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水原一平氏の事件は、どうすれば防げたのか~個人事業での不正防止

大谷翔平選手の元通訳、水原一平氏の不正送金問題。こんなことにならないように、いったい大谷選手はどうすればよかったのでしょう?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

前回、水原氏がどうやって大谷選手の銀行口座にアクセスできたのか、についてお話ししました。

まだ新しい事実が日々報道されていますが、ちょっとここで深呼吸。そもそも、どうすれば不正送金が防げたのか考えてみましょう。

アスリートだけでなく個人事業主や従業員数名までの会社でも参考になると思います。



❶「誰でも不正をやる」ことを心に刻む

不正実行者は自分とはまったく違う、とんでもなく悪い奴だと思っていませんか?
こんな架空の話を考えてみてください。

あなたは離婚したあと、事務のパートをしながらどうにか一人息子を育ててきました。

そんな息子が、大学に行きたいと言い出し、みごと志望校に合格。
しかし、わずかな貯金は受験料に消え、入学金が出せません。頼れる親戚も友人もいない。息子にも心配をかけたくない。

仕事中も入学金のことで頭がいっぱい。
そんなとき、ふと、パート先からお金を持ち出すことを思いつきます。信頼されて銀行取引から帳簿つけまで任せられているので、難しくありません。そして、毎月少しずつ返していけば…

子どもの幸せを願う普通の親が不正に手を染めようとしているのは、目の前に不正の「機会」があったからです。

確かに水原氏の場合はギャンブルが原因だったので状況は違います。
しかし、どんな事情にせよ、どうしてもお金がほしいときに不正の機会が目の前にあれば、人はいとも簡単に手を出してしまいます。

もちろん、世の中に悪い奴はいますので、できる限り採用する時点で見極めることは必要です。
その上で、雇い主の責任として、不正の「機会」をなくす努力をしないといけません。それは、その人を信用しないからではなく、普通の人を犯罪者にしてしまわないためなのです。


❷ 支払は自分がやる

不正、特に不正なお金の流用を防ぐためには、支払は自分でやることが一番確実です。
その場合のポイントを3つ挙げます。

なお、人を雇う方法はパートだったり業務委託だったり、さまざまな形態が考えられますが、以下では総称して「従業員」と呼ぶことにします。

❷-1 支払方法を限定する

銀行口座からの支払であれば、考えられるのは…

  • 窓口で通帳と印鑑による支払

  • 窓口で通帳とサインによる支払

  • ATMでキャッシュカードによる支払

  • インターネットバンキングで支払

  • 電話で支払

  • 口座から自動引き落とし

  • 小切手で支払

  • 手形で支払

このうち、必要最低限のものに絞り込みます。
例えば、使わない小切手があれば返却し、小切手での支払ができないように設定します。
このとき、「小切手はあるが、使わないことにしよう」ではまったく意味がありません。

銀行取引以外では、現金での支払、クレジットカード(コーポレートカード)での支払、個人への仮払と精算、個人が立て替えてあとで精算、などがあります。

支払方法が多ければ、それだけ不正防止のための管理の手間がかかります。
支払方法を絞り込むこと、支払できる方法はすべて把握すること、が重要です。
以下、銀行取引を前提に進めます。

❷-2 支払の実行は自分のみ

自分がいないと支払ができないようにしておきます。

  • サイン:自分のサインがないと支払を実行できない

  • インターネットバンキング:自分しか知らないパスワード、自分しかアクセスできない2段階認証手段(SMSやアプリ)を使用しないと支払を実行できない

  • 印鑑:自分だけが管理する印鑑がないと支払を実行できない

  • キャッシュカード:自分だけが管理するキャッシュカードと暗証番号がないと支払を実行できない

パスワード、印鑑、キャッシュカードなどの認証手段は、自分しかアクセスできないようにしておかないといけません。
パスワードを書いた手帳を机の上に置きっぱなしにしたり、印鑑をカギのかかっていない引き出しに入れておいてはいけません。
カギをかけたところに保管するときには、合いカギがないことを確かめた上で、そのカギは常に携帯しておきます。

❷-3 支払を実行する前に、内容をチェックする

支払は自分しか実行できないようにしていても、従業員から「この支払をお願いします」と言われるがまま実行していたら意味がありません。

支払の都度、次の点をチェックしましょう。

  • 支払の目的は適切か

  • 支払先は問題ないか

  • 数量は大丈夫か

  • 金額は妥当そうか

  • 支払頻度は妥当か

最後の「支払頻度」は、例えば家賃の支払が月に2回あったり、ペンなどの消耗品を毎週のように買おうとしていないか、といった点を確かめます。

支払を人に任せる場合

「支払は自分でやる」前提でお話ししてきましたが、大谷選手が鉛筆を買うのに自らスマホの銀行アプリを立ち上げるのは現実的ではないですね。
任せる場合は次のようにします。

  • メイン口座以外に決済用口座を作り、そこからの支払のみを従業員に任せる
    ※最悪、不正をされても被害は決済用口座の残高に限定されます

  • 必ず個別に事前承認をとるルールにする
    ※「一定金額以上」など対象を限定しても可
    ❷-3のチェック項目を確かめます
    ※承認は紙やチャットなど、記録が残る方法でやります

  • 毎月、必要な支払の総額を見積もって決済用口座に移動する


❸ 毎月、報告書を作成してもらい、レビューする

フロー(個々の取引)がすべて正しければ問題はないはずですが、ストック(残高)からもチェックすることが管理の基本。
報告書をレビューすることでストックを押さえます。

どんな報告書?

従業員に報告書を作ってもらいます。
次のような報告書です。

  • 月初残高、月中のすべての入出金、月末残高

  • 月中の入手金については、相手先、内容

  • 月初・月末残高、すべての入出金は、銀行の取引明細(通帳、当座照合表、インターネットバンキングの取引明細)と突き合わせ、一致している場合はチェックマークを付ける
    ※銀行の取引明細は添付してもらいます

どうやってチェックするのか

まず、残高証明書が直接自分に届くようにします。
従業員が郵便物を管理している場合は、改竄する機会を与えないように、開封せずに回してもらいます。

残高証明書も使って、次のようにチェックしましょう。

  • 報告書の月初残高が前月の報告書と、月末残高が残高証明書と一致しているか

  • 報告書の月中の入出金から数件選んで銀行の取引明細と突き合わせ

  • 銀行の取引明細から数件選んで報告書と突き合わせ

  • 報告書の取引明細にざっと目を通し、認識していない取引はないか
    ※特に問題がなくても、従業員に2、3質問すると「ちゃんとチェックしてるぞ」と牽制になります

なお、支払時や毎月のチェックを誰かに任せることもできます。大谷選手の場合は、代理人が適任でしょうか。
しかし、従業員とその代理人が結託すると何でもできてしまうので、リスクはあります。


おわりに

「ここまでやれば不正は起こらない」ということは言えませんので、上記を参考にしていただくときには、実情に合わせてアレンジしてください。

なお、前回の記事「水原一平氏はどうやって大谷翔平選手の銀行口座にアクセスしたのか」の中の誤りを指摘していただいた方がいらっしゃいました。
最初、何が間違っているのか分からず、とんちんかんなやり取りをしていたのですが、「水谷氏」という謎の人物を登場させていることが判明。「大谷」と「水原」を合体させてしまったようです… すぐに修正しました。
ご指摘いただき、ありがとうございます!


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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