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初連載を後押ししたネット黎明期とサッカーブーム〜ライターなるには日記【第9回】<裏>

 今回のテーマは「ライターが連載を持つことの意味」について。私が初めて連載を持たせていただいたのは、フリーランスとしてのキャリアをスタートさせて2年近くになろうとしていた、1998年11月のことである。すでにこの年に『幻のサッカー王国』(勁草書房)でブックライターデビューを果たしていたとはいえ、当時の私はまったく無名の書き手でしかなかった。

 そんな当時の私に、連載の機会を与えてくれたのが、NECクリエイティブ(当時)が編集・制作を担当するインターネットサイト「サッカークリック」。編集長の鈴木崇正さんとは、とあるサッカー仲間の飲み会で知り合い、旧ユーゴスラビアでの旅の話や、ワールドカップ・フランス大会で出会った各国サポーターの話で盛り上がるうちに「ウチで書きませんか?」というオファーをいただいた。

 サッカークリックでの連載は、毎回写真と2000字ほどのエッセイのセットで、月2回ペースでの更新。写真と文章というスタイルは、この最初の連載から始まった。ただし写真といっても、当時はまだデジタルは一般化しておらず、私はもっぱらモノクロームフィルムで撮影していた。連載に使う写真は、暗室で六切りにプリントしたものを、打ち合わせの時に鈴木さんに手渡ししていたのである。

提供:鈴木崇正氏

 サッカークリックでの連載は「モノクロームの冒険」というタイトルで56回。続く「フットボールの犬」で32回を数えた。後者のタイトルは、のちにミズノスポーツライター賞大賞を獲得する『フットボールの犬』に流用されることとなる。

 さて<表>でも言及したように、サッカークリックがスタートしたのは1997年2月。翌月から始まる、ワールドカップ・アジア1次予選のスタートを見据えてのスケジュールであった。この時はダブルセントラル開催で、オマーンラウンドが3月23日から27日(中1日での試合もあった)、日本ラウンドが6月22日から28日まで。サッカークリックは、この1次予選の熱量を、上手く生かしながらのプロモーションを展開していた。

 それにしてもなぜ、電機メーカーであるNECがサッカーメディアを立ち上げたのだろうか? 誰もが抱くこの疑問について、鈴木さんは「本格的なインターネット時代の到来を前に、IT企業でもあるNECがコンテンツを求めていた」と語っている。もう少し深堀りして聞いてみると、当時の国内メーカーの熾烈な競争が透けて見える。

「今は分社化されていますが、NECは当時、PCを製造・販売していて、BIGLOBEというインターネットプロバイダーも運営していました。PC販売やプロバイダー会員の拡大・増加に貢献するために、さまざまなコンテンツを企画・運営することが求められていて、その中にスポーツコンテンツも位置付けられていました。サッカークリックもそのひとつだったんです」

 四半世紀後の現在であれば、それこそOWL magazineのように、限られたリソースでメディアを立ち上げることは十分に可能だ。しかしインターネット黎明期の時代、それなりの資金と技術を持った企業がバックにいなければ「インターネット上でサッカーのコンテンツを提供しよう」という発想さえ生まれなかっただろう。加えてサッカークリックが素晴らしかったのは、表層的な情報ではなく、サッカーの本質に関わるコンテンツを意識的に提供していたことだ。

「当時、僕が強く意識していたのは『サッカーの相対化』でした。もちろん、サッカーそのものも大切だけど、それだけだったら『単なるサッカーマニア』になってしまう危険性があると思ったんです。人は、さまざまなものに囲まれて生きています。その一部だからこそ、サッカーは生活に根付き、文化となる。そういう常識みたいなものは、意識しないといけないと思っていました」

 そんな編集方針に、当時の私は合致していたようだ。特に鈴木さんが着目していたのが、勁草書房から本を出そうとしていたことと、酒の席でのサッカー談義であったという。

「勁草書房というのは、難しい哲学書や専門書を出すイメージでした。そこで『バルカン半島の歴史と文化をサッカーから切り取る』本を書いている人が、目の前に現れたわけですよ! 僕にしてみれば、Numberとかサッカーマガジンとかで書いている以上の実績に感じられましたね。それに単なるサッカーマニアではないし、締切も守ってくれそうだし(笑)、何より一緒にサッカーの話をしていて楽しかった。知的好奇心のフェイズが同じだと感じましたね」

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