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7年ぶりの京都旅で深呼吸

久々の更新&京都での3泊滞在記録。

今回の京都旅は6月末、暑すぎてバテ気味で想定していたよりは動けなかった。が、限られた場所を訪ねただけでも行ってよかったと思えたのと、中々noteを書けないでいたので記録しておきたい。

滞在した祇園エリアにあるセレスティンホテルが居心地よかった。1泊目は四条にある新しくできたビジネスホテルに泊まってみたものの、ぴかぴかの部屋に泊まって感じたことは『京都らしさがない…。お手頃価格で新築なのはいいけど京都に来て折角泊まるのなら、京都らしさを感じられるところがいい…!』と思い直し、セレスティンに移動。

新宿で新築の綺麗なホテルだったらもう満足しているだろうけど、数年ぶりの京都滞在に求めるものは違うのだなと気づいた。当方30代後半のひとり旅。もう色々と好みがうるさくなっているのであります…。

セレスティンも京都らしいかというと人それぞれかもしれないけど、祇園エリアにある低層階ホテルで落ち着いていて、スタッフも朗らかで素敵。大浴場もある。京都駅への送迎バスもあるので、また次回があっても泊まりたいと思うような場所だった。

朝食も美味。元々バイキングだったものを、希望するメニューを紙に記入してオーダーする形式に。

さてはて或る朝のこと、ホテルから歩いてすぐの建仁寺を訪ねた。

前に来たのはいつだったろうと思いながら足を踏み入れ、境内で俵屋宗達画・風神雷神の屏風絵や庭を眺めているとふと。人が自然との調和を意識して作った禅寺の美とは、なんて心落ち着きほっとするんだろう…と涙が出るほど今迄になく深く安堵し感動していて、そんな心情に少し驚いてしまった。

○□△乃庭。禅宗の四大思想を、地(□)水(○)火(△・樹木)で象徴したものとも言われ、3つの図形は宇宙の根源的形態を示すという。
潮音庭

元々仏閣が好きなのだけど、何故こんなにも今迄にない感覚で感動したのかと振り返ってみると、昨年秋に引っ越したりとここ数ヶ月の間は新しいことの連続だった。そして自然豊かな離島に住み始めたことで、自然界に対する畏怖や恐さが増したことが関係しているように思った。

今住んでいる屋久島の森や自然は時に「清々しくて気持ちいいね」といったことを超えた、強烈な雨や虫、暗闇、変わりやすい天候など、人間の小ささをストレートに突きつけてくる激しさや厳しさがある。

それらの日々を過ごした後に今回建仁寺に足を踏み入れたことで、人の想いで囲まれた場所の素晴らしさ、過ごしやすさ、守られている感覚、自然との境界や調和を意識した美の境地…それらが以前よりも輪郭をもって浮上し、その調和の美に安心感を覚えたのだと思う。

今迄どことなく「自然そのままの美」と「人の手が入った美」だったら、自然界という神が描いた美に、人工の美は結局のところ及ばないのではと無意識に考えていたような気がする。

しかし今回、分け隔てるものではないのだと、人と自然が交わるところに宿る感触を、幾多の歴史を生きてきた建仁寺の佇まいや庭が教えてくれたように思う。

おそらく京都を7年ぶりに訪ねたいと思った理由の中には、こうした何年経っても変わらないような人の世界の美を感じたいという潜在的な想いがあったのかもしれない。禅寺も自然界も、すべては移り変わっていくものだけれど、時を越えた美しいものに出会えることは安らぎに繋がる。

2002年に建立800年記念として描かれた双龍図

そもそも自然とは何か。それらを受け取るのが人の心とするなら、心に何が宿っているかで見えてくる世界は全く違ってくるのだろう。私の心象風景が、最近の新しい生活で思った以上に変化を迎えていたようだった。

悠久の時を越えて存在するものに対して、人が手を合わせて祈る小さな姿に宿るもの。日々の暮らしがあるからみえてきたこと。

何度京都を訪ねても、過去には思いもよらなかった感動が浮かびあがってくることがあると受けとった、7年ぶりの京都滞在だった。

( PS.次があったら、あまり暑くない時期に行こう…。)

おまけ。新風館のエースホテル京都のロビーと、植物のお店this is shizenのどんぐり茶・ベチパーを使った飲み物・かわいいお団子s.

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