで帰って来た藤尾さんはクレオパトラのごとく辱しめられたる女王のごとく、書斎の真中に突っ立ちます。「藤尾さん。小野さんは新橋へ行かなかったよ」 「あなたに用はありません。――小野さん。なぜいらっしゃらなかったんです」 「行っては済まん事になりました」 小野さんの句切りは例になく明暸であった。稲妻ははたはたとクレオパトラの眸から飛ぶ。何をチョコザイなと小野さんのひたいをうった。 「約束を守らなければ、説明が要ります」 「約束を守ると大変な事になるから、小野さんはやめたんだよ」と宗近くんが言う。 「黙っていらっしゃい。――小野さん、なぜいらっしゃらなかったんです」 宗近くんは二三歩大股に歩いて来た。 「僕が紹介してやろう」と一足小野さんを横へ押し退けると、後から小さい小夜子が出た。 「藤尾さん、これが小野さんの妻君だ」 藤尾の表情は忽然として憎悪となった。憎悪はしだいに嫉妬となった。嫉妬の最も深く刻み込まれた時、ぴたりと化石した。 「まだ妻君じゃない。ないが早晩妻君になる人だ。五年前からの約束だそうだ」 小夜子は泣き腫らした眼を俯せたまま、細い首を下げる。藤尾は白い拳を握ったまま、動かない。 「嘘です。嘘です」と二遍云った。「小野さんは私の夫です。私の未来の夫です。あなたは何を云うんです。失礼な」と云った。「僕はただ好意上事実を報知するまでさ。ついでに小夜子さんを紹介しようと思って」 「わたしを侮辱する気ですね」 化石した表情の裏で急に血管が破裂した。紫色の血は再度の怒を満面に注ぐ。 「好意だよ。好意だよ。誤解しちゃ困る」と宗近君はむしろ平然としている。――小野さんはようやく口を開いた。―― 「宗近君の云うところは一々本当です。これは私の未来の妻に違ありません。――藤尾さん、今日までの私は全く軽薄な人間です。あなたにも済みません。小夜子にも済みません。宗近君にも済みません。今日から改めます。真面目な人間になります。どうか許して下さい。新橋へ行けばあなたのためにも、私のためにも悪いです。だから行かなかったです。許して下さい」 藤尾の表情は三たび変った。破裂した血管の血は真白に吸収されて、侮蔑の色のみが深刻に残った。仮面の形は急に崩れる。 「ホホホホ」 ヒステリック性の笑は窓外の雨を衝いて高く迸った。藤尾さんは、それならこの金の懐中時計は小野さんに上げないと宗近くんに渡します。宗近くんは金の懐中時計を暖炉の大理石に投げて壊して仕舞います。「藤尾さん、僕は時計が欲しいために、こんな酔興な邪魔をしたんじゃない。小野さん、僕は人の思をかけた女が欲しいから、こんな悪戯をしたんじゃない。こう壊してしまえば僕の精神は君らに分るだろう。これも第一義の活動の一部分だ。なあ甲野さん」と言って甲野さんもその通りと同意ます。完全に体の硬直した藤尾さんは卒倒してしまいます。

その夜中に藤尾さんは毒殺自殺をしてします。藤尾さんは北を枕に寝ています。そこにある銀屏風には紫色と赤色の虞美人草が描かれています。美しい藤尾さんが横たわる部屋は全てが美しく隣の部屋には、母親、欽吾さん、一くんがいます。線香を上げ終えた一くんは、泣き続ける母親に欽吾さんの世話になる事を推めます。了解を問われた欽吾さんは「うその子だとか、本当の子だとか区別しなければ好いんです。平たく当り前にして下されば好いんです。遠慮なんぞなさらなければ好いんです。なんでもない事をむずかしく考えなければ好いんです」 「あなたは藤尾に家も財産もやりたかったのでしょう。だからやろうと私が云うのに、いつまでも私を疑って信用なさらないのが悪いんです。あなたは私が家にいるのを面白く思っておいででなかったでしょう。だから私が家を出ると云うのに、つらあてのためだとか、何とか悪く考えるのがいけないです。あなたは小野さんを藤尾の養子にしたかったんでしょう。私が不承知を云うだろうと思って、私を京都へ遊びにやって、その留守中に小野と藤尾の関係を一日一日と深くしてしまったのでしょう。そう云う策略がいけないです。私を京都へ遊びにやるんでも私の病気を癒すためにやったんだと、私にも人にもおっしゃるでしょう。そう云う嘘が悪いんです。――そう云うところさえ考え直して下されば別に家を出る必要はないのです。いつまでも御世話をしても好いのです」とさとします。それを聞いた母親はしばらくたって自分が悪かった今後はあなた方の言う事を聞くからと謝ります。一くんにも促されて欽吾さんは一応同意します。お葬式の2日後に甲野欽吾さんは日記を書き込みます。問題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。工か商か、これも喜劇である。あの女かこの女か、これも喜劇である。つづれおりかしゅうちんか、これも喜劇である。英語かドイツ語か、これも喜劇である。すべてが喜劇である。最後に一つの問題が残る。――生か死か。これが悲劇である。そして以下のように最後は結論付けます。ーー道義の観念が極度に衰えて、生を欲する万人の社会を満足に維持しがたき時、悲劇は突然として起る。ここにおいて万人の眼はことごとく自己の出立点に向う。始めて生の隣に死が住む事を知る。ーー二ヵ月後、甲野さんはこの一節を抄録してロンドンの宗近君に送ります。宗近君の返事にはこうありました。―― 「ここでは喜劇ばかり流行る」


虞美人草は夏目漱石が職業作家として執筆した第1作デビュー作です。書込みも十分にあり完成度も高い小説だと思います。欽吾さんと一くんで始まりその二人で小説は終わります相当考えられていると感じました。ストリーは、自分勝手な母親とそれに感化された藤尾さんが起こす喜劇で道義が失われそうになった時、外交官志望の一くんの努力で紙一重で正常に戻すことですが道化者が法学士の浅井君は面白いと思いました。また小説家志望の小野さんが実は弱い人間であったも漱石の気持ちかと気になりました。テーマは欽吾さんの日記に要約されています。ロンドンも喜劇で一杯も漱石の経験からと思われます。この頃は、新型コロナ禍で死が現実化し喜劇一辺倒で来た私達に悲劇が提供され生きることとは何かを問われているとも思いました。本来なら一くんが外交官の試験に及第した時点で外交官の妻に最適な女性の藤尾さんと結婚し小野さんも小夜子さんと5年の約束の結婚をし甲野さんも糸子さんと結婚して母親の世話をするとスムーズに流れところを母親の陰謀で最愛の娘藤尾さんを自殺で失い自分一人孤独になって最悪の状況を招いてしまうここに悲劇が生まれています。私は藤尾さんが好きでした。

最後に100年近く経った今でもこの虞美人草を物凄く新鮮に感じて読むことが出来ました。









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