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あなたにとって、どちらが大事?「賞を獲ること」と「本が売れること」〜ライターなるには日記【第7回】<表>

 私が構成を担当した、松本光平著『前だけを見る力 失明危機に陥った僕が世界一に挑む理由』が発売されて3週間が過ぎた。さすがに10冊以上も書籍を世に送り出していると、完成した書籍をしみじみ手に取ることはない(少なくとも私の場合は)。私がそこで考えるのは「売らねば」──。それだけである。

カバー帯あり

 現代のブックライターに求められる条件のひとつ、それが「売る力」なのだと思う。私の経験で言えば、書籍の販売にも時間と労力を割いてくれる編集者は、ここ20年でめっきり減った。理由はいくつか考えられるが、一番は「余裕がないこと」に尽きるだろう。ざっくり言えば「ひとつの本を作ったら、すぐに次の本を作らなければ回っていかない」というのが、中小出版社の宿命なのである。

 そんなわけで、新しい書籍が出たら「版元にお任せ」ではなく、書き手もまた本が売れるための努力をしなければならない。まずはSNSでの告知。それも1回だけでなく、定期的に続ける必要がある。次に、献本の送り先をリスト化して、編集者と共有。数は決まっているので、お世話になった方以外の献本については、なるべく宣伝が期待できそうな人をチョイスすることを心掛けている。

 最近はこれらに加えて、ECサイトでの展開も可能となった。ものすごく売れるわけではないが、著者が自らサイン販売することは、地味ながらも確実なプロモーションにつながる。しかもコロナ禍の昨今、リアルな出版イベントは難しい。そんな中、ファンや読者とのタッチポイントをキープすることができたのは、ECサイトがあればこそであった。

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 ところで、私が本を出すたびに「売らねば!」と思うようになったのは、ここ10年くらいの話。それまでずっと頭にあったのは「賞を取らねば!」というものであった。その宿願が達成されたのは、2010年に受賞したミズノスポーツライター賞2009。受賞作は『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』である。

 何とも奇妙で脱力感を漂わせつつ、どこかしらバガボンドな響きを持つタイトル「フットボールの犬」。これは実のところ、当時の自分への自己投影であった。まえがきから引用しよう。

 さて、異国の地にいるときの私は、これが実に心もとない存在なのである。現地の言葉を理解できず、誰にも省みられず、いつも腹を空かせながら、地を這うような視線でフットボールの匂いがする場所を捜し求めている。そう、まるで「犬」のような存在だ。
(中略)
「フットボールの犬」は、日常という名の鎖から解き放たれて、喜び勇んで未知なる土地へと旅に出る。ただしこの犬は、名犬ラッシーのような賢さもなければ、スヌーピーのような器用さもない。これから私が皆さんに披露するのは、ただただフットボールが大好きな野良犬の「愚かな旅の物語」なのである。

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 さて、ブックライターを目指しているあなたに問いたい。あなたは、自分が出した本が「受賞」という形で評価されることと「ヒット」という形で話題になること、どちらをお望みだろうか? もちろん、どちらも獲得できれば、それに越したことはない。が、そういった作品というものは、極めて稀。「10年に1作品」といったところだろう。

 たとえばサッカーのジャンルで近年、最も売れた書籍といえば、長谷部誠著『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』。実はこれ、2011年の作品である。この『心を整える。』は、書店の売り場活性化に貢献したとして、2012年に書店新風賞を受賞しているが、スポーツノンフィクションとしての受賞はない。そうなると、2005年度のミズノスポーツライター賞の最優秀賞を受賞した、木村元彦著『オシムの言葉』まで遡らなければならなるまい。

「賞を獲ること」と「本が売れること」は、決して矛盾はしないけれど、一挙に獲得するのは難しい。ならば、書き手はどちらに注力すべきなのだろうか? そこで今回は、この『フットボールの犬』をケーススタディとして、ブックライターにとって「賞を獲ること」と「本が売れること」のどちらが望ましいのか、考察することとしたい。

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 なお、宇都宮が構成で関わった『前だけを見る力』は、徹壱堂でお買い上げいただきますと、著者サイン入りでお届けいたします。

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